ヴァンア王国前哨戦⑤

  俺は蹴り飛ばした吸血鬼を追って、壊れた壁から城の外に出ていく。


  蹴り飛ばした吸血鬼を追っている最中に、高反応の魔力が幾つも現れる。2つはフェンリルとマーナガルムの魔力だ。あとイスの魔力も感じるな。あの子はやり過ぎないか心配だが、ベオークがいるから大丈夫だと思いたい。


  もう1つは恐らく、花音が相手しているブルーハと言う吸血鬼の魔力だな。丁度城を挟んで反対側の為、直接見ることは出来ないが、何か大きな魔法を使っているのは分かる。


 「まぁ、魔法の時点で花音には勝てないんだけどな」


  花音に魔法は効かない。なんなら、1部の異能すら無効化してしまう。チートな異能だよホント。


  俺より使いやすいし、応用が効く。普通に羨ましい異能だ。


  そんな事を思いながら、地面をボールのようにバウンドしながら吹き飛び、家の壁にめり込んだマナンガルを見る。


  彼は吹き飛んでいた間に、民家7軒に穴を開け、吸血鬼2人を巻き込んで殺している。


  その顔には血が飛び散っていた。


 「おーい生きてるか?」


  俺は、家にめり込むマナンガルの目の前までやって来て手を振る。この程度で死ぬ程弱いとは思ってないが、万が一が無いことも無い。


  俺が手を振っていると、マナンガルは急に目を見開き俺に向かって爪を突き立ててくる。


  俺は首を横に倒すだけでこの攻撃を避けると、カウンターとしてガラ空きの腹に右アッパーを叩き込む。


  不意打ちで殺る気満々だったマナンガルは、その身体をくの字に曲げ、空へと打ち上がる。


  おぉー飛んだ飛んだ。このままかれが爆発したら「たーまやー」と言ってしまいそうだ。いや、「汚い花火だ」の方がいいかな?


