人混みは酔う

  人々が行き交う大通りを歩いていく。人々だけではなく、馬車も通るこの大通りを物珍しそうにキョロキョロと見ているイスは、迷子にならないようにするためなのか、人混みが怖いのか、俺のコートの裾をぎゅっと握りしめる。


「パパ、ちょっと気持ち悪い........」


  人混みが怖いのではなく、人が多すぎて酔ったようだ。


「人酔いか。俺も何回かなったことあるなぁ」

「初めてコミケ行った時は、酷かったね........」


  俺も花音も懐かしむように、人生初のコミケの事を思い出す。


  足の踏み場がないのでは?と思うほどの人混み、群れるオタク達。マナーのなってないキモ豚.......やべ、ちょっと気持ち悪くなってきた。


  それでも、あの人混みの中目当てのサークルにたどり着いて同人誌を買った時の喜びと達成感は、何者にも変え難いものがあった。


  別に地球に戻りたいとは思わないが、コミケだけはもう一度行きたいな。出来ればイスとかも連れて。


「うぅ..........」


  そんなコミケの異常な人混みを思い出していたら、イスが本格的に顔を青くしている。このままだと、下手したら吐きそうだな。


「イス。辛かったら俺の背中で寝てろ」

「でも.........」

「初めての人混みなんだ。無理するな」

「そうだよイス。徐々に慣れていけばいいからね」

「分かった」


  素直に頷くイスの頭を撫でてやってから、俺はイスに背中を向けてしゃがむ。イスは、倒れ込むように俺の背中にもたれ掛かると、首に手を回した。


「傭兵ギルドに着いたら起こすからな」

「ん、分かった」


  イスをおんぶして再び歩き出す。イスは俺の歩く揺れが心地よかったのか、あっという間にすやすやと寝てしまった。


「寝るのが早いな」

「この子はまだ1歳と半年なんだよ?人間でいえば、まだ赤ちゃんなんだからこんぐらいは寝るでしょ」


  こうして普通に話せるので忘れがちだが、イスはまだ生まれて2年も経っていないのだ。まだまだ成長期のイスは寝ることが仕事なのかもな。


「とりあえず傭兵ギルドを探すか。ベオーク、傭兵ギルドを探してくれ」

『分かった。子供達に行かせる』


  俺の指示を受けたベオークの子供達が、一斉に俺の影から出ていく。子供達は体調1m程もある滅茶苦茶デカい蜘蛛だが、影があればその中を自由に移動することが出来る。つまり、移動する人間の影に入り込んで動くことができるのだ。


  2年間も増え続けたベオークの子供達は、今や万を超える数がいる。今回は数百匹程度が、この街に解き放たれた。


『多分すぐ見つかると思う』

「だろうな。特定の人物を見つけるとか、そういうのじゃないし。傭兵ギルドって言う普通に見つけれるものだから、なんなら子供達を使わなくてもよかったまである」

『なぜ使った?』

「経験を積ませるためかな。ぶっつけ本番とかよりは、簡単なものでもいいから1度やっておくべきだ」

『なるほど、流石は団長』

 

  子供達が傭兵ギルドを見つけるまでの間は、ゆっくりと観光していよう。この街の特産物とかないかな。


  大通りで開いている屋台や露店は、大抵同じようなものばかりだ。


  串焼きや果物、野菜やサンドイッチが屋台では売られており、露店では古本や古着、骨董品が売られている。


  そんな中、俺の目にあるものが写った。


「お、鉋が売ってるじゃないか」


  ドッペルが家を作るにあたって、必要な材料を買わなければわならないが、その中に鉋も含まれている。


  石作りの多いこの街に鉋が売っているかどうか怪しかったが、どうやら運良く見つけれたようだ。


  俺達は早速露店みやっている爺さんに話しかける。灰色のニット帽のようなものをかぶった、白い髭をサンタのように生やした爺さんだ。


「おい、爺さん。これ幾らだ?」

「そいつは銀貨3枚じゃのお」


  このジジィ、白々しく吹っかけてきやがった。この鉋の相場は分からないが、このジジィの話し方や仕草、視線の動き方や声色を見れば大抵分かる。伊達に俺の婆さんに人の騙し方を仕込まれた訳では無い。あの人、オレオレ詐欺から逆に金を巻き上げるような人だからな.........


  俺は先程の明るい声とは違い、ドスの聞いた声で話しかける。イスをおんぶしているので、あまり締まらないけどね。


「おい、ジジィ。吹っかける相手は選べ。もう一度聞こう。コイツは幾らだ?」

「..........銀貨1枚と大銅貨6枚じゃ」

「OK、銀貨1枚と大銅貨3だな」


  俺は爺さんに金を放り投げると、鉋を持ってその場を後にする。爺さん話しかける。不服そうな顔をしていたが、俺が値段を聞き直した時、ほんの少し出した殺気にビビったのか何も言ってこなかった。


