揺れ動く者達

この世界に来てから2年が経った。魔王復活まであと1年。俺達は遂に、この島から出ることになった。


この島からの脱出方法は、既に確立されている。花音に鎖を巻き付けてもらってから、空を飛んで霧の中に突っ込み、色々と試したのだ。


どうやって空を飛ぶのかと言うと、俺の異能、天秤崩壊ヴァーゲ・ルーインの球体を、空中に固定して足場にして飛んでいる。花音がやってたような感じだな。


試した結果、俺の異能が有効だと判明。魔力はかなり使うが、霧の中を一切迷わずに突破する事が出来た。


1度崩壊した霧は元に戻ることはなく、そのままトンネルのようになっている。今回はそのトンネルを通る予定だ。


「ジン、これでいい?」

「あぁ、ありがとう。これで全て揃ったな」


アンスールに仮面を渡された俺は、マジックポーチにそれをしまう。


『明日この島とおさらば。ワタシこの島の生まれだから、ここ以外の景色見るの楽しみ』

「俺もだ。俺達も殆ど外の景色なんて見てないから」

「よーやくこの島ともおサラバだよー。1年と、10ヶ月近くいたよね?」

「そんなに長いこといたのか。お陰でメンバーが人外集団になっちまったよ」

「私と仁以外、全員魔物だもんね」

「これ下手したら、俺が魔王として討伐されそうだな」

「有り得そうねぇ.......その時は私達が守ってあげるわよ?」

「そりゃ心強い」


そんなことを話しながら、着々と準備を進めていく。明日、この島からいなくなるのだ。不本意ながらも、世話になったこの島を汚して出ていくのは気が引けるので、アンスール達と住んでいた洞くつを掃除する。立つ鳥跡を濁さずってね。


掃除も終わり、この島での最後の夜を迎えようとしていた時、1匹のドラゴンが洞窟の前に降りてくる。


「パパ!!ママ!!ただいま!!」


そのドラゴンは、あっという間に人の姿になると、元気よく俺と花音の胸に飛び込んでくる。結構いい勢いだったので、ちょっと胸が痛い。


「おかえりイス。ファフニール達との訓練はどうだった?」

「うん!!楽しかったよ!!ファフニールおじちゃんに1発食らわせたんだ!!」

「凄いじゃんイス!!ママは立派に育ってくれて嬉しいよ!!」

「えへへー」


イスの頭をクシャクシャと撫でる花音の手を、気持ちよさそうに味わうイス。人の姿は成長していないが、ドラゴンとしての姿はかなり大きくなった。


体長5m程にまで大きくなり、俺と花音を背に乗せて飛べるように。何度か乗らせてもらったが、中々スリリングで楽しい空中散歩だった。


褒めるとイスが調子に乗ってスピードをあげるのだが、滅茶苦茶早いのだ。始め乗った頃は、振り落とされないようにしがみつくのが精一杯だった。


そんなイスの種族は青竜ブルードラゴンではなかった。生まれたイスをファフニールに見せたところ、この子は蒼黒氷竜ヘルと呼ばれる厄災級魔物らしい。


なんで青竜ブルードラゴンから生まれるんだよとは思ったが、どうやら込めた魔力が問題だったようだ。


最初に青竜ブルードラゴンがこの卵に魔力を込め、その後俺達が限界まで魔力を込めた。ドラゴンはその与えられた魔力量と質に応じて強さが分かれ、魔力を与えられすぎたドラゴンは別種のドラゴンへと変化すると言う。


今回は青竜ブルードラゴンの魔力と俺と花音の魔力が混じっており、更にとんでもない程の魔力量を込めた為に変異したと見られる。


人化が出来るのも、人間である俺達の魔力を受け取ったことによる副産物のようだ。


そして、3つの魔力から生まれたこの子の力は絶大。生後半年、人化を覚えて直ぐにベオークを連れて狩りに出かけたと思ったら、なんと赤竜レッドドラゴンを狩って帰ってきた。


ベオークは全く手伝ってないらしい。赤竜レッドドラゴンに向かってふぅと息を吹きかけるだけで、赤竜レッドドラゴンの全身は凍り付き、心臓を止めたと言う。


我が子の安全を心配しなくてもいいと喜ぶ反面、反抗期とかになったら殺されそうだと思う。今のところは、素直でいい子だ。


そして、ベオークも大きく変わった。2mあった体は小さくなり、50cm程まで縮んでいる。しかし、その中に内包する魔力はとてつもなく大きくなっている。


深淵蜘蛛アビススパイダーと呼ばれる最上級魔物だ。小さいからと言って舐めてかかると、あっという間に切れ味抜群の糸に細切れにされてしまう。その糸の切れ味は、強靭な鱗を持つ赤竜レッドドラゴンすらも容易く切り裂く。


それだけでは無い。その種族名のとおり、相手に深淵を見せる。深淵に囚われた獲物は、その深淵の中に引きずり込まれ、自分が死んだ事も認知出来ずに死ぬことになる。


ベオークが試しに深淵を使っているところを見た事があるが、レッドアイホーンラビットは急に生命が絶たれたようにパタリと死んだのは中々衝撃的だった。


何より、外傷などは一切ないので暗殺に適しすぎている。元々諜報兼暗殺部隊としてこのメンバーに誘ったが、ここまで成長するとは思わなかった。


ベオークの子供たちも成長して成人となり、俺やイスとよく遊んでいる。イスは俺の体質を少し受け継いでいるようで、蜘蛛に好かれやすいらしい。アンスールにもよく可愛がられているしな。