  くだらない事を考えながら、落ちてくるのを待つ。しかし、いくら待っても落ちてくる気配がない。


  おかしいと思い、俺は探知を全開にする。


  あ、空を飛んでるわ。雲の上まで打ち上げたせいで、見えてなかったが、どうやら彼は空を飛んで城へ向かっているようだ。


  そりゃ吸血鬼、真祖の次に格が高い純血の吸血鬼なんだから、陽の光程度は何とでもなるよな。


  ファフニールとニーズヘッグが空を飛んでいるが、彼らは俺があの吸血鬼をぶっ飛ばしていたのを見ているはずだ。


  俺の獲物には手出ししないようにねと言ってあったので、恐らく気づいていても放っておいたのだろう。


  このまま行けば、ストリゴイと真祖クドラク、2人だけのダンスパーティーを邪魔してしまう。さっさと止めるとしよう。


  俺は魔縮で足に魔力を集め、思いっ切り踏み切る。


  地面が陥没する勢いで踏み切った跳躍は、弾丸のようなスピードで空を飛び、マナンガルの元へと辿り着く。


 「おいおい連れないじゃないか。そんなに主が大事か?俺と遊んでくれよ」

 「黙れ人間。貴様に構っている暇は無いのだ」

 「そんな悲しいことを言うなよ。安心しろ。お前の大好きな主様と一緒の所に送ってやるよ」

 「.........つくづく不愉快な人間だな!!」


  マナンガルは、いつの間にか持っていた紅い剣を俺に向かって振り下ろす。


  昔の俺だったら、間違いなくこの一撃で一刀両断されているだろう。だが、今の俺には欠伸が出るほど遅く見える。


  ドッペルとの訓練の賜物だな。アイツの剣は速すぎて今でも避けれない時がある。そんな格の違う攻撃を毎日のように受けていれば、嫌でも動体視力は上がるものだ。


 「重厚なる盾よファランクス


  俺が異能を発動させると、マナンガルと俺との間に幾つもの黒く丸い盾が現れる。


  その盾はマナンガルの一刀を防ぎ、更には弾き返す。


 「ッ?!」


  ここまで容易に防がれると思っていなかったマナンガルは驚きの表情を顔に出すが、直ぐに気を取り直して連撃を叩き込もうと攻撃してくる。


  1秒間に100を超える連撃。流石は厄災級と肩を並べると言われるだけはある。数だけの連撃では無く、しっかりと一撃一撃重みのある剣だ。


  しかし、その連撃を持ってしても俺の重厚なる盾よファランクスを破る事は出来ない。


  それもそのはず。俺の異能『天秤崩壊ヴァーゲ・ルーイン』で作られたこの盾は、あのリンドブルムの流星すらも受け止めるのだ。


  たった一撃で国を滅ぼすような威力を持ってないと、俺の盾は貫けない。


  ちなみに、なぜ態々重厚なる盾よファランクスと言っているのかと言うと、相手に俺の異能が盾を作る能力だと誤認させる為だ。


  間違った情報を相手に与えることで、本来の異能がより効果的に使えるようになる。


 「はぁ、はぁ、硬すぎる」

 「もうおしまいか?それじゃ、次は俺の番だな。歯ァ食いしばれよ」


  魔力を覆い圧縮された握り拳を振り上げて、その綺麗な顔面に思っいっきり叩きつける。


  マナンガルは何とかガードしようとしたものの、それよりも俺の拳が顔面を捉える方が早かった。


  ベキメキと嫌な音を立てながら、地面に向かって落ちていく。


  落ちる速度が早すぎて、風を斬る音が聞こえてくる。


  隕石のように落ちたマナンガルは、3m程のクレーターを作り周りを巻き込む。


  運悪く彼の落ちる所にいた吸血鬼達は、肉片へと成り果て、地面を赤く染める。


 「ぐっ........」


  痛む身体を何とか起こそうとするが、足に力が入らないようだ。芋虫のように這いずるだけの、死にかけた蝙蝠になっている。


  俺は彼の目の前に降りると、盾で押さえつける。


 「早く殺せ化け物め」

 「まぁまぁ、そんなに焦ることはねぇよ。まだ時間はあるんだ。ゆっくりと話そうや」


  今回この前哨戦において、俺はある事を聞こうと思っていた。


  大魔王アザトースについてだ。


  実は、大魔王アザトースについての文献はかなり少ない。と言うか1つしかない。大魔王アザトースに仕えていた72柱の悪魔については、数多くの文献が残っているのだが、大魔王アザトースと文献は探しても探しても1つしかない。


『真実は闇の中に』と言う文献に大魔王アザトースの事は書かれているのだが、その文献の最後にこう書かれている。


『私も、もう危うい。これすらも怪しい過去だ。いずれまた来る真実を照らす者達が、この本を手に取る事を願う』


  この一言の意味は分からないが、この文献も正確なものでは無いのだろう。詳しく大魔王アザトースのことについて書いてあるのは、この文献一つだけだ。


  ロムスにも色々と聞いてみたが、彼も分からないの一点張りだった。大魔王がいた頃は2500年も前の話しだ。150歳のロムスに聞いても、分からないのは当然といえば当然だろう。


  もちろん揺レ動ク者グングニルのメンバーにも話を聞いてみたが、全員あの島に来る前には大魔王はいなかったそうだ。むしろ、俺に大魔王アザトースがどのような存在なのか聞いてくる始末である。


  お前らあの島に何年居たんだよ。厄災達は、長い時を生きすぎて時間感覚が狂っているから当てにならない。あいつらの“ちょっと”は平気で10年単位だから怖い。


  少し話はズレたが、文献だけでは大魔王アザトースについての情報はほとんど無いのだ。ならば、実際にその時生きていた者に聞いてみるのもありだろう。


 「貴様に話すことは無い」

  「そう連れないことを言うなよ。俺が聞きたいのは、おまえの主人とかの話じゃねぇんだ。大魔王アザトースを知っているか?」

 「当たり前だ」


  話すことは無いと言いながらも、ちゃんと答えてくれる。根はきっと良い奴なんだろうな。ストリゴイがメンバーに誘ったのも頷ける。


 「その容姿、性格、戦い方、なんでもいい、知ってることはあるか?」

 「...........ない。ただ、人間との戦争に敗れて封印されたとしか知らない」

 「七つの場所に封印されたそうだが、場所は分かるか?」

 「知らん。そもそも、七つの場所に封印されたことすら知らん」


  嘘は言っていない。これが一番知りたかった事だが、知らなければしょうがない。文献にも、封印された事は書いてあったが、何処に封印されていたのかは書かれていなかった。


  明らかに不自然だ。


  だが、何も情報が無い今では考えるだけ無駄だろうな。これ以上聞きたいことは無いので、俺はマナンガルを拘束していた盾を消す。


 「.......なんのつもりだ?」

 「立てよ。もう動けるだろ?このまま嬲っても楽しくないからな。その、ご自慢の剣で斬りかかってこい。運が良ければ殺せるだろ」


  俺に情けをかけられ、挑発されたマナンガルはビキリと青筋を立ててゆらりと立ち上がる。


  怒りのあまり、魔力が抑えられてない。嵐のように荒れ狂った魔力が、砂埃を巻き上げる。


  その手に握られた紅い剣を上段に構え、練りあがった魔力を全身に覆う。この一撃で絶対に殺すと言う意思が強く感じられる。


  次に放たれる一刀は、先程のどの攻撃よりも鋭く思い一撃になるだろう。


  俺は彼の間合いに入り、自然体で待ち構える。


 「抜けよ。射程範囲内エリアだぜ?そのでっかい剣はガラクタか?」

 「..........」


  お互いにお互いを視線で牽制し合い、静かな攻防が続く。


  永遠に続くかと思われた静かな攻防は、突然終わりを迎える。


 「シィ!!」

 「フッ!!」


  張り詰めた緊張が風船のように膨らみ、限界を迎えたその瞬間、弾けるようにお互いが動き出す。


  斬るが速いか貫くが速いか。


  結果は、振り下ろされた一刀は俺に届くことはなく、心臓を手刀で貫かれる。


 「ゴフッ.......」


  胸から手を抜くと、口から血を吐き出し剣を杖に膝を着く。心臓を潰したというのにまだ少し息がある。化け物かコイツは。


 「も.......うし......わ......せ.......」


  最期に何か呟いた後、糸の切れた人形のように力なく倒れていく。


  最後の支えになっていた剣は、彼が死ぬと同時に消え去った。


 「やっぱり具現化系能力者だったか」


  具現化系能力者の特徴として、能力を使ったまま死ぬとその具現化した物は、幻想の様に消えてしまうのだ。


 「しかし、最後まで主を想うとはいい家臣だねぇ。出逢い方が違えば、仲間になっていたかもな」


  彼は最後の最後まで、自分の主である真祖クドラクに意識が向いていた。それだけ忠誠心があったのだろう。


  何か一つ、歯車が噛み違っていたら、マナンガルと一緒に旅をする未来があったかもしれない。


 「安らかにとは言えないが、ここで永遠とわに眠るといい。主も直ぐにそちらに送ってやるからな」


  俺は死体を燃やしながら、そう呟いたのだった

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