「ねぇ、仁。2回目に言った時の価格は適正じゃなかった?」

「大銅貨3枚分は授業料だよ。相手は選べってな」


  この世界では値切りが当たり前である。逆に吹っかけるのも当たり前なので、そこは注意だ。


  買った鉋はマジックポーチにしまう。その後、少しお腹がすいたので、適当な屋台では串焼を買って食べていると、ベオークの子供達が帰ってきた。


  時間にして約15分。初めてにしては上出来だろう。


『見つけた』

「それじゃ行くか。案内よろしく」


  ベオークの案内に従って歩く事20分、ようやく傭兵ギルドが見えてきた。


「あれが傭兵ギルドか。冒険者ギルドは大通り沿いにあったのに、なんで傭兵ギルドはこんな複雑な道にあるんだよ」

「お金と権力無かったから、好立地を買えなかったんじゃない?ほら、冒険者ギルドよりも権力弱そうじゃん?」

「傭兵は戦争がないと、需要がないけど、冒険者は魔物がいる限り必要とされる。それに、戦争よりも魔物の脅威の方が身近だからな」


  どうやっても国との関わりが深くなるのは冒険者ギルドになるし、依頼が多く来るのも冒険者ギルドになる。


  そうなれば自然と権力は大きくなり、金も手に入る。


「傭兵って中々大変なのかもな」

「私達も、そんな大変な傭兵なんだけどね?」

「俺達は傭兵団を名乗っているけど、実際は魔王よりもやべー集団だからな?気分で世界征服ができるだけの戦力がある。その気になれば金も権力も手に入れ放題だ」

「凄いね。暴力こそが最強の力だってよく分かるね」

「財力も権力も、圧倒的暴力の前ではどうしようもないんだよ。暴力に対抗できるのは暴力だけさ。イス、着いたから起きろー」

「んんー.........」


  寝起きで若干寝ぼけているイスの手を花音が握り、傭兵ギルドのように扉を開く。


  中は思っていた以上に綺麗に掃除が行き届いており、傭兵達が出入りするとは思えないほどしっかりとした受付がある。


  入って正面に受けたがあり、右手側には掲示板が、張り出されている。求人広告かな?


  左手側は酒場のようになっており、こんなに真昼間から、酒を飲んだくれているガチムチのおっさん達が何人もいる。


  俺達はそんな飲んだくれ達の視線を気にする事は無く、受付に真っ直ぐ歩いていく。


「随分と可愛らしい子達が来たねぇ。何の用だい?」


  受付の前に行くと、受付嬢のおばちゃんが話しかけてくる。受付嬢と言えば、美人で綺麗な人を想像するが、そんなことは無い。見た目は40過ぎの太ったおばちゃんだ。


「登録ってできるか?」

「できるよ。登録に銅貨5枚かかるがね」

「そうか。なら────」

「おい、あんちゃん」


  早速、傭兵登録をしようとした矢先、後ろから声をかけられる。先程まで酒を飲んでいた傭兵の1人だ。席から経つと、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


  も、もしかしてコレはテンプレ展開か?!お前みたいなガキに傭兵はえぇよ!!って奴か?!


  俺は内心勝手に盛り上がっていると、傭兵のおっさんは俺の期待とは違うか事を言い出した。


「ここは傭兵ギルドだぜ?冒険者ギルドは大通り沿いだ」


  どうやら俺達が、冒険者ギルドと間違えてここにきたと思っているようだ。なんだよ、普通にいい人かよ。

 

「分かってる。傭兵として登録しに来たんだ」

「何?この嬢ちゃんと子供もか?」

「そうだけど、何か問題でも?」


  年齢制限があるという話は聞いていない。傭兵になるには、簡単な試験がある程度だと聞いている。確か読み書きと実技試験だな。検問前で話したおっちゃんが教えてくれた。


  ちなみに、冒険者ギルドは試験は一切無くなることができ、商人ギルドは読み書きが、必要だそうだ。まぁ読み書きの試験は、自分の名前を書けるかどうかとかそう言うレベルらしいが。


「こんなちっこいガキや嬢ちゃんが、戦争に参加するもんじゃねぇ。悪いことは言わねぇから冒険者になっておけ」


  どうやら、2ヶ月後の戦争に参加すると思われているようだ。と言うか、冒険者でも戦争は参加できるだろ。国が要請を出せばだけど。


「今回の戦争に参加するつもりは無いぞ。俺達は、ただ身分証が欲しいだけだ。冒険者のノルマはやりたくないからな」

「........なるほど確かにそれなら傭兵がいいかもしれないが、そう簡単に傭兵になれるもんじゃねぇぞ?読み書きはとにかく、実技試験はけっこう厳しめだからな」

「安心しろ、おっさんより俺達は強いから」

「ははは!!言うじゃねぇか。要らねぇ世話を焼いちまったな。俺は赤腕の盾レッドブークリエ三番隊副隊長アッガスだ。お前達が受かったら1杯おごってやるよ」

「出来ればジュースをお願いするよ。俺は酒が苦手なんだ」


  そう言うと、アッガスは手を振りながら自分の席に戻っていった。


「随分とイメージと違うって顔だね」


 俺とアッガスの話を聞いていたおばちゃんが話しかけてくる。


  確かに今の俺の顔は、そんな顔をしているだろう。事実、大分イメージと違った。


「傭兵は戦争屋だからね。どうしても野蛮なイメージがあるんだよ。冒険者と比べて、街の人との関わりは少ないしね」

「街の人は普通、傭兵に依頼なんて出さないわな」

「そうさね。傭兵は自警団として街の治安を守る事もあるけど、普通に暮らしていれば自警団と関わることもない。その一方で冒険者は街の清掃や魔物肉の調達、薬草を取りに行ったりして街の人と関わりが深い。どうしても、傭兵達とは違って偏見だけで決めつけられることは無いのさ」

「傭兵は大変だな」

「何他人事みたいに言ってるのさ。アンタ達は、それになろうとしてるんだよ」


  傭兵は大変だなぁ(遠い目)

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る