ヴァンア王国前哨戦③

  仁と花音が各々の仕事をこなしていた時、こちらの少女も初めての仕事を頑張ってこなしていた。


 「ここで暴れればいいんだよね?」

『そう。でも、やり過ぎには気をつけて』


  イスに任された仕事は、目立ちつつ城の中にいる吸血鬼達を殺す事だ。


  ストリゴイとスンダル、2人の復讐に介入してくる邪魔者をなるべく排除するのである。


  城の正門から堂々と中へ入ろうとする。


 「止まれ。貴様吸血鬼じゃないな?何者だ」


  案の定、門番をしていた吸血鬼に止められるが、イスはお構い無しに城の中に入ろうとする。


 「おい!!待て!!」


  門番をしていた吸血鬼は、イスを引き留めようと肩を掴む。


  肩を掴まれたイスは、ウザったそうな顔をしながら振り返った。仮面をしているので、その顔が門番に見えることは無いが。


 「何?」

 「『何?』では無い!!何者だと聞いているのだ!!」


  イスの肩に置いていた手に力が入る。ここでこの少女を放っておくのはマズイと、長年門番をやってきた勘が告げていた。

 

 「私?私はね。パパとママに褒めてもらうためにきたの。だから邪魔しないで」


  門番の勘は間違ってはいなかった。ただし、そう思った時にはもう手遅れだったが。


  イスに触れていた手から順にゆっくりと、凍りついていく。


 「ひぃぃぃぃ!!」


  慌ててイスの肩から手を離すが、一度凍り始めたら止まらない。リンゴが木から落ちた時、地面に着くまで落ち続けるように、その門番を氷の彫像に変えるまで侵食は続いたのだった。


 「これくらいなら大丈夫?」

『問題ない。この城全体を凍らせたりしなければ、大丈夫』

 「そっか。じゃぁ、私を囲んでいるこの人達を凍らせてもいいんだね」

『派手にぶちかましてやれ』


  先程凍らせた門番が大声を上げて騒いだ為、イスの周りには吸血鬼の兵がイスを取り囲んでいる。


  槍や剣を構えた兵達は、本当にこんな仮面を被った子供が仲間を氷漬けにしたのかと疑うと同時に、もし本当ならば次は自分が彫像になってこの城を飾る事になるかも知れないと恐怖していた。


 「お、大人しく投降しろ!!君に勝ち目はない!!」


  イスを囲んでいる兵士の中で、1番階級が高い吸血鬼が声を若干震わせながら投降を呼びかける。取り囲んでいる人数は10人。普通に考えれば、人数差が多い方が有利だ。


  しかし、何故だろう。兵士の達の背中からは、嫌な汗が流れ落ちる。彼らも感じているのだ。この程度の人数差はあって無いようなもの。それどころか、こちらの方が不利なのでは無いのかと。


