2年後の彼ら
2年という時は人を成長させる。特に、周りからの影響を大きく受ける10代の少年少女は。
「はぁぁぁぁぁ!!」
西洋風の鎧を纏い、日本刀を持った少年がその刀を振るう。
聖剣として握られているのそ刀の斬れ味は抜群で、切られる対象となった空を飛ぶワイバーンの首はいとも容易く落とされる。
豆腐に包丁を通すような滑らかさで切られた首から流れ落ちる血は、雨のように降り注ぐ。
「中々、様になってるじゃないか。コウジ」
「アイリス団長」
光司と呼ばれた少年は、血に汚れた刀を振るい、血を落とすと刀を腰に付いた鞘に仕舞う。
「この調子なら、私達レベルまで余裕で上がれるな」
「無理言わないでください。僕はそこまで人外じゃない」
苦笑いしながら、アイリスの言葉を軽く受け流す。2年経った今でも、彼はアイリスに勝つことは出来ていない。否、彼だけではない。
「終わりました」
「お、シュナも終わったようだな」
空から降りてきたのは天使。その手には焼け果てたワイバーンの死体がある。舌をだらしなく出し、肉の焼ける匂いを漂わせているワイバーンを雑に放り投げると、朱那と呼ばれた少女は翼をしまい、天使から少女へと戻る。
「ワイバーン相手に無傷。大分シュナも強くなったな。来年辺りには2人とも私を超えるかもな!!」
「アイリス団長、無理言わないでください。誰もが団長の様に人外になれると、思わないでください。未だに本気でかかっても勝てないのに........」
「アイリス団長に勝てるのは、龍二君ぐらいだよ。勇者の僕より強い」
「お?呼んだか?」
噂をすればなんとやら。龍二もワイバーンを引きずってやってきた。しかし、そのワイバーンは普通のワイバーンよりも一回り大きい。
そのワイバーンを見て、アイリスは顔を険しくする。
「おいリュウジ。このワイバーンはどこで見つけた?」
「そこら辺に飛んでたけど?」
「馬鹿を言うな。お前、禁止区域に入ったな?」
「さぁ?空を飛んでて間違えて入ったかもな」
「............まぁいい。そいつは、グレイトワイバーンと言って、ワイバーンの上位種だ。このクレヴィン大森林の禁止区域に入らないと出てこない魔物だ。最上級魔物だぞ」
アイリスの説明に、光司と朱那の目が見開かれる。最上級魔物は下手をすれば、1国を滅ぼすことが出来るだけの力を持った魔物だ。それをたった1人、しかも、目立った傷を負うこともなく倒したのだ。驚かないわけが無い。
ちなみに、彼らが今いるのは、神聖皇国の西側にあるクレヴィン大森林と呼ばれる森だ。この森には多くの魔物が生息しており、最上級魔物もいる。
「へぇ、なんか火とか吐いてくるから、ちょっと変わったワイバーンだなーとは思ったけど、最上級魔物か。そりゃ強いわけだ」
「白々しい........ところでリュウジ。最上級魔物を倒せるという事は、お前は
「いつも言うが、俺は約束があるんだ。それは断る」
いつもの様に、勧誘するアイリスの提案をを突っぱねる龍二。その様子を見ながら、光司と朱那は会話をする。
「あの二人いつもあんなこと言ってるよね。仲良いのか悪いのか分からないよ」
「そうか?僕はこの前、こっそり街中でデートしてるのを見たって言うシスターから話を聞いたぞ」
「え!!それ本当?!」
「あぁ、僕自身が見たわけじゃないから何とも言えないが、シスター曰く、かなり仲睦まじいらしい」
「うわぁ、私だけ行き遅れとかになりそうで嫌だなぁ」
「黒百合さんなら大丈夫でしょ。相当美人だし」
「え?嫌み?“聖女様と仲睦まじい勇者様”がなんか言ってるね」
物凄く棘のある言い方をする朱那の反応を見て、地雷を踏んだと顔を顰める。このままでは不味いと思い、何とかしようと言葉を続ける。
「い、いや。黒百合さんは、ほら。高嶺の花って感じだからいいより難いんだよ」
「ふーん。昔に比べれば、十分フランクになったと思うけどね。私は」
「そこは........アレだよ。第一印象が、まだみんなの中に残ってるからじゃないのかな?」
「つまり、私は最初からミスをしていたと?」
「えぇと..........」
何を言っても棘しか帰ってこない会話に、光司は打つ手無しと言った顔だ。
この2年で朱那は大きく変わった。かつては、誰にでも敬語を使い、優しさに溢れた少女だったが、ある時を境に少しずつ性格は変わっていった。
東雲仁の死亡と浅賀花音の失踪。この2つが、黒百合朱那の性格を大きく替えてしまった。
以前の様な優しさは残っているものの、その中に冷酷さが混ざるようになった。自身の敵となる者は容赦なく殺す。とても、前の世界にいた事の朱那とは思えない。
龍二も大きく変わった。無理をしてでも強くなろうとし、死にかけたのは1度や2度では無い。何故そこまで無理しようとするのかと聞けば、返ってくるのは「それが約束だから」の一点張り。
(仁君。花音さん。あの二人は今の僕達を見たらどう思うんだろう?)
