卵、運搬、うっ頭が
俺が目を覚ましてから1週間がたった。残っていたダルさは完全に取れ、グレイストワイバーンにやられた傷も完全に癒えた。
能力の確認なども全て済ませ、出来ること、できないことをしっかりと把握した。
「ジン、カノン、ご飯よ」
「お、ありがとう。アンスール」
「ありがとー」
俺を助けてくれたアラクネだが、メンバーの一人に加わった。頭文字がAだからアンスールという安直な名前を付け、戦闘員メンバーとして頑張ってもらおう。
アンスールはかなり器用らしく、料理なんて御茶の子さいさいだった。ここら辺の森は山菜が多く取れるので、肉の味付けが多彩にできるのである。
あの味付け塩だけのワイルドな肉も嫌いではないが、2ヶ月もずっと同じのを食べていれば流石に飽きる。
アンスールが好んで食べる調理法があり、食べさせてもらったらかなり美味しかったので、料理は頼んでいる。
否、料理だけではない。狩りもアンスールが生み出した蜘蛛によって行われるし、火も自分で起こせてしまう。ぶっちゃけ俺達はやることが無い。これがヒモってやつですか。
そんな暇を持て余している俺たちだが、流石にゴロゴロ寝ているだけではなく、ベオークと花音は勝手に狩りをしている。
一応アンスールの配下が護衛に付いているので大丈夫だとは思うが、こうやって一人残されると結構不安だった。
そりゃ、最上級魔物がウロウロしているような森なんだもん。気を抜いたら最後、あっという間に鎌を持った死神とダンスを踊る羽目になる。
明日からは俺も一緒に行けるが、この一週間はホント落ち着けなかった。
そう言う俺は、洞窟に残っている間、アンスールに人間の言葉を教えていた。今もスムーズに話している辺り、言葉はほぼ完璧にマスターしている。
俺たち感覚で言うと、ゼロの状態から英語を1週間で覚えるようなものだが、流石は厄災級の魔物。そもそもの頭の作りが違うのだろう。
余りに物覚えが良すぎて、正直教えてる意味があるのかどうか分からなかった。彼女なら、勝手に言葉を覚えた気もする。
「いつもアンスールの飯は美味いな。これ普通に金を取れるレベルだぞ」
「私が作るより美味しいんだよねぇ.......しかも日本にいた頃食べてたよりも美味しい」
『流石は母様。何でもできる』
「あらあら、うれしい事を言ってくれるわね。毎回そんなに褒めなくてもいいのよ?」
頬に手を当てて嬉しそうに微笑む。相変わらず、髪から僅かに見える口元しか顔は分からない。
何故か顔を見せるのは拒むんだよな。まぁ、どうしても見たい訳では無いので、本人が嫌がるなら見ないけど。
「そうだ、アンスール。明日から俺も花音達に付いていくけど、何か必要なものとかある?主に取ってきて欲しい物で」
「そうねぇ........ジンが言っていた服の材料に、グリフォンの羽が欲しいわ。私の子供達だと遠すぎて大変なのよねぇ。取ってきてくれる?」
「分かった。場所はわかってるんだろ?」
「えぇ、ここから東に60km行ったところに巣があるのよ。あの子は話が分かる子だから、羽の1.2本はくれるはずよ」
「OK。黒色でいいんだよな?」
「そうよ。お願いね」
アンスールが言っていたグリフォンは、最上級魔物の一体だ。獅子の胴体に、鷲の頭と翼のある魔物である。
その鋭い爪はドラゴンの鱗すらも切り裂き、その気高き誇りは何者にも靡かないとされている。
この世界で有名なおとぎ話には、英雄がグリフォンを下しその背に跨り空を飛ぶ描写がある。そのおとぎ話のおかげで、グリフォンはどちらかと言えば、英雄的扱いを受けることが多い。
ただし、そのおとぎ話をまるまる信じてはいけない。グリフォンだって魔物なのだから、容赦なく殺しにくる。かつて、グリフォンに滅ぼされた国は少なくないのだ。
今回はそんなグリフォンから黒い羽を貰ってこいという中々難易度の高いお使いだ。
話が分かるって、そもそも話が通じるんですかねぇ.........
