傭兵になろう!!

  森の中を歩き、街道を歩き、ようやく街が見えてきた。思っていたよりも時間がかかってしまったが、まだ日は高い。


  これなら、街の中を幾らか見て回れるだろう。


「ねぇ、パパ。あの大きい石の壁は何?」


  イスが、城壁を指さして質問してくる。俺と花音は神聖皇国で見たが、イスは初めて見る物だな。


「あれは城壁と言ってな。外敵から身を守るためのものだな」

「外敵?」

「いいかい。人間ってのは、俺や花音のように、皆が皆戦える訳では無いんだ。ゴブリンにだって負けるような奴もいる。そんな弱い人達を守るための壁なんだよ」


  少し違うかもしれないが、大体あっているだろう。これ以上詳しい説明は俺にはできない。


「ふーん。でも、あの程度の壁なら簡単に壊せそうだね」

「間違っても壊すなよ?目立ちまくるから」

「分かった!!」


  こんな可愛い少女が壁を殴り飛ばすなんてことをした日には、この街に次から入れなくなる。1番近い街はここなのだ。色々と調達するには都合がいいので、穏便にしたい。


「仁。身分証どうする?」

「アイリス団長から貰ったのを使うかどうかか?」

「うん。使わなくても大丈夫そうなら、使わない方がいいと思う」

「またなんで?」

「私達は田舎から出てきた設定なのに、この子は持ってないでしょ?不自然に思われそうだから」


  確かに、イスだけ身分証を持っていないのは少し不自然だ。怪しまれないように、持ってないということにした方がいいだろうな。


  そんな事を話していると、街の城壁にたどり着く。街へと入る門の前では、検問がされており、何人かが城壁に沿って並んでいた。


  神聖皇国でもこの光景は見たが、その時はもっと凄い人数並んでいたなぁと思いながら、俺達も列並ぶ。あと10分もすれば、俺たちの番だろう。


  待つ間は暇なので、花音と今後について話す。


「身分証って、1番作りやすいのは冒険者ギルドか?」

「多分そうなんじゃない?」

「冒険者になるつもりはないんだけどな。となると商人ギルドか?どう思う?盗み聞きしてるおっちゃん」

「ありゃ、バレちまいましたか」


  俺に声をかけられたおっさんは、頭をポリポリと掻きながらバツが悪そうにコチラに振り返る。行商人のような格好をしているが、しっかりと身なりが整っている。髪はオールバックで固められており、目は糸目だが、その隙間から見える瞳はやり手の商売人を彷彿とさせる。


  彼は馬に店のようなものを引かせており、これで旅をしながら品物を売り捌いているのだろう。


「盗み聞きとは人が悪いな。商人は信用が命だぞ?」

「いやはや、耳が痛い話ですね。それで?何を聞きたいのですか?」


  下手に雑談をするのでは無く、さっさと本題に入る。どうやら頭は切れるようだ。


「身分証を作るのに、いちばん簡単なのはなんだ?」

「1番簡単なのは、先程話されていた冒険者ギルドですね。しかしながら、あなた方はそれを望んでいないご様子。大方、ノルマをやるつもりかないのでしょう?」

「そうだな」


  冒険者ギルドに所属すると、ランクに応じてノルマがある。一番下の鉄級アイアン冒険者は、月に1度は依頼を受けなければならない。


  俺達は別に冒険者として金を稼ぎたい訳では無いから、ノルマがある冒険者はやりたくないのだ。


「と、なると次に簡単なのは商人ギルドです。しかしながらこれもノルマがあります。主に、納金が必要で、年内にそのランクに応じて納金の額が変わります。一番下のランクでも大銀貨1枚は持っていかれましたね」


  それも却下だな。商売をやるつもりは無いし。ただ、金さえ払えばOKなので最終手段かな。


「その次は傭兵ギルドですかね。ここはノルマもなく、毎年納金の義務もありません。あるのは契約書の保管をする時や、相手方への仲介としての時にお金が発生する事ですかね。しかし、先程の会話を聞く限り、傭兵ギルドの存在をご存知なかったようで」

「悪いな。物凄く田舎から出てきたんだ。冒険者はちょくちょく来てたから存在を知っていたんだが、戦争もない田舎に傭兵は来ないだろ?」

「あはは!!それは確かにそうですね。後は、神聖皇国出身の方でしょうか。かの国は傭兵よりも軍が強すぎて、傭兵ギルドの存在が薄すぎますからね。“傭兵が世界で1番生きづらい国”とも言われているのですよ」

「へぇ」


  なるほど、確かにアイリス団長や師匠がいるなら傭兵はいらないだろうな。その部下の人達とも何回か手合わせしたが、皆強かったし。


「でも、もし傭兵ギルドで登録するなら気をつけてくださいね。傭兵ギルドに所属するということは、傭兵になるという事です。冒険者のように、温厚な人は少ないので、登録したと同時に難癖をつけられるかもしれませんよ。特に、女性の方を連れている方は絡まれやすいですよ」


  遠回しに、いや、直接的に辞めとけと言っているのだろう。見た目だけなら、俺達強そうに見えないからな。


「一般的な傭兵は、冒険者で言うとどのぐらい強いんだ?」

「へ?冒険者で言うとですか.......このアゼル共和国で有名な傭兵団は、全員銀級シルバー冒険者並の強さを持っていると言われていますね。その団長である『剛剣』バラガスは、金級ゴールド冒険者と同じぐらい強いと言われています。一般的なのは分かりませんが、銅級ブロンズ冒険者ぐらいでは無いですかね?一般的な冒険者もそこら辺ですし........」