もう会えない友人と、消えたその彼女。光司は空を見上げて2人の顔を思い出しながら、静かにため息を着く。
空を漂う雲は、そんな溜め息を受け入れるかのようにただ漂うだけだった。
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邪魔者を殺し、勝利の美酒に酔った堕落者達は、今まで以上に好き勝手やっていた。
「ぎゃははははは!!飲め飲め!!」
「勇者さま〜。私もお酒ほし〜」
「お?おねーさん可愛いね〜この後暇?」
「いや〜ん。勇者様のえっち〜」
「ほう。中々いい女ではないか。喜べこの私が抱いてやろう」
「嬉し〜」
美女に囲まれながら、酒を煽り、自堕落な生活を送る。この2年間で彼らの生活は大きく変わった。訓練には一切参加する事が無いのはいつもの事だが、その暇つぶしに何人もの美女が付き添っている。
東雲仁を殺して直ぐに彼らの思惑通り、美女がよってくるようになったのだ。
「花音ちゃんが居なくなったのは残念だけど、アイツが死んでからいいことずくめだな!!」
「ぎゃははははは!!あのクソは、死んで当然なんだよ!!俺達がモテるからって、こんな美女達を近づけないように悪評立ててたんだからな!!」
「ふっ.......俺の闇が魅力的すぎたか」
「ふん。如何にも下衆の考えそうな事だったな」
「それな」
仁が死んだ後、よってきた美女達は口を揃えて“仁に悪い事を吹き込まれた”と言っている。そして、彼らはそれを信じている。
それが近寄る為の口実だと知らずに。
「しかし、アイリスちゃんとかシンナスちゃん辺りに手が出せないよなー」
「ガードが硬いよな。最近近づこうとしたんだけど、いつの間にか消えていたんだぜ?」
「闇の幻想か......かなりの使い手だな」
「勇者さま〜。そんなアイリスなんて女の事忘れて、私達といいことしましょうよ〜」
「それもそうだな。よし、今日は腰が抜けるまでやってやるぞ!!」
「「「「「「いぇーい!!」」」」」」
絶望の縁に叩き落とされ、深淵に沈む日は着々と近づいているのに、彼等は気づかない。
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イストレア神聖皇国の教皇、シュベル・ペテロは頭を抱えていた。
「全く。この穀潰し共が。わが国の血税を無駄使いしおって。とっととくたばれ」
とても聖職者とは思えない口ぶりだが、彼とて人間だ。感情のままに暴言を吐くこともある。
「あの5人ですか」
机の上に乗っている資料を見ながら、苦虫を噛み潰したような顔をするのは、枢機卿フシコ・ラ・センデスル。仁の計画を知っている唯一の枢機卿だ。
「あぁ、大した出費ではない。が、これに国民の血税が使われていると思うと我慢ならん。まだ裏組織に渡した方がマシだ」
「しかし、これは教皇様がご決断なさった事では?」
「そうだな。私が決断
「........どういう事です?」
「正教会国をどうにかしたいと思っていたところに、正当な理由を突きつける材料を上手く転がしてきたものだ。それ以上効果的なものは無いとな。お陰で儂はそうせざるをえなかった。常闇に現れた言葉の呪縛よ」
あまり要領を得ない返答に枢機卿は首を傾げるが、深く掘り下げると危ない気がして何も言わない。彼は、好き好んで地雷源に突っ込む趣味は無いのだ。
「あのクソ共を縛り付けるために、この国で1番の娼婦達を雇った。逃げられぬように監視もついておる。あの小娘達に何かあってもいいようにしてある。儂としては、どう転んでも対応できるようにしてある。やれる事はやった。後は、天に任せるしかないのであろうな」
「あの少年達は、どうしているのでしょうね」
この提案を投げかけた2人の少年少女の足取りは、まだ掴めていない。属国名義で作った身分証が使われた形跡を追っているが、一切形跡がないのだ。
「さてな。出来れば、儂らの目の届くところに居ってほしいものじゃ」
教皇は手に持っていた資料を置くと、溜め息をつく。
暗い天井は、その溜め息を拒否しているかのように、ただそこにあるだけだった。
これにて第一部一章は終わりです。
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