ヴァンア王国前哨戦②

  仁とストリゴイが真祖クドラクと対峙していた頃、スンダルと花音も目的の人物と対峙していた。


「何故アンタが生きているのよ!!スンダル・ボロン!!」


  突如として現れたスンダルに対して、彼女は自分が椅子として座っていた男の吸血鬼の上から立ち上がり、鬼の形相で叫ぶ。


  そんなモルモをスンダルは楽しそうに見ながら、応えた。


「あら?そこは、かつての同胞が生きていた事を喜ぶ所ではなくて?そんな性格だから貴方はストリゴイから嫌われるのよ?」

「あ"あ"ァァァァァァ!!」


  1番言われたくない事を言われ、怒りが増幅するモルモ。


  ただでさえ、自分の好きだった男を奪っていったスンダルの顔を見るとイラつくにもかかわらず、この追い打ち。気が長い方ではないモルモを、キレされるには十分だった。


「ブルーハ!!このアバズレのクソアマを八つ裂きにしなさい!!」


  モルモの言葉に反応して参上したのは、1羽の鳥。ツバメのような、青みがかった黒の羽を持った美しい鳥だ。


  その鳥はモルモの前まで来ると、人の姿に形を変え、モルモの前で膝を着く。ショートボブの髪はその美しい羽と同じく色をしていた。


「お呼びでしょうか。モルモ様」

「あのアバズレを殺しなさい!!」

「御意に」


  振り返ったその吸血鬼は、自分が殺せと言われた相手を見て驚愕する。


「貴方でしたか。きっちり殺したと思っていたのですけどね」

「次は、心臓をきっちり狙いなさい。まぁ“次があれば”だけどね」


  ゆらりとスンダルから殺気が溢れ出る。ねちっこく、どこまでもへばりつく様な嫌な殺気だ。口調は緩くても、内心怒り狂っているのがよく分かる。


「っ.......」


  スンダルから放たれた圧に1歩たじろぐ。近くで気配を消している花音ですら、見たことの無いほどの殺気を撒き散らしながら、ゆっくりも1歩を踏み出しす。


  あまりの圧に窓にはヒビが入り、空気は揺れる。モルモとブルーハの背中から冷や汗が流れ落ちる。


  静かな均衡を破ったのは、ブルーハだった。彼女はスンダルの放つ圧に耐えきれず、スンダルに向かって爪を突き立てようとする。


  しかし、その爪はスンダルに届くことは無かった。


「はい、ダメだよー。男の奪い合いに第三者の介入は無粋だよ?」


  突如として現れた鎖が、ブルーハに巻き付く。巻き付かれた鎖はブルーハの動きを完全に止め、その場に固定される。


  「なんだこれは?!」


  ブルーハが身を捩り、何とか鎖から抜け出そうとするが、鎖はうんともすんとも言わない。全力で鎖を引きちぎろうとしているにもかかわらず、その鎖は悲鳴の一つもあげないのだ。


