ヴァンア王国前哨戦④

  イスが初仕事を頑張っていた頃、三体の厄災達は吸血鬼の街中で暴れようとしていた。


 「グルゥ」

 「ガル!!」

 「ゴルゥゥゥ」


  彼らは人の言葉を話すことは出来ない。鳴き声で会話をする。


  突如として空から降ってきた巨大な獣を、ヴァンア王国の住民達は物珍しそうに眺めていた。危機感のない住民達。これから大虐殺が行われるとは欠片も思っていない。


 「グルゥ、グルグ、グルゥ?」

 「ガルゥ、ガ、ガルゥ」

 「ゴル」


  三体はお互いに何をするのか確認しあった後、行動に移る。


  一番最初に動いたのは、月狼マーナガルムだ。


  息を大きく吸い、咆哮を上げる。


 「ゴルァァァァァァァァァァァ!!」


  その爆音を撒き散らす咆哮は、野次馬根性で来ていた吸血鬼達を吹き飛ばし、更には1部の民家まで吹き飛ばす。


 「「「グルゥァァァァァ!!」」」


  その次に動いたのは地獄の番犬ケルベロスだ。3つある口の全てから炎が吐き出される。


  炎は吸血鬼達を焼き殺し、さらには民家を炎上させる。


  ゴウッと巻あがった炎の侵食は、もはや1人2人で消火できるものでは無い。


  運良く生き残った吸血鬼達は、何とか逃げようとするが、それを許してくれる程彼らも甘くない。


 「ガァァァァァァ!!」


  神狼フェンリルは咆哮をあげると同時に、ガチンと何かを食いちぎるように牙を合わせる。


  すると、フェンリルの前を走る吸血鬼達は、何かに食われたかのようなあとを残しながら、上半身が消滅する。


  フェンリル達を人目見ようと集まっていた吸血鬼達は、全滅した。


 「グルゥ」

 「ゴルァ」

 「ガルゥゥ」


  三体はお互いに頷きあうと、それぞれ別々の方向に向かって走り出す。ここからは個人個人で街を破壊していくのだ。


  街の中を疾走し、始めに暴れた場所から1番遠い場所に行くのはフェンリルだ。三体の中で一番足の速い彼は、空を駆けるかのように街の中を走る。


  あまりの速さに、すれ違った吸血鬼達が吹き飛ぶ程だ。


 「ガル♪ガッル♪ガルゥ♪」


  呑気に歌を歌いながら街の中を駆けるその姿は、とても可愛く見えるだろう。その周りの被害に目を向けなければ。


  しばらく走れば、始めに暴れた場所の真反対の街に着く。場所を確認したフェンリルは、早速暴れ始めた。


 「ガァァァァァァァ!!」


  先程と同じように咆哮を上げる。すると、フェンリルの周りに風が吹き始め、次第にその風は大きくなり竜巻となる。


  その数約20。


  その全ての竜巻は、1つでもアメリカで発生したならば、世紀の大被害をもたらすだろう。


  それほど強大な竜巻が、街の中を縦横無尽に駆け巡る。


  その被害は言わずもがな。竜巻に巻き込まれた吸血鬼達は、身動きを取る事が出来ず空へと打ち上げられ、地面へと叩きつけられる。


  他にも、民家を巻き込んだ時に崩れた木々が吸血鬼達を襲い、木に貫かれて死ぬ者や石に頭を潰されて死ぬ者が続出する。


  そんな場所から運良く逃げれたとしても、次に待っているのは厄災級魔物である神狼フェンリルだ。


  純血種と言われる、真祖が自ら作り出した吸血鬼ならば逃げ切れるかもしれないが、その純血種は今、仁と花音が相手している。


  今ここにいる吸血鬼達に課せられた選択肢は、竜巻に巻き込まれて死ぬか、フェンリルに喰われて死ぬかの二択なのだ。


  どちらを選んでも死。吸血鬼達は、その中でも活路を見出そうと足掻いたが、現実は非情。抗うすべもなく死んでいく。


  少しもすれば街は瓦礫の山となり、あちこちに死体が転がっている。


 「ガルゥ」


  初仕事を無事終えれそうなフェンリルは嬉しそうに鳴きながら、残りの吸血鬼達も殺していくのだった。


  月狼マーナガルムが担当するのは、城に近い貴族吸血鬼達の住む場所だ。


  ここには汚職によって地位を手に入れた者達が多く住み、護衛も多く雇っている。


 「なんだ!!このデカい獣は?!」


  街中を警備していた兵達がマーナガルムを見つけ、槍を突き立てる。得体の知れない圧を感じていた警備兵は、この時ばかりは持っていた槍の心もとなさを感じていた。


  槍を向けられたマーナガルムは、その小さな吸血鬼達をじっと見つめる。

 

