チェンジで

厄災級魔物達との顔合わせから半年、俺と花音の生活はがらりと変わった。


「ゴフッ」

「まだまだですネ。今のフェイントに引っかかるようでは死にマスよ?」

「どうやら、人を真似る事は得意だけど人の演技を見抜くのは苦手なようだな」

「しまっ─────」


今までは、狩りを中心に生活していたが、アンスールとの出会いによりこれが無くなった。その代わり、このやべー厄災級魔物達との戦闘訓練である。


灰輝級ミスリル冒険者6人相手にできるドッペルゲンガーとの組手、全く気配の欠片も感じない吸血鬼達との地獄の鬼ごっこ。人以外との戦闘に慣れるための狼と犬との戦闘。自分よりも巨大なもの達と戦う術を身につけるための、ドラゴン達との連戦。


この半年で何度も死にかけた。いやほんと。訓練を始めて直ぐの時は特にひどかった。ドッペルゲンガーは容赦ないし、吸血鬼夫婦は俺達を捕まえると、罰として赤竜レッドドラゴンの巣に放り込まれて生きて帰ってこいと言われる。狼と犬はなんかもう普通に強いし、ドラゴンに至っては手も足も出ない。


しかし、人間は成長する生き物で、今はこうしてドッペルゲンガーに1発お見舞することもできるようになった。


ドッペルゲンガーの拳が当たる瞬間に天秤崩壊ヴァーゲ・ルーインを部分的に発動し、ドッペルゲンガーのパンチを防御。その時食らったかのように演技をして油断させ、強烈なカウンターを叩き込むのだ。


俺に殴り飛ばされたドッペルゲンガーは、土埃を巻き上げながら地面を滑る。派手に吹っ飛ばされているが、大してダメージは入ってないだろうな。殴る瞬間に首を曲げて威力を殺しやがった。


ほら、何事も無かったかのように直ぐに立ち上がるし。


「イテテ。中々いい性格してますネ」

「そりゃどうも。出来ればそののっぺらぼうの顔に、拳の刻印を付けてやりたかったんだけどな」

「それはご勘弁ヲ。ワタシのアイデンティティがなくなってしまいまス。さて、不覚を取りましたガ、次はそうは行きませんヨ」


のっぺらぼうなのがアイデンティティなのかよ。変身出来ることじゃないのか。


そんなことを思っていると、ドッペルゲンガーが腰を落として構える。おっとこれは不味い。


急いで迎撃の準備をするが、若干遅かった。瞬きする間に、距離を詰められて鳩尾に拳が突き刺さる。


魔縮で咄嗟に鳩尾を覆い最低限のガードをしたが、そんな防御は簡単に抜かれてしまう。


「グッ........!!」


痛みに何とか耐え、体制を崩すことなく反撃をする。簡単に避けられてしまったが、距離を取る事には成功した。あーお腹痛い。


「フム、想定よりも成長が早いですネ。この調子なら後、半年もあれば我々ト同じ場所に立っていると思いますヨ」

「それはどうも。その時、お前に勝ったら約束守れよ?」

「ご安心ヲ。約束を破るようなマネはしないノデ」


俺たちと厄災級魔物達との間である約束がある。こんなに強く、そして話の分かる魔物なのだ。何としてもメンバーに欲しい。


という訳でその旨を話したら、皆が口を揃えて「勝ったら下に付いてやる」と言ってきた。もちろん今すぐやり合って勝てるわけが無いので、俺達がこの島を出ていく時までに勝てたらという条件だ。


