ヴァンア王国前哨戦①
ヴァンア王国上空。俺達はベオークの連絡を待っていた。
待っている間は暇なので、各自やる事の確認を行う。
俺は若干緊張していたが、他のメンツはいつも通りといった顔で、各々のやるべきことを確認している。頼もしい限りだ。
「ジン、ベオークから連絡よ。作戦終了。ベオークを残して他の蜘蛛たちは各自与えられた山へ移動中との事よ」
アンスールから連絡が入る。ベオークとその子供達が上手くやってくれたようだ。
「それじゃ、第二作戦と行くか。皆、やる事はわかっているな?」
全員が頷く。その顔はやる気に満ち溢れていた。元々、適当にやっても失敗のしようが無い程強い連中なのだ。そのやる気が空回りしたところで問題ないだろうな。
「それでは行くとしよう。アンスールとメデューサは山の周囲を囲え。ファフニールとニーズヘッグは上空に上がってくる奴を叩き落とせ。それ以外は好きに暴れろ。ただし、親玉は吸血鬼夫婦の獲物だ手を出すなよ?」
この世界に来て初めての大きな戦い。俺達の強さを確かめるための戦争。緊張はするが、それ以上に楽しみだ。
俺は息を大きく吸って号令をかける。
「前哨戦だ!!派手にぶちかませ!!」
俺の号令と共に、空から厄災達が飛び降りる。
その降り注いだ厄災は、自然の摂理よりも悲惨で無慈悲な物だと言う事に吸血鬼達が気づくのは少し先の話だ。
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吸血鬼達の桃源郷、ヴァンア王国。かつて真祖ストリゴイが興した国は、昔の輝きを失い、腐食した鉄と成り果てていた。
そして、この国を治める2人の真祖はどの吸血鬼よりも腐り果てていた。
「酒だ!!酒を持ってこい!!」
自分の周りに女の吸血鬼を侍らせ、酒を煽る黒い狼の形をした吸血鬼。真祖クドラク。
真祖ストリゴイと真祖スンダル・ボロンを倒した後、この国の王となった彼だが、内政などは一切すること無く、毎日の様に酒を煽っては女を抱く。街を適当に歩き、彼の目にかなった女は強制的に自室へと連れ込む為、国民(女吸血鬼)からは相当嫌われている。
彼は真祖モルモを好いていたのだが、結局フラれてしまい、こうしてヤケ酒をするようになった。そのやつれた顔は、吸血鬼の頂点に位置するものとは到底思えない。
「クソッ!!なんでボクの良さがわからないんだ!!モルモに釣り合うのはボクしかいないはずなのに!!」
酒をグイッと煽りながら、愚痴を吐く。彼は長い時を経ってもまだモルモの事が好きだった。
「.........街へ出る。準備しろ」
いつもの様に女漁りをしに、街へ繰り出そうとしたその時だった。
「随分精が出るではないか。真祖クドラクよ。王が自ら街を視察とはな」
後ろから声をかけられる。
はるか昔に嫌という程聞いたその声を、忘れるはずもない。だが、その考えは否定したかった。何故ならば、自分自らの手で殺したはずなのだから。
嫌な汗と共に、血の匂いが漂ってくる。後ろを振り返ると、先程まで自分の酌をしていた吸血鬼達がその場に転がっていた。
その胸元には穴が空いており、倒れている吸血鬼から血が流れ落ちる。
「おや?かつての同胞を殺った我がそんなに不思議か?生憎、こ奴等は我の眷属では無いのでな。殺したところでどうということは無い。それに、今は王ですらないしな」
ほんの少し右唇を釣り上げて笑みを浮かべる。昔では考えられない言動。ここでようやく真祖クドラクは口を開く。
「ストリゴイ........なぜ貴様がここにいる。ボクが────」
「“ボクが殺したはずなのに”か?生憎、地獄に行くのは少々早かったようでな。次に殺す時は、死体はしっかりと燃やす事を勧めよう。吸血鬼とて、灰になれば三途の川を渡らざるを得ないだろう?」
ストリゴイは一旦ここで言葉を切る。そして、続ける。
「だから安心しろ。しっかりと灰に帰してやる」
殺気が込められたその言葉に、クドラクは1歩後ずさる。彼は本能的に勝てないことを悟っていた。
かつて反逆を行った時も、勝てないとわかっていたから人間の強者を雇ったのだ。
「マナンガル!!賊だ!!殺せ!!」
自分が逃げるために、少しでも時間稼ぎをする為に、1番強い眷属を呼び出す。
自分が生み出した眷属は、その命令がどのようなものでも絶対に聞くのだ。
「お呼びでしょうか真祖様」
どこからともなく現れた男の吸血鬼は、クドラクの前で膝を着く。ストリゴイは、この隙に殺れるにもかかわらず、ただじっと待っているだけだ。
