引っ掛け問題を作るやつは、絶対性格悪い

「それじゃ、早速試験だよ。はいコレ」


  おばちゃんから渡されたのは1枚の紙だ。そこに書いてある内容は..........契約書だな。


  甲は乙に対してうんぬんかんぬん、乙は甲に対してうんぬんかんぬんと色々と書かれている。結構しっかりとした契約書だ。


「それを読み上げてから、契約書に名前を書きな。それが試験だ」

「そんな簡単でいいのか?」

「読めて書ければいいんだよ」

「なるほど、傭兵契約────」


  俺はつらつらとその契約書に書かれていることを読む、契約書の内容も特に問題はなく、俺はサインしようとするが、その手が止まる。


「おや?急に止まってどうしたんだい?もしかして、名前がかけないのかい?」

「なぁおばちゃん。この契約書はなものか?」


  試験用に出された契約書としては、しっかりとしすぎているのだ。しかも、内容は自警団関係の契約書。これに署名した場合、俺達は今日から1ヶ月自警団としてこの街の平和を守ることになる。


  おばちゃんは俺の質問に、感心したような顔をしながら応えた。


「ほう。そこにちゃんと気づけるなんて大した子だね。大抵の傭兵はここでサインしちまって、1ヶ月間自警団をする羽目になるんだがねぇ」

「やるつもりなんてねぇよ」

「ははは!!そりゃそうだわね。こんな仕事、誰もやりたがらないさ。この街には衛兵もしっかりといるから、自警団という名のお飾りさ。ある意味楽な仕事ではあるがね」


  街中歩いてるだけで給料出るなら中々いい仕事かもな、日給大銅貨2枚じゃ無ければ。朝から晩まで働いて日給2000円は安すぎだろ。


「それで?この契約書に名前を書くのは絶対なのか?」

「いや、書かなくていいさね。その紙の後ろにでも、1度名前を書いてくれればね」


  俺は言われた通り、契約書の後ろの白紙に名前を書く。


  ついでにイスと花音の名前も書かせた。と言うのも、おばちゃんがこの2人は名前が書ければそれでよしと言った為だ。おそらく、試験に使われる契約書はこの1枚だけなのだろう。


「うん、問題無し。読み書きの試験は合格だよ。次は実技だ。付いてきな」


  おばちゃんに連れられて、傭兵ギルドの裏にまわる。傭兵ギルドの裏側は訓練場のようになっており、体がなまらないように軽く動いている人が多い。


「ちょっと待ってな。今マスターを呼んでくるから」


  そう言っておばちゃんは、さっさとギルド内に戻って行ってしまった。取り残された俺達は、案の定その場で訓練をしていた傭兵達に声をかけられる。


「お?中々可愛いお客さん達だな。もしかして、傭兵になる為の試験中か?」


  話しかけてきたのは、モヒカンヘアーの某世紀末漫画に出てくるモブのようなおっさん2人だ。なんか、火炎放射器持って汚物を消毒してそう。


「読み書きの試験は終わったからな。後は実技だ」

「へぇ、あの契約書にはサインしたのか?」

「してないな。おかげで自警団を1ヶ月やらずに済んだ」

「そりゃすげぇ。ウチの団長はそこまで頭がまわらなくてなぁ。授業料を取られたよ」

「ははは。その団長さんよりは、俺の方が優秀だったって事だな」

「違いねぇ」


  ガハハとお互いに笑い合う。このモヒカンと一緒に訓練していたもう1人のモヒカンがいるのだが、どうやらイスの可愛さにやられたらしく、飴玉のよ様なものを渡している。


「ママ、貰ってもいいの?」

「いいと思うよ。別に毒とか入ってないし」

「オレがこんな可愛い天使に、毒を入れるわけないだろ!!むしろ俺に毒を盛ってくれ!!」


  何を言っているんだコイツは。俺はもう1人の方のモヒカンを見ると、モヒカンは苦笑いを浮かべていた。


「いやぁすまんな。コイツ子供好きでよ。ちょっと暴走しがちなんだが、良い奴なんだ。気を悪くしないでくれ」

「傍から見たら変態だぞこれ」


  幼女に毒を盛ってくれと頼むおっさん.........うん。変態の領域を超えてるわ。


「待たせたな」


  そんな変態を冷めた目で見ていると、後ろから声がかかる。気配を消して、俺に近づいて驚かせようとしていたっぽいが、気づけていたし、なんならモヒカンの表情と視線の動きで後ろに誰かいるのがわかってしまう。


  よって、俺は全く驚くことも無く声の主に向かって話しかける。おそらく、おばちゃんがマスターと呼んでいた人だろう。


「言うほど待ってない。実技試験だろ?さっさとやろう」

「...........少しは驚いてくれてもいいのだよ?」

「ワービックリシター」

「すまない。私が悪かった」


  振り返ると、目の前に筋肉が盛られた胸板が現れる。ピッチピチのインナーを着たおっさんは、両手を腰に当てて俺を見下げている。物凄くデカイな。2mは軽く超えてそうだ。


  短く整った金髪に口元を覆う金色の髭、鋭くも優しげな目は、近所の公園で子供たちの面倒を見ている人気のお兄さんのようだ。もしくは、子供を狙う犯罪者か。


  そして何よりの特徴は、頭に着いた獣の耳と猫のような尻尾。


「獣人か」

「モデル獅子の獣人、この街の傭兵ギルドのマスター、ジルドだ。もしかして、獣人は初めて見るのか?」

「いや、何度か見たことがあるな」


  神聖皇国の大聖堂は、その種族ごとに生活区間が別れていた。そりゃ人間と獣人の文化が、同じなわけがない。人間同士だって文化がかなり違うのだから、種族が異なれば尚更だ。