  緊張が走る中、イスはゆっくりと歩きだす。兵士達は投降する気は無いとして、その持っていた槍や剣を突きつけようとした。


  間違いなく刺さる。そう確信した矢先、目を疑うような現象が起きた。


  パリンとガラスが割れるような音が響く。音のした方を見ると、いつの間にかガラス細工のように凍り付いた武器が砕け散っていた。


 「うーん、今のにも反応出来ないのかー。結構弱いね」


  つまらなさそうに、イスは服に飛び散った氷の破片を払い落とす。


  兵士達は、あまりに非現実的な光景に固まってしまっていた。長い間、戦争など一切なく形だけとなった兵士達は、咄嗟に次の行動に移れない。


  そしてそれが命取りとなる。


  イスが羽虫を払うかのように振るった右腕は、見えない斬撃を生み出して正面にいた吸血鬼を縦に切り裂く。


  あまりにも自然と平然に行われたその行為に、他の兵士達は何が起こったのかわかっていなかった。


  鮮血を吹き上げながら、身体を半分に分けて倒れる。


 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


  つい先程まで生きていた同胞は、魚の開きのように綺麗に真っ二つにされ、血の海を作り出す。


  その惨状を見たほかの兵士達は、持っていた武器を投げ捨てて逃げ出す。元々練度を積んでいないお飾りの兵士だ。死に耐性があるわけがない。


『逃がすのはダメ。ジンとカノンに怒られる』

 「あ、そうだった。パパとママに怒られるのは嫌だから、皆止まってね」


  そう言われて止まる馬鹿はいない。その場で立ち止まったが最後、その心臓を止めることになる。


  兵士達は必死に走り、逃げようとするが、その足は強制的に止められることになる。


 「足が.......動かない」


  いつの間にか凍り付いた足は、地面と足を接着剤でつけたかの様に固く、動かない。


  火の魔法が使える者は、何とかしてその氷を溶かそうとするが、その氷は溶けること無く足を固定し続けている。


 「吸血鬼は心臓を潰すか、焼いて灰にすれば確実に死ぬんだっけ?」

『真祖やそれに準ずる強さを持つ吸血鬼はそう。一般吸血鬼は、人間とそう変わらない』

 「へぇ、そうなんだ。まぁ、念の為に心臓は潰しておこうかな」


  コツコツと普段は気にもとめない何気ない足音が、この時ばかりは耳を塞ぎたくなるような恐怖の音に聞こえる。


 「ひっ」


  1人の吸血鬼の後ろで足音が止まる。振り返らずともわかる。今から命を刈り取るのだと。


 「な、何が欲しい?!金か?権力か?欲しければボクのパパに掛け合ってやるから、い、命だけは助けてくれ!!」


  死にたくない一心で、命乞いをする。みっともなくとも、助かることが第一だ。


 「んー?何か勘違いしてる?私が欲しいのはお金でも権力でもなくて、君たちの命だよ」


  ドス


  背中から胸にかけて生えた腕、その掌には心臓が握られている。その握られた心臓は徐々に凍っていき、最終的には氷に包まれる。


  イスはその凍りついた心臓をその場から落とすと、心臓は陶器皿のように砕け散り、その吸血鬼は胸にトンネルを開けたまま倒れ込む。


  その姿を見ていた吸血鬼達は、何とかしようともがきにもがく。金や権力では無いく、純粋に命を奪いに来ているイカれた少女から逃げたい一心で。


  声を上げることすら忘れて、足を止めている氷を砕こうと殴りつける。手の皮は擦り切れ、中には骨を折るものまでいた。


  しかし、イスによって作られた氷は理から逸脱したもの。本人の意志によってのみ、溶すことが出来るのだ。


  そうしている間にも、1人、また1人と心臓を凍らされ殺されていく。


  残った最後の1人が死ぬまでにさほど時間はかからなかった。


 「どうかな?パパとママに褒めてもらえるかな?」


  イスは、少し嬉しそうにベオークに話しかける。親として最大限の愛情を注いでくれる仁と花音の事が、イスは大好きなのだ。褒められたいというのが子供心だろう。


『これだけじゃダメ。しっかり全部の仕事を終わらせれれば、きっと褒めてくれる』


  おそらく、これだけでも仁と花音はイスを褒めるだろう。親バカだから。しかし、それを言ってしまうと、ここでイスは仁や花音の所に自分のやったことを自慢しに行くのが目に見えている。


  ベオークはこの2年近い付き合いで、そのことを学んでいる。仕事は、しっかりやらさなければ。


 「そっかー。これだけじゃ足りないのかー。この城を全部凍らせれれば楽なんだけどね」

『それは絶対ダメ。ストリゴイとスンダルが中にいる』

 「流石にわかってるよベオーク。私だってそこまで馬鹿じゃないよ」


  ベオークは本当か?と聞きたいのをぐっと我慢する。ここで、イスの機嫌を損なう訳にはいかないからだ。下手に暴走されると、この国どころか砂漠まで凍ってしまう。


  ベオークは心の中で溜息をつきつつ、面倒事を押し付けた仁を恨む。力のありすぎる子供の子守りが、誰でも出来ると思うなよ?と。


『この騒ぎで、兵士が沢山寄ってくる。それを片っ端から片付けるのがイスの仕事。出来れば、城の中に入ってほかの吸血鬼達も殺せればパーフェクト』

 「分かった!!とりあえず、今私に向かって武器を構えてるあの吸血鬼達を殺せばいいんだね?」


  流石にこれ程騒げば、目立つ。イスはあちこちから視線を集めており、城の中から惨状を見ていた者達が慌てている。


  武器を持った吸血鬼達は、かなり距離を取っており、如何にイスを恐れているかが分かる。


 「ところでベオーク。これ、王様の所に『賊です!!』って駆け込まれない?大丈夫?」

『あ..........』


  賊が入ったら何をするか。そう、報告だ。どの世界でも、どこ国でも、どの業界でも、報連相は大事なのだ。


  ベオークもイスも、この事は仁や花音から口うるさく言われている。組織として必要な事だからだ。イスが仁や花音に怒られたことの1つとして、相談しなかったり連絡しなかったりした事がある。


  イスもベオークも、さーと顔が青ざめる。初仕事での大失敗。怒られないかもしれないが、失望される可能性はある。


 「やばいやばいやばい!!どうしようベオーク!!」

『とにかく急いで連中を殺す!!ワタシも手伝うから!!』


  焦りに焦った2人は、全力で城に向かって駆け出す。武器を持った吸血鬼達は、迎え撃とうと武器を構えるが、イスもベオークもそれどころではない。


 「『邪魔!!』」


  イスが一瞬で吸血鬼達を凍らせ、ベオークの糸がその凍った吸血鬼達を切り刻む。阿吽の呼吸で行われたコンビネーションに、吸血鬼達は一切反応することができず死んでゆく。


  崩れた吸血鬼達の死体を踏み越えて、イスは城の中に向かうのだった。

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