田舎者は便利だな
イスに乗ってヴァンア王国の周りを飛び回る事、5時間。結局周辺に人間の街らしきものは一切確認できなかった。
それもそのはず。ヴァンア王国を囲む山の外は荒地になっており、アメリカのモハーヴェ砂漠のような光景が続いている。
オアシスのような水がある場所が一切無く、植物がまともに育つことがないこの過酷な環境に住もうと思う人間は居ないだろう。
それどころか、人っ子一人見つける事はできなかった。見落としているだけかもしれないが、少なくとも俺達の目に留まることは無かった。
「周辺に街が無いとなると、国交もなさそうだよな。ストリゴイ。ヴァンア王国は山に囲まれたあそこだけだよな?」
「少なくとも、我が建国した時はそうであったな。彼奴らが、他に街を作っておらねばそうなる」
「作るとしても、周辺に作るだろうし、その線はないか」
後は、ベオーク達の情報次第と言った感じだな。どこかの国と貿易したような形跡がなければ、ストリゴイ達の要望通り、前哨戦として滅ぼしてもいいかもしれない。
日はまだある程度高く、昼過ぎの時間だ。ベオーク達の情報収集はもうしばらくかかるだろうから、人の街を見つけるまで適当に飛んでみるか。
イスに、人の街がありそうな方に飛んでもらう。暫く飛ぶと、街らしきものが見えてきた。
「お、街だな。ここで少し話を聞くか」
「我らは外で待っていよう。身分証なども持ってないのでな。それに万に1つ吸血鬼とばれると面倒だ」
「分かった。お土産は期待するなよ」
「ははは!!金欠の現状で土産をせびるほど、状況が読めない訳ではないわ!!だが、余裕があったら頼もう」
人の街からは見えない場所まで一旦離れて、イスから降りる。
「ん〜!!久々に飛んだけど気持ちいいね!!」
長時間飛んだイスが、伸びをしながら体を解す。なんでも、竜形態から人間になると体が固まるそうだ。あんなに飛んでたのに、身体が固くなるのか......
「お疲れ様、イス。後でシュレクス食べるか?」
「アポンがいい!!」
「分かった。夕飯に剥いてやるから、もう少し頑張ろうな」
「うん!!」
可愛い我が子の頭を撫でなた後は、街に向かって猛ダッシュだ。街が見えてきたら軽く走る程度にしないと、目立つ。
ストリゴイ達と別れて、10分も走れば、街が見えてきた。
バルサルと同じように、城壁に囲まれている街だ。
俺達は、門の前で暇をしている衛兵を見つけて話しかける。向こうも、こちらに気付いたようだ。
「この街に入りたいんだが」
「身分証は持っているのか?」
俺達はマジックポーチから、昨日つくったばかりの傭兵ギルドカードを取り出す。
「.......傭兵?お前達は傭兵なのか?」
「一応な。身分証を作る為だけに傭兵になったようなものだから、別に戦争に参加とかはした事ないぞ」
「あぁ、多いよな。冒険者のノルマやりたくないから傭兵になる奴。身分証だけ欲しかったら、傭兵ってのはあるあるだな」
「だろ?」
「身分証も本物の様だし、問題ないだろ。通ってよし」
毎度の事思うが、ザルすぎる検問だ。せめてどこから来たのか聞かれるかと思ったが、それすらも聞かれないとは思わなかったぞ。
ここが辺境だからなのかな?都市の方に行けば、もっと違った検問をされるかもしれない。
門を潜ると、バルサルと同じような作りの街並が俺達を迎えてくれる。使われている石や、木の違いはあるものの、基本的な街の作りは変わらない。
大通りがあり、周りに露店や屋台が出て、そこを人々が行き交う。昨日も見た光景だ。
「こっちの街の方が、人は少ないようだな」
「そうだねー。街の雰囲気とかも、全体的にあっちの方が良かったかな」
「適当に話を聞いたらさっさと帰るか。どうやら、この街は治安が少し悪いようだし」
「見られてる、気持ち悪い。パパ、食べてもいい?」
「やめなさい。絶対大事になるから。向こうから何かしてこない限りは放っておけ」
この街に入った時から、視線を幾つか感じる。たまたま見たと言う視線ではなく、獲物の品定めをする様な視線だ。
この場でその視線の主達を威圧してもいいが、ただ見られているだけなので、大人しくしておこう。もし、手を出そうものなら、この世から存在その物を消してやるが。
大通りを歩くと、肉の焼けるいい匂いがあちこちから漂ってくる。どうやら串焼き屋が多いらしく、あちこちで肉を焼いているようだ。
「花音、どこの串焼き屋が1番美味しいと思う?」
「あそこの串焼き屋。黒い布を頭に巻いた、おばちゃんがやってる串焼き屋が多分1番美味しい」
「ママは、そんなことわかるの?」
「花音は、屋台で1番美味い物を見つけるのが得意なんだ。どうやって見つけてるのかは、わからんけどな」
「こう、ビビって来るんだよ。これが美味しい!!ってね」
「いや、それが分からないって言ってんだよ。要は勘だろ?」
「ちょっと違う?」
