ヴァンア王国前哨戦⑦

  ヴァンア王国全体が地獄になり変わろうとしていた頃、真祖スンダル・ボロンと真祖モルモは女特有の陰険な戦いをしていた。


 「貴様の眷属だったペナンはいつも貴様の悪口を言っていたぞ!!加齢臭臭くて近寄り難いってな!!」

 「あら?あの子そんな事言ってたのね。それはちょっとショックかも.......ところで、貴方はストリゴイに“若作りしている自分の年齢も分からないような可哀想な人”って言われてたのだけどどう思う?」

 「そんな事を本当にアイツが言うわけないだろ!!」

 「本当よ。あの人あぁ見えて結構ズバズバものを言うタイプなのよ?あぁ、貴方には素を見せる機会がなかったのね」

 「ハッ!!眷属に愚痴を吐かれるような奴に言われたくないね!!」


  もうなんの勝負か分からない。もしココに仁がいたらこう言うだろう。『これが俗に言う“あの人貴方の悪口言ってたわよ”合戦!!』と。


  あまりに不毛すぎる戦いだが、1度始まった勝負を投げ出す訳にはいかず国が滅んでいる最中だというのに、彼女達は言い合いを辞めない。


 「大体、若作りしてるのは貴様もだろう?!なんだそのドレスは。年齢を考えろクソババァ!!」

 「あら、クソババァは貴方もじゃない。ほうれい線が隠しきれてないわよ?」

 「化粧で誤魔化してるようなやつに言われたかないね!!」

 「残念。私は化粧なんてしたことないのよ。老けやすいどっかの誰かさんと違ってね」

 「なんだとぉ!!」


  子供のように地団駄を踏むモルモを見て、スンダルは愉快そうに微笑む。更に、とどめを刺すべく、追い討ちをかけた。


 「とことんストリゴイの好みから外れてる貴方が、ストリゴイに好かれるわけがないじゃない。そんな事も知らずに“私の夫に来なさい”とか笑っちゃうわ」

 「んなっ!!」

 「しかも自信満々で、振られるとか一切考えてないんだもの。ストリゴイに断られた時の貴方の顔は見物だったわよ?」

 「スンダル・ボロン!!貴様ァァァ!!」


  モルモは、叫びながら異能を発動する。


 「幻想の変換ファン・ウムヴァン!!」


  モルモの身体は少しずつ変わっていき、その姿を化け物へと変えていく。右腕は触手のように唸り、左腕は竜の頭のような物に変わる。


  蝙蝠の翼が背中から生え、首元から頭がもう1つ出現する。その頭は狼のような姿をしており、気持ち悪さをより一層引き立てていた。


 「相変わらず気持ち悪い能力ね。でもそっちの方がストリゴイにモテるんじゃない?」

 「ダマレ、アバズレ。キサマハ、イカシテ、カエサン」


  巻き起こる殺意と魔力がスンダルを襲う。普通の吸血鬼ならば、この圧に耐えきれずに気絶してしまうだろうが、彼女もモルモと同じ世界に立つ者。


  この程度の圧に怯むことは無い。


 「来なさい。黒薔薇鎌ブラックローズ


  スンダルの右手に黒い鎌が握られる。


  2mもある大鎌は赤く染っており、所々に黒い薔薇模様が入っている。黒のドレスに黒のコートを着たスンダルがこの鎌を持つと、冥府から魂を狩りに来た死神に見えるだろう。


 「好きなように攻撃してきなさい。全部対応してあげる」


  カツン、と石突きを地面に打ち込み、仁王立ちしてモルモを待ち受ける。


 「「.........」」


  沈黙が破られたのは一瞬だった。


  モルモは自分の右腕を振るい、鞭のように触手をしならさてスンダルの顔を目掛けて攻撃する。


  音速を超えた一撃、喰らえばタダでは済まない。


  スンダルは鎌を高速で振ると、襲いかかってきた触手を切り落とす。


  切り落とされた触手は、その勢いのあまり、壁に叩きつけられ弾け飛ぶ。


 「まずは1本。黒薔薇の刻印ブラックローズ・イングレイヴ発動」


  スンダルの合図に合わせて、触手の切り口から黒薔薇の模様が表れる。


 「マダ、問題ナイ」


  そう言ってモルモは、切られた触手を再生する。切り口から盛り上がった肉が、再び触手を形成していく姿は、お世辞にもいい光景とは言えなかった。


 「あら。随分と余裕こいてるわね。後16本よ?貴方程度に攻撃を当てれないと思って?」

 「ホザケ。キサマ程度ノ攻撃ヲ、避ケレナイ、ト、デモ?」

 「避けれないわよ。貴方全てにおいて鈍感そうだもの........ね!!」


  次に先手を取ったのはスンダルだ。持っていた大鎌の石突きで、鋭い突きを放つ。


  空気を切る音を立てながら放たれた突きは、モルモを捉えることは出来なかった。


  首を傾けられ、紙一重で躱される。しかし、その程度は想定内だ。


  スンダルは持ち手を部分を下に振るい、モルモの傾けた頭に向かって打ち下ろす。


  ゴン、と鈍い音が響き渡り、モルモは頭から血を流す。


  それを見たスンダルは、つかさず追撃の一撃を放つ。鎌ではなく、蹴りだ。


  がら空きの腹にヒールが突き刺さり、血が垂れると同時にモルモは吹き飛ばされる。


  地面を擦りながらも何とか体制を建て直そうとするモルモに向かって、スンダルは鎌を縦に振るう。


  避けなければ頭を鎌の先端が捉え、間違いなく串刺しになるだろう。


  モルモは体制を立て直すのを諦めて、いっその事自分からさらに後ろに飛ぶ。