『大丈夫、ワタシが通訳する』
「それなら大丈夫か?」
どうやら考えが顔に出ていたようで、ベオークに励まされる。グレイストワイバーン相手に死にかけてからというもの、少し思考がネガティブだ。切り替えないとな。
「今の貴方たちなら、最上級魔物が襲ってきても大丈夫だと思うけど、気をつけてね」
「あぁ、気をつけるよ」
翌日。俺達は朝早くから洞窟を出発していた。行き帰りで120km、更に足場の悪い森の中だ。そんなにサクサク進めるものでは無い。早めに洞窟を出て、距離を稼がないと、日が沈んでしまう。
「しかし、この島の気候はおかしすぎないか?」
「そうだね.......月イチごとに、季節が変わる島なんて聞いたことないよ。少なくとも、前の世界にはなかったね」
この島の気候はおかしい。毎月気候が変わるのだ。先月は夏のように暑く、今月は秋のように涼しい。アンスールの話だと、来月は冬のように寒いそうだ。つまり、年に3回は各季節がやってくる。
もし、こんな気候が前の世界にはあったなら、多くの作物は育たないだろう。過酷すぎる。
森の中を歩くこと7時間。ようやく目的地である、グリフォンの巣に到着した。
いやぁ、少し迷ったおかげで、思ったよりも時間がかかってしまった。やっぱり森は恐ろしい。
「これがグリフォンの巣か.......」
「なんというか、普通だね」
「正直、もっとこう、スケールのでかい巣だと思ってた」
グリフォンの巣は、燕の巣を大きくした様な巣で、あの英雄と並んで一緒に飛んでいたあのグリフォンとは思えないほど質素なものだった。
少し低めの木の枝に巣は作られており、体長3m程のグリフォンがギリギリ入れるかどうかの大きさだ。
今はお出かけの最中らしく、しばらく待つ必要があるだろう。俺達はまだ食べていない昼食をここで食べながらのんびりと家主の帰還を待つのだった。
1時間後、にグリフォンは帰ってきた。良かった、何時間も待ちぼうけを食らう羽目にはならなかったようだ。
「グルゥゥゥゥ」
巣に戻り、俺達を見るやいなや、威嚇のように唸る。まてまて、俺達は争いに来たわけじゃないんだ。
というわけで、ベオーク先生おなしゃす!!
「シャーシャーシャシャ」
「グルゥ?グ、グルルルル」
「シャー、シャシャシャー」
「グルゥ!!グルグルゥ」
どうやら交渉が成立したようで、グリフォンは大人しく俺たちの前にやってくる。
『そのまま、適当に羽を持っていっていいって』
「えっと、よろしくお願いします?」
「グルゥ」
ぺこりと一礼してから、グリフォンの黒い羽を2枚取る。羽は1枚で30cm程もあり、その羽1枚1枚にとてつもない量の魔力が籠っている。こ、これがグリフォンの羽。中々肌触りがいい。許可を貰えれば、ダイブしたいぐらいだ。
「グルゥ?」
「シャー」
「グルゥグ、グルゥ」
『また欲しかったら来るといいって。大量に持っていかれるのは困るみたいだけど』
「分かった。ありがとうグリフォンさん。また来るよ」
「ばいばーい」
俺たちが手を振ると、グリフォンもそれに合わせて手を振ってくる。その愛くるしさは、もう完全にマスコットにしか見えなかった。
そして、その帰り道、俺達は全力で逃げていた。
「だぁぁぁぁ!!畜生!!なんでこうなるんだよ!!」
「仁!口動かす前に、足動かす!!じゃないと追いつかれるよ!!」
『頑張れ』
「ベオーク!!てめぇ、1人だけ俺の影に入りやがって!!お前も走れ!!今すぐに!!」
どうしてこうなったかと言うと、グリフォンから羽をもらって帰る途中、空に何かいると探知した俺達が見上げると、青い竜が空から落ちてきた。
グレイストワイバーンのように襲撃か?!と思ったが、その青い竜は傷だらけで、既に三途の川に片足を突っ込んでいた。
訳が分からず、取り敢えず逃げとようとしたところに、今度は赤い竜が登場。
青い竜をそのまま踏みつぶし、殺そうとする。すると、青い竜は最後の力を振り絞って赤い竜を尻尾で吹き飛ばした後、何故か俺に、どこからか出したのか、両手に抱えないと持てない大きさの卵を押し付けてきやがったのだ。
しかもその後、頼んだぞと言わんばかりに「グァ」とだけ鳴いてから、赤い竜に向かって行ってしまった。
本当はそこで卵を捨てて逃げても良かったのだが、なんかドラゴンから貰った卵とかロマンある!!と馬鹿な思考が働き、そのまま卵を抱えて逃走。
そして、青い竜を倒し終えた赤い竜に追われている現状である。
「あぁ畜生!!卵運搬は難しいってあれほど龍二に言われたのに!!」
「卵、運搬、赤い竜........うっ頭が」
「しっかりしろ?!花音?!確かにあれはトラウマものだが大丈夫だ。今回の相手はあの空の王者(笑)じゃないんだ!!閃光玉も落とし穴も要らねぇよ!!」
「討伐じゃなくて、今回は卵運搬でしょ?!卵は両手サイズで、赤い竜に追われてるんだよ!!クエストの再現だよ!!あぁ、これに青い雑魚モンスいたらストレスで死にそうだよ........」
『..........何の話?』
あの赤い竜は、
戦えばいいのかと言われれば、そうでも無い。火を吹かれれば森全体が焼けてしまうし、花音の
かと言って、俺の
ベオークは、さっきから糸を絡めさせて何とか足止めしようとしてくれているが、全く効果がない。
というわけで、全力で逃げている最中だ。アンスールに全て任せよう、そうしよう。
ちなみにマジックポーチには、生き物判定されたのか入らなかった。そのせいで卵を抱えて猛ダッシュしているのである。
地獄の卵運搬鬼ごっこは2時間も続いたが、ついに終わりが来た。
アンスールが待つ洞窟にたどり着いたのだ。
「アンスール!!助けてくれ!!」
「全く、世話のやける子ねぇ」
アンスールが無造作に右手を振るうと、スパンと
そして、俺と花音は二度と卵運搬はしないと心に誓ったのだった。
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