ヴァンア王国前哨戦⑥
時間は少し巻き戻り、仁や花音がターゲットと対峙する少し前。アンスールとメデューサはヴァンア王国を囲む山の中で仕事をこなしていた。
「配置は覚えたわね?では行ってきなさい。吸血鬼を見つけたら容赦なく殺すのよ」
「みんな行ってくるでーす!!頑張るのですよー」
自分達の生み出した眷属達を山の中に放つ。その眷属の種類は様々で、どのような事態になっても対応できるようになっている。
「シャー!!シャシャ、シャー!!」
放たれた蜘蛛達の中には、ベオークの子供達も含まれており、彼らも殺る気満々に手を振り上げる。
こうして山の中は、その全てが上級魔物以上の強さを誇る魔物達の巣窟へと成り代わる。
「後は待つだけね。私達の出番はあるのかしら?」
「きっとありマース!!今回は暴れる事は出来ますが、暴れすぎるのはダメでーす!!力をセーブすると取り残しは必ず出マース!!」
「そうね。来なかったら来なかったでいいのだし、ゆっくり待つとしましょう」
彼女達は山の山頂、ヴァンア王国が見渡せる場所に行くと、ゆっくりと腰を下ろす。
山の中に吸血鬼が逃げ込んで来ないと彼女達の仕事は無いので、しばらくは待機だ。
「暇ねぇ.......」
「Yah!!こういう時は“恋バナ”と言うのをするのが主流だとカノンが言ってましたね!!」
「恋バナって恋の話だったわよね?」
「そのとーりでーす!!という訳でアンスール?貴方は団長をどう思っているのですか?」
唐突に始まった恋バナにアンスールは戸惑いながらも、メデューサの質問に答える。
「どうって言われても困るわ。そもそも、種族が違うわけだし、私はジンの子供が欲しいとかは思わないもの」
「No!!No!!好きか嫌いかで聞いているのでーす!!」
「もちろん好きよ。マンネリ化していた日常に刺激を与えてくれた愉快な人よ。貴方もそうでしょ?」
「Yah!!団長はいい匂いがしマース!!一緒にいて楽しいですし、私のような変わり者を恐れずに接してくれる良い人でーす!!」
「あぁ、変わり者って自覚はあるのね.......」
自覚があるならもう少しまともになってくれとは思うが、メデューサに期待するだけ無駄だとわかっている。長い付き合いでそれは学んでいるのだ。
「ではカノンはどうですか?」
「もちろん好きよ。ちょっと怖い時があるけど」
「メンバー皆が言ってるやつですネ!!ワタシも1度、カノンが少し怖いと思った時があるのでーす!!」
花音が怖い。これは厄災級魔物達全員の共通認識だ。
彼女は仁の事が好きすぎて、盗撮した写真を部屋全体に貼ってにやけるのが日常だった中々ヤバい女の子である。
仁を崇拝レベルで愛している彼女は、仁にとって不利益になる事は絶対に許さない。その片鱗は島にいた時から見え隠れしていた。
その深淵よりも深い花音の闇を厄災達は、感じ取って恐怖しているのだ。仁に何かした日には、死ぬと。
「まぁ、あの子は、普通に接している分にはいい子だから........」
「ドッペルとかちょっと苦手意識持ってそうでーす。訓練で団長を扱きすぎて恨まれてないかって」
「そこら辺は大丈夫だと思うわよ?結構物分りのいい子だから」
恋バナとは少しズレた話をしていると、ヴァンア王国内で動きがあった。
ドゴォン、と何かが崩れるような音が2人の耳に入る。
普通は聞こえない様な大きさの音だが、2人共厄災級魔物である。その聴覚はとても敏感だ。
「始まったわね」
「あれはカノンでーす。という事はあの空を飛んでるのがブルーハとか言う吸血鬼ですネ!!」
「空を飛んでるというか、投げ飛ばされてる最中の方がしっくりくるわね」
放物線を描きながら地面に衝突する吸血鬼を見ながら、アンスールとメデューサは立ち上がる。
花音が暴れ始めたということは、他のメンバーも暴れ始めるだろう。そうすれば、山の中に逃げてくる吸血鬼達もいるはずだ。
「ゴルァァァァァァァァ!!」
マーナガルムの咆哮も響き渡り、いよいよヴァンア王国全体が混沌としだす。
「あら、ジンが出てきたわね」
「FIGHTでーす!!団長ー!!」
空を飛ぶ仁を見つけて、応援の言葉をかける。もちろん聞こえてはいないが、応援している心は通じるだろう。
「それにしても、凄い暴れっぷりね」
「Yah!!本気は出せていませんが、皆楽しそうでーす!!」
街を見下ろせば、そこには地獄が広がっていた。
燃え盛り、闇に包まれ、風に飛ばされる。とてもではないが、一般的な人間より少し強い程度の吸血鬼が生き延びれるような惨状ではない。
しかし、何とか逃げ延びたものは居る。そして、その吸血鬼達は、山の中に入っていった。そこが更なる地獄とも知らずに。
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「はぁはぁはぁ.......なんなんだあの化け物は!!」