「さて、そろそろ寝ようか。明日、この島を出ていくわけだしな。体調は準備万端にしておかないと」

「そうね。明日が楽しみだわ」

『ワクワクしすぎて寝れないかも』

「私も楽しみ!!」

「うんうん。ようやくを守れるね」

「そうだな。龍二や師匠にちゃんと会えるようになるな」


これ、俺の異能が発現していなかったらどうなっていたのだろうか。この島から出れずに、永遠にこの島で生きていたかもしれない。そう思うと、異能には感謝だな。足向けて寝れないわ。


そうして、この島最後の夜は過ぎていった。


翌朝、全ての始まりの日。俺達は宴のあったの広場に集まっていた。既に全員揃っている。


メンバーは俺たちを入れて合計18名。


ほぼ全てが厄災級魔物であり、たった一体で国の1つ2つは容易く消し飛ばせる連中だ。


俺は、約束通りこいつらを倒し、仲間に加えた。もうぶっちゃけ、コイツらだけで魔王倒せるんじゃないかなと思っているが、コイツらが暴れたら暴れたで面倒事になるのは確定だ。もしかしたら、運用に困る面子ばかりをメンバーにしてしまったかもしれない。


「おはよう。みんな揃ってるな?調子はどう?」

「フム悪くないぞジン。寧ろこのしみったれた島から出られると思うと、高ぶるな」


俺の挨拶に代表して答えてくれたのは、ファフニールだ。他のメンツを見渡しても、みんなやる気満々と言った感じなので、調子は絶好調だろう。まぁ、若干2名程楽しみすぎて寝れなかったアホがいるようだが。


「眠い........」

『眠い』


俺の後ろで何か言っているが、ほっとこう。どうせ寝るだろうしな。


「それじゃ、この島から出発する訳だが、その前に結成式をやらなきゃな」

「それ、必要か?」

「必要だぞ。俺と花音にとっては、思い出の一コマの再現だからな。悪いが付き合ってくれ」

「まぁ、お主がそう言うなら付き合うが......」


そんな渋い顔をしないでくれ。なんて言ったて、昔やっていたゲームの再来だ。とあるゲームで作った最強で最凶のギルド。今回はギルドでは無いが、その組織をリアルで作れるのはちょっとしたロマンなのだ。


俺は、マジックポーチから出した仮面を付ける。真っ白な目元だけか薄く開いた不気味な仮面だ。


俺が仮面をつけると、花音も人型の魔物達も仮面をつける。うんうん、打ち合わせ通りにやってくれて嬉しいよ俺は。


それぞれの仮面には、俺の仮面とは少し違い、それぞれに与えられた文字の模様が描かれている。仮面を物理的に被れないドラゴン達は俺の作った特殊な魔道具を起動させ、顔や翼などに文字とケルト十字をを逆さにした紋様を浮かび上がらせる。


しっかり起動しているな。このためだけに作った魔道具だ。実用性の欠けらも無いが、クオリティは滅茶苦茶高い。寝る間も惜しんだ甲斐があったものだ。


さて、始めますか。


結構恥ずかしいが、こういうのはノリと勢いだ。日よった方が寧ろ恥ずかしい。堂々と、威厳のあるようにやれば問題ない。


俺は、両手を勢いよく開きメンバーとなる者達に向かって叫ぶ。


「我々は世界で揺れ動く者。揺れ動いた世界は我らの断片となる。血の錆びた槍の元に集いし魂達は、決して浄化されることなく、その錆を落とすこと無く、留まり続ける。さぁ!!我らの放つ槍の威力を、この世界に知らしめに行こうでは無いか!!我らが名は揺レ動ク者グングニル!!この世界にただ一つの槍!!この槍は神をも穿つ神槍!!血に錆びた槍の元にこの世界で暴れ回れ!!」

「「「「......」」」」


数秒の沈黙の後、皆が一斉に吠える。その咆哮は大地をも揺らし、この島全体に鳴り響いた。


「ふはははは!!愉快愉快!!やるではないかジン!!ワシらがこうまで盛り上がることは、早々ないぞ!!」

「ふむ!!我もかつては一国の王であったが、ここまで震える演説は我でも出来ぬ!!やるではないかジンよ!!」

「凄いじゃないか!!アタシも久々に吠えちまったよ!!やっぱりアンタは面白いやつだな!!」


想像以上の盛り上がりだ。昔ゲームで何度も言ったこのセリフが、ここまでなるとは思ってなかった。


「なんか凄いね」

「あぁ、言った本人が1番びっくりしてる。仕込みじゃないよね?」

「大丈夫、仮面をつけたらみんなも付けてねって言うのしか言ってない」

「しかし、ここまで騒がれると静かになるのは時間がかかるな。ゆっくり待つとするか」

「そうだね」


花音と一緒に、ギャーギャー盛り上がる厄災級魔物達が静まるのを待つこと15分。ようやく皆落ち着きを取り戻した。


「すまんなジン。ついつい盛り上がってしまった。必要か?とか聞いて済まなかった。これは必要だな」

「そうか。盛り上がって貰えて何よりだ。もしかして重要な時はやった方がいい?」

「うむ。その方が士気が上がるというものよ!!」


片手間に国を滅ぼせる奴らに士気もクソもない気がするが、彼らが楽しめればそれいいか。


俺は、まだ少し興奮状態の皆に向かって最初の命令をする。


「では行くぞ!!我ら揺レ動ク者グングニル始動だ!!」


世界は動き出す。

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