  神聖皇国の大聖堂では、これらを考慮して生活圏が分けられている。そのせいで、人間以外の人と会うの機会が少なかった。


  モデル獅子と言うのは、その獣人の元になっている動物の種類だ。この種類は様々であり、中には獣系魔物をモデルにしている獣人もいる。


  ニーナ姉はモデル牙狼だな。


「お前たち3人が試験を受けるんだな?」

「あぁ、そうだ」

武器えものは何を使うんだ?」

「なんでも使える。基本はステゴロだけどな」

「3人とも?」

「あぁ」


  ジルドは、そんな馬鹿なという顔でこちらを見てくる。大抵の傭兵は剣や槍を持っているにもかかわらず、素手なのは異常と言えるだろう。異能や魔法が使えたとしても、1つ2つ持っておくのが常識だ。


  まぁ、アイリス団長も師匠も最大の武器は拳だと言って俺をボコスカに殴ってたが。あの人たちの場合は特殊なのだろう。そして、俺も花音もその悪影響を受けたと言うわけだ。


  ドッペルとの訓練で全ての武器が使えるようになったので、剣を渡されても問題ない。


  イスはも俺たちの影響を受けて、基本はステゴロで戦う。親としての教育は間違ってないと思う。


「具現化系の異能か?」

「人の異能や魔法属性を聞くのは、マナー違反じゃないのか?」

「.......そうだな。とりあえず試験を始めよう。ルールは簡単。好きに打ち込んでこい。私も反撃するから避けるか防御をするようにな。1人づつだ。最初は誰が行く?」

「俺が行こう。いいよな?」


  花音に確認を取ると、こくんと頷く。1番手は俺で決まりだな。


  5mほど距離をとってお互いに向き合う。ダブルモヒカン達や訓練場で体を動かしていた傭兵達も、俺達の試験を見ていくようで、花音たちと一緒に並んでいる。なんなら、傭兵ギルドの中から何人か見ているな。気配からしてアッガスとその仲間たちだ。


「私は木剣を使う。もし必要なら用意するが......」

「要らん。俺は拳だ」


  ボキボキと指を鳴らして、全身の緊張を解していく。いい機会だ。厄災級魔物すら倒せる俺がどこまでできるか試してみよう。


「この銅貨が落ちたら合図だ。好きに殴りかかってこい」


  銅貨を親指で弾き飛ばす。落ちるまで約3秒。まずは1%の出力でやってみよう。


  コインが落ちると同時に俺は地面を蹴る。魔縮も一切使わないただの身体強化を使い、距離を詰める。


「速いな!!」


  初手は譲ってくれるようで、ジルドは防御体勢をとる。


  かるーく、かるーくだぞ俺。間違っても、ここら一体を吹き飛ばすような威力で殴らないようにしないと。


  俺からしたら、あくびが出るほどゆっくりと拳を振るう。


「?!?!?!」


  バキ!!と、俺の拳を受け止めた木剣がへし折れる音と共に、ジルドは後ろへ吹き飛ぶ。やべ、強かったかも。


  ジルドは何度か地面をはねた後、傭兵ギルドの壁に激突して止まる。その服は土で汚れており、地面で擦った傷があちこちできている。


「いっつぅ........なんつー威力をした拳だ。魔力で強化したはずの木剣がへし折れたぞ」


  呆れたようにへし折れた木剣を捨てると、ジルドはゆっくりと立ち上がる。


「すまん。ここまで吹っ飛ぶとは思ってなかった」

「気にするな。お前の事を甘く見ていた私が悪いんだ」


  いや、まさか出力1%で吹っ飛ぶとは思ってなかった。魔縮も使って殴ってたら今頃ジルドはあの世だ。


  普段はこの半分ぐらいまで出力を抑えておこう。俺は、俺が思っている以上に強くなっていたようだ。


「ま、まじかよ。あのマスターが吹っ飛んだぜ」

「マスターは金級ゴールド冒険者、それも上位の方に入る実力者なのに、それをあんな簡単に吹き飛ばすなんて......何者だ?」


  モヒカン2人が、思い思いの感想を口にする。へぇ、ジルドは金級ゴールド冒険者相当の実力なのか。


  という事は、出力0.1%でもかなり強い部類に入るな。


「お前は合格だ。私を吹っ飛ばした受験者はお前が初めてだぞ」

「そりゃどうも。それと、あと2人増えるから覚悟しておいた方がいいぞ。特にウチの子は手加減を知らないから、下手したら死ぬから頑張れ」

「マジ?」

「まじ」


  その後、イスと花音に吹き飛ばされたジルドは、ボロボロになりながらも傭兵登録の手続きをやってくれた。


  これで俺達も、晴れて傭兵だ。


  傭兵団の名前はもちろん揺レ動ク者グングニル。登録上団員は3人しかいないが、実際は厄災級魔物が16体もいる世界最強の傭兵団がこの街、バルサルで誕生した瞬間だった。

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