花音の不思議な特技の1つだ。後は、長持ちする電化製品を見つけるのが得意だったりする。
俺たちは、花音が指さした黒い布を頭に巻いたおばちゃんのやっている屋台に足を運ぶ。昼過ぎのこの時間は屋台で買い物をする人は少く、誰も並んでいない。
「おばちゃん。串焼きを5本くれ」
「あいよ。銅貨5枚ね」
おばちゃんは焼いた肉にタレをタップリとつけて、渡してきた。この世界にはフードパックのようなものかは無いので、そのまま手渡しだ。
受け取った俺達は、2本をマジックポーチにしまってから、串焼を食べ始める。
「美味いな」
「美味しい!!」
「うん、やっぱり私の目に狂いは無かった」
おばちゃんの串焼きは驚く程美味しく、それなりに量もある為、1本100円なら毎日買うレベルだ。
アンスールと比べると少し劣るが、バルサルで食べた肉よりは断然こっちの方が美味い。
「ははは!!そう言ってくれると、作った甲斐があるってものだね!!」
俺達が串焼きを食べる様子を見ていたおばちゃんが、嬉しそうに鼻の下を擦る。その立派な体格も相まって、大将と言う言葉が似合いそうな人だ。
「凄く美味いよ、おばちゃん。追加でもう三本くれ」
「あいよ!!」
俺の追加オーダーを聞いて、嬉しそうに肉を焼き始めるおばちゃんを横目に、俺は当初の目的である吸血鬼の王国や、ここがどこなのかを聞くことにした。
「なぁ、おばちゃん。俺たちは村から出てきた田舎者でな。ここら辺のことをよく知らないんだ」
「そうなのかい?その割には、随分慣れた感じで買いに来たじゃないか」
「村で屋台を開く変わり者がいてな。そいつのお陰だ」
全部嘘である。辺境の街なら、村からでてきた田舎者で通せるのは楽だな。
「幾つか聞きたいんだがいいか?」
「構わないよ。この時間は客も来ないしね」
「この街のある国ってどこ?」
「あんた、そんな根本的な事から知らないのかい?随分な田舎者だね。デルクス王国だよ。この街はシーグス」
デルクス王国は聞いたことがない。何百もある中小国家の1つだな。そして、周りを見る限り、多人種国家なのだろう。
ぱっと見、獣人、エルフ、ドワーフ、亜人がいるのが分かる。細かく分けろと言われると困るが、最低でも5人種はこの街にはいるようだ。
「デルクス王国か、って事は貴族様もいるのかい?」
「この街の名前になってる、シーグス様がこの街を治めているよ。シーグス様は随分良識のある貴族でね。重税とかないから、暮らしやすいのさ」
「へぇ、それはいい街だな。治安は?」
「ほかの街に比べれば、いい方だとは聞くね。犯罪者は少ないし、か弱い私としてはありがたい限りさ」
これで治安がいいとか終わってんな。治安のいい街は、街に入った瞬間に監視は付かねぇよ。
もちろんそんな事は言わずに、納得したような顔をしておく。
「そう言えば、俺の村では北の地に吸血鬼の王国があるって言い伝えがあるんだ。俺達は、その吸血鬼の地を見つけるのを旅の目的のひとつにしていてな。何か知らないか?」
「吸血鬼の王国?知らないねぇ。そんな話聞いた事もないよ.........ほら、焼けたよ」
「お、ありがとおばちゃん。またこの街に寄ることがあったら、買いに来るよ」
「その時は、もっと美味しい串焼きを食べさせてあげるよ」
「それは楽しみだ」
おばちゃんの店から離れ、串焼きを食べながら歩く。相変わらず、監視の視線はこちらに向いているな。
「ここまで見られていると、ウザったいな。あと一人2人に話を聞いたらこの街を出てくか」
「釣り出すの?」
「視線の主を釣って話を聞くってか?........まぁ、向こうが勝手に食いついたらそうするか」
その後、露店の婆さんと、サンドイッチを売っていたあんちゃんに話を聞いて街を出ていく。
結局、吸血鬼の国の話は聞くことができなかった。3人しか聞いていないが、年齢層を変えて聞いても答えは“知らない”だったので、吸血鬼の王国がここから北にある事は一般には知られていないのだろう。
それと、街の中で感じていた視線は街を出るとパタリと消えた。視線の感じからして、街を守るための監視では無く、襲う為の品定めという感じだったんだけどな。襲っても金にならないと判断したのか。
「シャー」
そんな事を思いながら歩いていると、
ちなみに、彼の居場所は俺の襟の中に付けられた小さなポケットの中だ。アンスールが作ってくれた。ありがとう。
「お?どうした?」
「シャー、シャシャシャ。シャーシャー」
「ベオークの情報収集が終わったのか。迎えに行くから、全員集まって南側の山の山頂付近にいてくれ。って言っておいて」
「シャ..............シャー」
「OK、いい子だ」
「何か分かったか?」
「串焼きが美味かった。食べる?」
「は?」
この後、串焼きは美味しく食べた。
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