「なるほど、ありがとおっちゃん。その程度ならなんとでもなるよ。俺達はこう見えても強いからな」

「まぁ最終的に本人が決めるので、いいのですけど..........」


  その後、おっちゃんに色々と聞いていたら、順番が回ってきたのでおっちゃんと別れる。


  おっちゃんは、知りたい事を結構知っていたようで、大まかな情報は大体揃った。


『ワタシの仕事が.........』

「すまんなベオーク。だけど、やってもらう事はまだまだあるから、よろしくな?」


  仕事を盗られて少しテンションが下がってるベオークを慰めながら、俺は今手に入れた情報を整理する。


  この国はアゼル共和国と言われる国であり、西側にいるアスピドケロンを挟んだ反対側には、獣人の国であるバサル王国があるそうだ。


  バサル王国は獣王国ではなく、獣王国は別の国だ。獣人国家だけも、20〜30程度国がある。覚えれねぇよ。


  北側には、亜人国家のリスト王国。東側には多民族国家のジャバル連合国。南には人間国家のシズラス教会国がある。


  現在はシズラス教会国と停戦中で、あと2ヶ月で戦争が再開されるらしい。それ以外の隣国との関係は良好で、特にジャバル連合国とは一緒にシズラス教会国と戦争している仲だとか。


  戦況としてはこちら側が優勢で、このままいけば勝てると言われている。シズラス教会国は人間至上主義の国家らしく、エルフや獣人は奴隷として扱っており、なんなら国が主導してアゼル共和国やジャバル連合国から人攫いをしていたと言う。


  それをアゼル共和国が証拠付きで見つけ、宣戦布告。ジャバル連合国も同じ理由で宣戦布告したそうだ。


  停戦理由は、お互いの国で疫病が蔓延したため。 1年と半年後までお互いに不可侵とし、この条約を破った場合は大エルフ国がその国に宣戦布告すると言う。


 大エルフ国は、ジャバル連合国とシズラス教会国にほんの少し国境が接しており、この停戦の仲介国となったそうだ。この条約を破るということは、大エルフ国の顔に泥を塗る行為となるので、お互い下手には動けない。


  アゼル共和国では既に疫病は抑え込まれ、戦争の準備をしている最中だそうだ。傭兵にとっては稼ぎ時だろう。


  ちなみに、この街の名前はバルサル。共和制の国の為、領主ではなく街長と呼ばれる選挙によって選ばれた人がこの街を治めている。


  異世界で共和制の国って中々無いよな。


「俺たちのいる場所が大体わかったのは大きいな。大陸の東側、それも、大帝国寄りの場所だ」

「大帝国寄りと言っても、何個も間に国を挟んでやっとたどり着ける遠さだけどね」

「それを言うなよ」


  そんなやり取りをしていると、おっちゃんの検問が終わり、俺たちの番が回ってくる。


  別にやましい事はないので、堂々と行こう。


  皮鎧を来て短槍を持った検問のお兄ちゃんが、話しかける。


「身分証は?」

「田舎から出てきたから持ってない。もしかして無いとはいれないのか?」

「いや、そんな事はない。銅貨2枚払えば入れるぞ。だが、身分証は作っておいた方がいい。金を取られなくなる上に、面倒な質問も少なくなる」


  要は今から面倒な質問をするのね。


「何をしにここに?」

「この子に色々な世界を見せてあげようと思ってな」


  俺はイスの頭を撫でながら、答える。イスにこの世界を見せてあげたいというのは、事実だけ。尚、俺も見たいと言うのはある。


「随分と大きな子供だが、君達の子か?」

「違う。少し年の離れた兄貴の子だ。今はもうこの世にいないけどな。俺達が親代わりだ」

「........それは済まないことを聞いた」

「気にするな」

「その刺青は?」

「村の風習だな。村を出ていく時に、頬から胸にかけて蛇の刺青を掘るんだ。よく似合ってるだろ?」

「そうだな。中々イカしてるぜ」


  俺一人だけこの刺青があれば怪しまれただろうが、全員が刺青をしていれば怪しまれることは無い。赤信号みんなで渡れば怖くないってやつだ.......ちょっと違うか。


「うーん。問題なさそうだな。入ってよし。ようこそ、バルサルへ」


  ザルな検問だ。イスのような子供がいたのも多いな要因かもしれないが、それを抜きにしてもザルすぎる。治安大丈夫か?


  門を潜ると、外には大勢の人々が行き交う大通りがある。神聖皇国には劣るものの、かなりの活気がある街だ。


  中世ヨーロッパ風の建築物が至る所に並び、大通りには屋台や露店をやっている所も多い。行き交う人々の顔は明るく、この街はいい街だと言う印象を与えてくれる。


「良さそうな街だな」

「そうだねー。活気もあるし、何より市民の顔が明るい。希望に満ちた顔ってやつだよ」

「すごい!!人がいっぱい!!」


  目を輝かせているイスを俺と花音は微笑ましそうに見ながら、まずは身分証を作るために傭兵ギルドを探しに歩き出すだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る