「じゃ、私はこの可愛い吸血鬼ちゃんとそのにいるモブ吸血鬼と遊んでくるから、スーちゃんも頑張ってね」

「ありがとうカノン。安心しなさい。この程度の真祖カスに負けるほど、私は弱くないわ」


  花音と呼ばれた少女は、鎖を操り、椅子になっていた吸血鬼達も縛り上げる。狙われたと知った男の吸血鬼達は逃げようとしたが、それは許されない。


  あっという間に縛り上げられ、身動きが取れないようにさせられる。


「そーれ」


  やる気のない掛け声と共に、花音は人差し指を立てて円を書く。その指の動きと連動するように鎖は大きく円を描く。


  ハンマー投げの様にグルングルンと回された後、城の外に向かって投げ飛ばされた。


  壁を突き破り、日陰の空に放り出される。何度も振り回された影響で平衡感覚を失ったブルーハ達は、受身を取ることもできずに地面に叩きつけられた。


  ぐしゃり、と、肉が潰れる音と共に男の吸血鬼達は息絶える。吸血鬼と言えども、紐無しバンジーをすれば普通に死ねるのだ。


  大通りに転がされたブルーハは、歪む地面を何とか捉え、立ち上がる。波に揺られた感覚が残るが、それどころではない。


  何としてでも、自分の主の元に戻らなくてはならないのだ。


  スンダルは、とてつもなく強く、モルモと2人がかりでも勝てるかどうか怪しいレベルである。そんな格の違う強敵を、モルモ1人で何とかできるわけがない。


  一刻も早く援護に向かわなければならない。平衡感覚が戻らないまま、鳥に変身すると、ふらつきながらも飛び始める。しかし、その羽ばたきは途中で撃ち落とされた。


  足に何かが絡まったと思ったその瞬間、先程と同じように地面に叩きつけられる。何とか防御をしたものの、勢いよく叩きつけられたその身体は悲鳴を上げていた。


「逃げちゃダメだよー。貴方は私と遊ぶんだよ?」


  奇妙な模様が入った仮面を被った少女が、まるで近所の子供と遊ぶかのような気軽い声で話しかける。


「.......何者だ?貴様」


  人の姿に戻り、花音と呼ばれた謎の少女と向き合う。主の元に向かいたいが、それを許してくれるほど甘い相手ではないとブルーハの感が告げていた。


「私は、傭兵団揺レ動ク者グングニル副団長。ギューフの名を持つ者、花音。同胞の復讐に手を貸すためにここに来た。そういう貴方は?」

「........真祖モルモ様の最高眷属ブルーハ。悪いが、邪魔しないでもらいたい」

「それは断るよ。私もお仕事なの」


  お互いの殺気が膨れ上がる。まだ何が起こっのか分かっていないヴァンア王国の住民は、急に降ってきた2人をただ呆然と見ていたが、殺気を感じて只事では無いと慌て始める。


「この匂いからすると、人間だな?吸血鬼に勝てるとでも?」

「貴方程度の雑魚なら余裕だね」

「ッ........!!吐いた言葉は戻せないぞ!!」


  最初に動いたのはブルーハだ。吸血鬼の強靭的な脚力によって踏み出されたその1歩は、10m近くあった間合いを埋める。


  繰り出されたのは、鋭い爪を突き立てた右の手刀。花音の喉元を的確に狙ったその一撃は、当たれば喉を切り裂き鮮血の花を咲かせるだろう。だが。


  花音はイナバウアーをする様に身体を仰け反らせ、手刀を避ける。そのままカウンターとしてブルーハの顎をバク転しながら蹴り上げる。


「グッ.......」


  一撃で仕留めるどころか反撃を食らったブルーハは、膝を着く。


  ただでさえ、投げ飛ばされて脳が揺れているのだ。更に顎を的確に撃ち抜いた蹴りは、ブルーハに膝をつかせるのに十分だった。


「人間の癖にやるな.........」

「吸血鬼の癖に弱いね、貴方」


  ボソリと呟いた声を聞かれ、更に煽られる。反撃したいが、脳が揺れてまともに立てる状態ではない。時間を稼いで回復を待つ、これがブルーハにできる現状の最善だ。


「ははは、弱いなんて言われたのは何時ぶりですかね。少なくとも、人間に言われた事はありませんよ」

「そりゃ、ここにいる人間は家畜しかいないもんね。抵抗できる力なんて持ってないでしょ」

「.......何故それを知っている?」


  人間牧場は、極秘という訳では無いが、一般市民には情報公開されていない。今日、この国に来たばかりのはずの花音が知っているはずがないのだ。


「ん?この国を消すのに色々と調べたからね。ブルーハちゃんの事も知ってるよ?貴方、そこの最高責任者だもんね」

「内通者がいたのか」

「...........」


  普通では知りえない情報を持っている。普通に考えたら、誰かが情報を横流ししたと思うだろう。花音は、これに対して何も言わなかった。


(よし、十分脳が回復したな。これならいつも通りの動きができるぞ)


  人間であれば、まだまだ回復には時間がかかるが、上位の吸血鬼として生まれた彼女には、この僅かな間で回復できるだけの生命力がある。


  そして、それを悟られないように体制はそのまま、次こそは花音を殺すために、自身の身体を魔力で覆い強化する。


  速さだけを求めた一撃、次こそは当てる。練り上げた身体強化を使ってその胸を貫かんと手刀を立てた。


  不意を着いた一撃、次こそは当たる。そう確信したブルーハは自然と笑みが浮かび上がるが、それも束の間。


  花音の仮面から覗くその目を見たブルーハは、戦慄を覚えた。


  その目は、自分の巣に掛かった獲物を見る目。絶対的強者にのみ許された、捕食者の目。


  マズイと思った時には時すでに遅し。ブルーハの攻撃が届くよりも速く、花音の手刀がブルーハの右腕を切り裂いた。


  ブルーハの右腕が宙を舞う。赤い鮮血は花のように咲くことは無く、中身の入った水筒をひっくり返したかのように、ビシャビシャと醜く血が落ちる。


「ぐがぁぁぁ!!」


  数瞬遅れてやってきた激痛に顔を歪め、悲鳴をあげる。しかし、その痛みに蹲る訳にはいかない。追撃の一撃はすぐそこまで迫っているのだ。


  上へ飛び上がり、追撃の一撃を避ける。


  花音の放った右脚の蹴りは、空を切る。攻撃の後隙をブルーハは逃す事は逃さまいと、魔法の詠唱を始める。ここで仕留めなければ、次はないと分かっていた。


「火よ、灼炎の新星となりて敵を焼き払え!!灼炎新星インフェルノ・ノヴァ!!」


  燦然と輝く灼炎の新星が、天から花音を焼こうと襲いかかる。


  ゴウ!!


  直径5mの新星は、花音を捉え辺り一体の民家すらも燃やす。


  隕石が墜落したかのようなクレーターができ、煙を上げながら地面を溶かす。


「ふ、ふはははは!!私を見くびったからだ人間!!その油断が命取りになるのを、わかっていなかったな!!」


  勝ちを確信したブルーハは、高らかに笑い声を上げる。そして、その笑い声は、クレーターの煙が晴れると共に、乾いたものへと変わっていった。


「馬鹿な......私の灼炎新星インフェルノ・ノヴァを耐えるだと......」


  晴れた煙の中から、無傷の花音が現れる。隙をつき、確実に仕留めたと思われたその少女は、さも当然のようにその場に立っていた。


「んー?そこそこ強いかな?やっぱり、厄災級と肩を並べるだけの強さはあるね。でも、魔法を使う時点で私には勝てないかな」


  パチンと花音が指を鳴らすと、鎖がブルーハの両手両足を縛り上げる。何とかして逃れようと、ブルーハは鳥に変身しようとしたが、それよりも早く、花音の右腕が胸を貫き、その手には心臓が握られる。


「心臓を潰せば死ぬんだよね?」


  ぐしゃりと、その手の中で潰された心臓は血を鮮やかに吹き出し、ブルーハは力無くその場に落ちていった。


「よーし、私の仕事はおしまい!!とりあえず、イスの様子を見に行こうかな」


  ブルーハの死を確認した花音は、楽しそうにイスの元へと向かうのだった。

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