そして、今の俺たちは弱すぎるので皆で俺たちを強くしようとしているのだ。


ちなみに、アラクネのアンスールとメデューサのマンは俺が勝とうが負けようが着いてくるそうだ。


マンはどうやらアンスールととても仲が良かったらしく、アンスールがいないのは嫌!という事らしい。


俺の事も気に入ってくれたので、仲間になってもらった。ぶっちゃけ、このメンツだけで国の一つや二つは消し飛ばせるだろう。


しばらくして訓練は終わり、日が沈みかけた頃。俺と花音はウッキウキでアンスールの待つ洞窟へと帰っていた。


その理由はイスである。半年でかなり大きくなり、既に俺の身長を越しているイスだが、まだまだ赤ん坊。とっても可愛らしく俺や花音に甘えてくるのだ。


あのクソ厳しい訓練で疲れきった身体に、元気を与えてくれる可愛い我が子である。


ファフニール曰く、魔力を与えた者を親として認識するようなので、我が子と言っても過言ではない。


「「ただいまー」」

「あら、おかえりなさい。ごはんはもう少しかかるから、出来たら呼ぶわね」

「いつも悪いな」

「いいのよ。私が好きでやってる事だから」

「んー私暇だし手伝うよ」

「そう?ならこれを混ぜてくれないかしら」


完全にオカンと化したアンスールは、鼻歌を歌いながら料理を続ける。下半身は蜘蛛だが、誰がどう見ても野球の練習から帰ってきた我が子に夕飯を作ってあげている母親だ。


「あ、そうそう。ジン、カノン。イスちゃんが面白いことになってたわよ」

「面白いこと?」

「えぇ。多分もうすぐ来ると思うけど.......」


アンスールがそう言うと、ドタドタと洞窟の奥からものすごいスピードで走ってくるがいる。


身長130cm程の小さな体に、可愛らしい愛嬌のある顔。目はぱっちりと開いており、その紫色の目は宝石のように輝きながらも、その奥底に氷のような冷たさがある。髪は蒼と黒のツートーンであり、背中を覆うほどの長さの髪が走ってくる風に煽られて後ろに靡く。もしこの子がアイドルとしてデビューしたら、まず間違いなく天下を取れるであろう。


察しが早い俺と花音は、この時点であの少女が誰なのか分かる。


あーはいはい。異世界系のお話しでありがちな魔物が人になる奴ね。イスもそうなったのか。そうかそうか...........


「パパ!!ママ!!お帰りなさ─────」

「「チェンジで」」


俺と花音の声が被る。どうやら花音も同じことを思ったようだ。流石は花音。話が分かる。


「え?え?へ?」


急にチェンジ宣言されたイスは、訳が分からず混乱する。しかし、俺も花音も容赦はなかった。たとえ我が子であろうと。


「今時生まれてきた竜が人化とか流行らねぇよ。もっと設定練ってこい。と言うか、せめて角と尻尾は残せよ。竜要素全くないじゃん。可愛いけどさ」

「そうだよ。美少女で、可愛くて、私達のことをパパ、ママって呼んでくれて、それでいて竜ですって設定もりもりだけど在り来りすぎるよ。せめて左手にサイコガン付けてきてどうぞ」

「?????」


イスはわけも分からずその場に立ち尽くすのみ。イスだけではない。アンスールもベオークも頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。


そりゃこっちの異世界漫画とか知らないからな。言ってる事の殆どが分からないと思うが、それでも俺達は言いたいのだ。許してくれ。


「大体人化させる風潮が良くないんだよ。ほら、高位の龍とか人化できるようになった設定多いけどさ、高位の龍ならわざわざ人間に合わせなくていいじゃん。強いんだろ?え?料理たべたい?なら脅して作らせればいいじゃん!!平和主義とかしらねぇよ!!信頼が欲しかったら人にならずに龍として威厳を見せるんだよ!!コミュニケーション能力が無さすぎるんだよ!!龍の意味ねぇじゃん!!」(個人の見解です)

「そうそう!!何でもかんでも人化させてヒロイン作ろうと思うなよ!!艦〇れみたいに戦艦を擬人化ならともかく、魔物の擬人化はつまらないよ!!吸血鬼みたいに見た目が似てるのはしょうがないけど、蜘蛛とかドラゴンとかどうやっても無理じゃん!!骨格変えるとかそんなレベルじゃないじゃん!!何でもかんでも、異世界だからで許されると思ってんのかてめぇ!!許されないよ!!ドラゴンはドラゴンのままでヒロインにしてみろよ!!人化とかつまんないよ!!」(個人の見解です)

「えーあー。ジン?カノン?」


異世界の人化事情についての愚痴を言っていると、アンスールがいまにも泣きそうなイスをあやしながらこちらを見ている。普段なら直ぐに気づきそうだが、今の俺達は冷静ではなかった。


「なんだアンスール。はっ!!まさかお前も人化するのか?!してしまうのか?!」

「ダメだよアンスール!!人化したらアラクネの意味なくなっちゃう!!思いとどまって!!」

「ちょっと落ち着きなさい。このお馬鹿さん達」


トン、と優しく手刀を頭に落とされる。流石は厄災級魔物。いくら油断しまくっているとは言え、1連の動きが全く見えなかった。


「イスが人になって喜ぶところでしょ?普通。なんで貴方達は『チェンジで』なんて言うのよ。ほら、いまにもあの子泣き出しそうよ?」

「ぐす.....ひっく.......」


ここでようやくイスが目に入る。今にも泣き出しそうと言うか、既に泣いているんですが.......


とりあえずあやさねば。


「えーと、ごめんなイス。ちょっとパパの忌まわしき過去の記憶が蘇っただけで、イスに言った訳じゃないから.........あぁ、ほら、可愛い顔が台無しだぞ」

「そ、そうだよ。ママもちょっと過去の記憶が呼び起こされただけで、イスに言ったわけじゃないからね」

「ぐすっ......でもパパもママもチェンジって言った.....設定練り直して来いって、左手にサイコガン付けて来いって」

「「うぐ」」


中々痛いところを突いてくる。こうして、俺と花音は4時間もかけてイスのご機嫌をとるはめになった。まぁ、これに関しては悪いのは俺と花音なのでしょうがない。


ごめんなイス。


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