  逃げずに槍を構えるのは関心だが、それ以上に愚か者だ。力量差を本能的に感じとっているにも関わらず、逃げるでも先手を取るでもなくその場で様子見。


  先手を譲って勝てるような相手ではないだろうに。マーナガルムは静かに溜息を着いた後、空に向かって方向を上げる。


 「ゴルァァァァァァァァァァァ!!」


  その咆哮は闇を呼び出し、貴族街を黒く染める。かつて自らが起こした大災害『失墜ノ太陽』の規模を縮小し、限定した状態だ。


  咆哮と共に辺り一体を覆った闇を見た警備兵達は、なにがおこったのか分からず、呆然と立ち尽くす。


  練度を積んでいない彼らに、不測の事態に備えるだけの対応力はなかった。


  グシャ、と肉の潰れた音が静かな道に響き渡る。警備兵の1人が恐る恐るその音のした方を見ると、つい先程まで一緒に話していた同僚が潰れて肉塊に成り果てていた。


 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


  あまりの衝撃的すぎる光景に腰を抜かし、尻餅を着く。自分の足元に転がってきた同僚の眼球が、更に恐怖を引き立てる。


  何も考えれなくなったその警備兵は、同僚の後を追うように肉塊へと成り果てた。


  2人が死んだのを見ていたほかの警備兵達は、次は自分の番だと理解し、マーナガルムに背を向けて走り出す。


  しかし、彼らはわかっていなかった。この闇に囚われた時点で逃げ場など無いことに。


  ぐしゃり、ぐしゃり、と1人ずつ確実に肉塊へとその姿を変えていく。


 「はぁはぁ、はぁ、はぁ......誰か、誰か助けてくれぇぇぇ!!」


  最後の一人になった警備兵は、涙と鼻水を流しなが、助けを求める。誰かこの悪夢を終わらせてくれ、そう言っているようにも聞こえた助け声も虚しく最後の警備兵の1人も肉塊へと姿を変えた。


  その後も、次々と闇の中にいる吸血鬼達を肉塊へと変えていき、その闇の中にマーナガルム以外の生命体はいなくなってしまった。


 「ゴルゥ」


  マーナガルムは闇を解くと、退屈気に欠伸をしながら肉塊を食べ始める。死を振り撒いたその姿は、厄災の名に相応しいと言えた。


 「「「グルゥ.........」」」


  炎が燃え上がる中、地獄の番犬ケルベロスは駆けて行った仲間達の心配をしていた。


  確かにあの二人は強いが、如何せん自由奔放すぎる。仁からの指示を聞かずに、好き勝手やる可能性があった。


  しばらく2人が走っていった方向を見ていると、大きな魔力の高まりを感じる。長年連れ添った2人の魔力の反応だ。


  ケルベロスはこれなら問題ないと判断し、自分のやるべきことに戻る。2人を心配するあまり、自分の仕事が疎かになってはいけない。


  木や肉の焼ける匂いを嗅ぎながら、吸血鬼達が集まっている所へと足を運ぶ。


  何人かは山の方へ逃げていったのを察知したが、あちらにはアンスールやメデューサが待機しているので問題ないと判断する。彼女達も自分と同じ厄災級の魔物だ。よっぽどアホなヘマをしない限り大丈夫だろう。


  ケルベロスは炎の中を歩き、まだ焼けておらず逃げ惑う吸血鬼達を発見する。


 「いやぁぁぁぁ!!」

 「ば、化け物だァァァ!!」


  阿鼻叫喚とした悲鳴が、あちこちから上がる。先程街を吸血鬼を焼き払った姿を見たものは多く、ケルベロスを視界に入れた途端叫びながら逃げていく。


 「「「グルゥァァァァァァァァァァ!!」」」


  ケルベロスが咆哮をあげると、逃げようとしていた吸血鬼たちの足は、恐怖に竦んで止まってしまった。


  咆哮による恐怖。たったそれだけで、吸血鬼達は歩みを止める。動かなければ殺される。そう分かっていても、足はその場に固定されたかのように動かない。


  ドシドシと近づく足音は、地獄へと誘う死への不協和音。音が近づくにつれて、地獄の入口は近づいていく。


  そして、足音がピタリと止むと同時に、吸血鬼達は炎に包まれて灰と化す。


  彼らの唯一の救いは、あまりの熱量の為に、一瞬で身体が溶け、痛みを伴うことなく死ねることだろう。


  炎の射程外にいた吸血鬼達は、燃え盛る民家の熱によって徐々に肉が焼かれていき、痛みを伴いながら死んでいく。


  灰となった死体の顔が、その苦痛を物語っていた。


  ケルベロスはその後も民家を焼き払い、吸血鬼達をウェルダン焼きよりもしっかりと火を通して焼いていく。


  慈悲など一切無く、あるのは冷静な殺意のみ。焼け焦がれた吸血鬼達は黒く染まり、ケルベロスが作り出す地獄の1部になったのだった。

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