運良く逃れることが出来た吸血鬼達は、山の麓で息を整えていた。少し遠くを見渡せば、自分達が住んでいた街が赤く燃えるのが見えた。
彼らが作っていた思い出や、歴史は赤く染まり崩れ去る。
唐突に空から降りてきた理不尽を体現したかのような三体の化け物は、いとも容易く同胞達を殺していく。
何も出来ない自分が悔しい。そう思いながらも、その光景を見て見ぬふりしか出来ないのがただただ悲しかった。
「山の中に隠れましょう。私達が助かるのはそれしかない」
「そうだな。流石に山の中までは追ってこないだろう。せめて俺たちだけでも生き残ろう。それが今では、死んで行った者達に出来ることだ」
強く握られた拳は、なんとしてでも生きようとする強い意志を表していた。
山の中に入ると、そこは木々が生い茂り、苔や雑草が隙間なく生えている。
山の中を駆け巡る田舎者の様な生活とは無縁だった彼らに、その自然は牙を剥く。
「うわっ!!」
「うお?!」
吸血鬼の1人が足を滑らせて転ぶ。そして、その後ろにいた吸血鬼も先に転んだ吸血鬼に足をひっかけて転んでしまった。
「いってぇな!!ちゃんと足元を見やがれ!」
「ご、ごめん。足下が滑りやすくて......」
大勢の同胞達が殺された惨状を見た後だ。全員気が立っている。
「喧嘩はよせ。今は協力し合うんだ」
「チッ!!」
転ばされた吸血鬼は舌打ちをしながらも、立ち上がるとその手をまだ尻もちをついている吸血鬼に差し出した。
「しっかりしやがれ」
「あ、ありがとう」
尻もちを着いていた吸血鬼はその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。友情ほどでは無いが、小さな絆ができた瞬間だろう。
だが、その絆は直ぐに切れることになる。
「.......蜘蛛?」
握られたその手の上に乗っていた小さな蜘蛛。全身が紅く、黒い斑点模様が特徴的な蜘蛛だ。大きさは2cm程で、人差し指の第1関節程だ。
「「痛っ!!」」
握手を交わしていた2人は、その蜘蛛に同時に喰われる。指先から小さく血を流したが、針で指を少し刺した時程度の血しか出ていない。
振り落とされた蜘蛛は、既にどこかへ消えていた。
彼らは問題ないと判断し、山の中を歩き続ける。
その蜘蛛が
再び山をのぼりな始めて5分。遂に2人に症状が現れ始めた。
視界が霞み始め、耳は遠くなり頭の中は真っ白になる。激痛が走るのではなく、徐々に感覚が薄れていくので、毒ではなく疲れと勘違いしやすいのも
そして噛まれてから8分も経過すれば、歩くことはままならず意識は飛びかけ、呼吸は浅くなる。
「おい?!どうした?!しっかりしろ!!」
「どうしたの?!起きて!!しっかり!!」
仲間達が声をかけるが、その声が届くことは無い。彼らは既に虫の息だ。
そして、噛まれてから10分後。2人の吸血鬼達は、帰らぬ人となった。
この2人の死を合図として、隠れていた蜘蛛や蛇たちが一斉に動き出す。
「な、なんだコイツらは!!」
「いやぁ!!気持ち悪い!!」
悲鳴をあげながら、何とか逃れようとするが彼らは全て上級魔物以上の強さを持つ魔物達。逃がす訳もなく、負ける道理もない。
ある者は糸に絡ませられ、ある者は両足を噛み砕かれ、ある者は神経毒を流し込まれて動けなくさせられる。
山の中に入った約20名の吸血鬼達は、迫り来る魔物達の波に飲まれ、その骨の一片も残すことなく無惨に食われることになった。
「ま、予想通りね。普通の吸血鬼だもの。この子達に抵抗する手段はなかったわね。様子見なんてせずに、サッサと殺しても良かったかもしれないわ」
「ワタシの目を使うまでもなかったでーす!!」
遠目に吸血鬼達が食われる姿を見ていたアンスールとメデューサは、滅びゆく国に視線を戻す。
「あ、仁が勝ったようね」
「流石は団長でーす!!あの程度なら無傷で勝てマース!!」
その視線の先では、仁が吸血鬼の胸に手刀を突き刺している瞬間だった。
2人の厄災はその姿を見て、まるでアイドルの応援をするかのように盛り上がるのだった。
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「暇だな.....」
「暇ですね.......」
空に飛んでくるはずの吸血鬼達を逃がさないために配置されていたファフニールとニーズヘッグは、暇をしていた。
空を飛べる吸血鬼というのは、貴族以上の階級を持つもの達なのだが、それら全てをマーナガルムが殺してしまったため、空を飛ぶ吸血鬼は居ないのだ。
よって、彼等は上から滅びゆく国を眺めているだけだった。
「先程飛んできたのは団長さんの獲物でしたし、我々は大人しく待機ですね」
「暇じゃぁぁぁぁぁぁ!!」
ファフニールの咆哮は誰にも聞こえることはなく、ただ虚しく空に響くだけだった。
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