  壁を突き破り、外に出る。ここで初めてモルモは自分の国の惨状を目にした。


  黒く染った貴族街、竜巻が吹き荒れる街。火に焼かれる吸血鬼達に凍りついた城の庭。


  地獄と呼べる光景は、ただでさえ苛立っていたモルモを更なる怒りへと駆り立てた。


 「ユルザンゾォ!!」


  モルモは、左腕の竜の頭をスンダルがいるであろう場所に向かって構える。


 「ヒカリヨ、アツマリ、ウガテ」


  竜口が開かれ、光線が放たれる。その威力は絶大で、城の壁をいとも容易く貫通し、反対側にある山に穴を開ける程だ。


 「コレデ、少シハ────」

 「『少しは』何かしら?」


  後ろから、聞こえないはずの声が聞こえる。慌てて振り返ると、そこには無傷のスンダルが居た。


 「バカナ!!イッタイ、ドウヤッテ......!!」


  スンダルの反応は、間違いなく光線が発射されるその瞬間まで城の中にあったはずだ。あの一瞬でここまで移動できるはずがない。


 「貴方、私達がどうやって生き残ったか知ってるかしら?」

 「........」


  モルモは答えない。否、答えられない。あの反乱の日、瀕死の状態のストリゴイとスンダルが突如として消えたのは事実だが、それは灰になって死んだと思ったからだ。


  何も言わないモルモを見て、スンダルは少し馬鹿にしたような顔をしながらネタばらしをする。


 「私の黒薔薇鎌ブラックローズには、ちょっとした機能があるのよ。持ち主と武器の位置交換。擬似的な転移ね。今回は、貴方の死角に入るように投げて入れ替わったのよ。街の惨状に一瞬目を奪われてたわね?その時に投げたの」


  確かに、地獄と化した街に一瞬目を奪われたが、その間に鎌を死角に投げているとは普通思わない。


  格が違いすぎる。身体のスペックはもちろん、戦闘技術や経験の差が開きすぎている。


  だからと言って、負けるとは限らない。格が違えども、一矢報いて勝つ方法はある。手札の数では負けていないのだ。その手札を切れるかどうかは別として。


 「ガァ!!」


  スンダルよりも早く一撃を当てようと、触手を振るったモルモだが、既にそこはスンダルの射程エリア内。


  触手がスンダルを捉えるよりも早く、鎌がモルモを捉える。


 「2本目」


  次に斬られたのは、モルモの横にあった狼の頭だ。首は宙を舞い、地面へと落ちていく。モルモは近接戦では勝ち目はないと悟り、何とか距離を取ろうとするが、それを許してくれる相手ではない。


 「3本目」


  次に斬られたのは足。切断とはいかないものの、深く傷が付く。空を今は飛んでいるため大きな影響はないが、バランス感覚がズレ、飛行にほんの僅かな影響を与える。


  吸血鬼特有の再生能力を使い、足の傷を治すが、その間にスンダルの鎌はモルモを何度も切り裂く。


  左腕、翼、頬、触手、たった0.2秒の間に繰り出された斬撃は合計13。モルモはその全てに反応することは出来なかった。


 「コレで16本目。あと一本よ?大丈夫かしら?」


  16本の黒い薔薇模様が、鎌に斬られた位置に出現している。あと一撃喰らえばどうなるか分かっているモルモは、何とかして逃げようと考える。


  が、何も案が浮かばない。手札は多いが、その手札をことごとく封じられていた。


  逃げることの出来ないモルモは、スンダルの一撃を貰わざるおえない。防御しようにも、彼女の一撃は巧みに何重にもフェイントがかけられていて防ぎづらいのだ。


 「17本目」


  胸を切り裂かれ、血飛沫を上げるが、吸血鬼の再生能力を持って傷を癒すが、17本目の黒い薔薇模様が生えた時、モルモの死は確定した。


 「咲き誇れ、絶望的な愛ディスペア・ラヴ


  黒の薔薇模様は、一気に全身に駆け巡り、モルモの生命を蝕んでいく。その魂を喰らう黒い薔薇は、広がりすぎてモルモの身体を真っ黒に染める。


 「...........ぁ」


  力を失ったモルモは、元の姿に戻り、地面へと落ちていく。羽のない蝙蝠に、飛ぶ手段はない。


  地面へ激突すると、スンダルは少し感心しながらモルモに話しかける。


 「まだ息があるのね。流石は真祖。普通なら即死なのだけれども」

 「......勝負は引き分けね。決着は冥府で着けましょう」

  「よくもまぁ、そんな状態で引き分けなんて言えるわね。私の勝ちでしょ?どう見ても」


  死にかけと無傷。どちらの勝ちかと言われれば、間違いなく無傷のスンダルの勝ちだ。


  しかし、モルモはそれを認めない。彼女は人一倍負けず嫌いなのだ。


 「いや、引き分けよ。冥府で先に待ってるわ.......その時はきっと───────」


  モルモの言葉はここで途切れ、彼女は息絶える。


  スンダルは何も言わずに鎌を振り上げると、その心臓に向かって振り下ろす。


  抵抗なく突き刺さった鎌をじっと見つめながら、スンダルはポツリと呟いた。


 「その負けず嫌いなところは、嫌いじゃなかったわよ。また冥府で殺り会いましょう。恋敵ライバル


  塵になって消えていく、かつての同胞を見ながらスンダルは戦いの余韻に浸るのだった。

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