どのような理由があろうとも、これはチャンスだ。1番の不安であった呼び出した時の隙を見逃してくれている。
「マナンガルよ!!あの賊を殺せ!!」
「仰せのままに」
ゆっくりと立ち上がったマナンガルは、賊と呼ばれたその男を見て目を見開く。
「真祖ストリゴイ。貴方が賊ですか」
「久しいな。マナンガルよ。貴様程の男が、この
「団長?」
「そう。団長殿だ。我とスンダルは今、団長殿の下に付いておってな。中々悪くない職場だ。こうして我の我儘を聞いてくれる。良き上司と言うやつだな」
「貴方を下につけるとは、その団長の度量が知れますね」
「そうであろう。そうであろう。人間でありながら、我らの領域を踏み越えた逸脱者だ。全く。人間とは恐ろしい。そう思わないかね。
急に後ろに現れた気配を察知したマナンガルは、その気配の方を向く。
そこに居たのは、白い仮面を被った1人の人間だ。しかし、ただの人間だと侮ってはいけない。体からほんの少し溢れ出した魔力は、それだけで自分の内包する魔力よりも大きいとわかる。
コイツはヤバい。本能的にそう感じたマナンガルは、その人間が何か行動を起こす前に仕留めようと腕を振るう。
その腕は、確実に首を捉え、撥ね飛ばす..........はずだった。
「な........に」
自分の持てる最高の一撃は、その細い首によって止められてしまった。
「おいおい。随分な挨拶だな。そっちの犬っころも噛み付こうとしてきたし、親と眷属は似るのかね?」
団長と呼ばれた人間の視線を辿ると、黒い騎士によって取り押さえられている自分の主がいる。
首を掴まれ、強引に地に伏せられている自分の主を見て、マナンガルの中で何かが切れた。
「貴様ァ!!」
再び人間の首を落とそうと腕を振るおうとするが、それを許すほど甘い相手ではない。
「ッ———!!」
声が出ず、反応ができないほどの、速く鋭い蹴りを腹に喰らい、体をくの字に曲げて城の壁を壊していく。
「じゃ、俺は飛んでった蝙蝠の相手するから、そっちはそっちで頑張れよ」
「感謝する団長殿」
「あはは!!気にすんな。遊ぶのは勝手だけど、死ぬなよ?」
「分かってる。この程度のゴミに負ける道理はない」
ストリゴイは笑って団長を見送ると、騎士によって抑えられていたクドラクに向き合う。
騎士の拘束から解放されたクドラクは、苦しそうに噎せているところだった。
「さて、これで邪魔は入らない。対1だ。正々堂々、殺り会おうではないか。なぁ?クドラクよ」
「ゴホッゴホッ。ボクを舐めるなよ。昔、ボクたちに破れた癖に。今すぐにでもモルモが来てくれるはずだ」
「ふはは!!それは無い」
自信満々に断言するストリゴイ。その態度にクドラクは眉を顰める。
「どういう事だ?」
「分からんのか?我が1人で乗り込んでくるわけがなかろうに。今し方、団長殿が貴様と貴様の眷属を嬲ったのを忘れたのか?」
クドラクは、ストリゴイの言葉の意味に気づき顔を青くする。
「ま、まさか........スンダル・ボロンも来ているのか?!」
「当たり前であろう?それだけではない。我やスンダルと同格の者達が全部で11名。この国を滅ぼしに来ているのだよ」
ストリゴイ達と同格、つまり、厄災級の力を持った者達がストリゴイとスンダルを除いて11名もいるのだ。
絶望としか言いようがない戦力差。数が質を凌駕するのは、その数が膨大であるからだ。1万匹程度のゴブリンでは、たった一頭の竜には敵わないのが道理。
種としてはそれなりに強い吸血鬼であろうと、絶大な力を持つ者にはただ頭を垂れてその場を過ぎるのを待つしか手は無い。
そして、その絶大な力を持つ者達が牙を向けたのだ。どう足掻こうと救われることは無い。
ドン!!と爆音が上がり、外が騒がしくなり始める。
「始まったようだな。派手にやっているものだ」
クドラクが外を見ると、そこには地獄が広がっている。逃げ惑う吸血鬼達は、炎に焼かれ、氷に凍てつき、無惨に食われる。
この惨状だけを見れば、どちらが悪か分かったものでは無い。
「この......外道がァ!!」
「外道?笑わせるな。少なくとも、欲に目が眩んだ貴様が言うことではない........さて、お喋りもそろそろやめにしよう」
ストリゴイから魔力が溢れ出る。絶対的強者の風格、厄災が厄災たる所以。
「精々足掻いて見せろ」
その力が今、牙を剥く。
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