蜘蛛にモテても........ねぇ

「.............っ」


闇の中から、光が差し込む。意識が覚醒し、目を覚ます。


ゴツゴツとした岩肌が身の前に広がり、後頭部には柔らかい感覚がある。


「仁!!仁!!良かったぁ.......良かったよぉ........」


花音は 涙を流しながら、俺の頬を両手で愛おしそうに包む。


後頭部の柔らかい感覚は、花音の膝枕のようだった。


「ベオーク!!アラクネ!!仁が目覚めたよ!!」


洞窟の奥に向かって花音が叫ぶと、ベオークとその子供達と人間の女性の上半身と蜘蛛の下半身を持った魔物がこちらへやってくる。


「シャー!!」

「「「「「シャー!!」」」」」


ベオーク達は両前足を嬉しそうに振り上げて、俺に抱きついてくる。傍から見たら、蜘蛛の群れに捕食される人間のように見えるだろう。


アラクネと呼ばれた魔物はにこにこと口元を緩めているだけで、静かにベオーク達との感動?の再会を見ていた。


俺は抱きついてくるベオーク達を撫でなる。以外とモフモフのしている感触を味わいながら、俺は口を開いた。


「ただいま。地獄の底から這い上がってきたぞ」

「うん.....うん...うん.....ぐずっ」


あぁ、これはダメなパターンですわ。花音が泣き止むまでは、静かに膝枕を堪能していよう。


花音が泣き止むまで10分もの時間を要した。思ってたより長くてもう1回寝るところだった。危ない危ない。


花音が泣き止んだ後、俺はゆっくりとからだを起こす。あぁ、ダルい。


「それで?このアラクネさん?はどうしたんだ?」


感動の再会を終えた俺達は、今何がどうなっているかの現状を聞いていた。


「仁が倒れてから、急いで治癒ヒールをかけたんだけど、それだけで完治できるほど傷は浅くなかったんだよ」


そりゃ、腕取れかけてたからな。今は跡こそあるものの、完全に傷は塞がっている。なんか縫合したあとが見えるけど。


「とりあえず何とか止血はできたんだけど、それじゃ解決にならない。何とかしないとと思ってたら、ベオークが仁を担いで急に走りだしたんだ」

『心当たりがあった』

「なるほど、そして担いできたのがここで、このアラクネさんに治療を頼んだと?」

『そう。母様なら何とかてくれると思った』


俺は助けてくれたアラクネの方を見る。彼女はニッコリと微笑んでベオークを見ていた。まるで我が子の成長を見て喜ぶ母親のようだ。


話によれば、傷糸で縫合してくれた後、毒も抜いてくれたらしい。その後、三日三晩生死をさまよって目を覚ましたそうだ。


「まさか、厄災級の魔物に助けられるとはねぇ.......とりあえず、ありがとうアラクネ」

「□□□□□□□?□□□□□□□□」

『お礼を言ってるの?どういたしまして。と言ってる』

「大丈夫、俺は何言ってるか分かるから」


アラクネは優しく微笑みながら、頭を下げる俺の横に座る。蜘蛛の胴体もあるから、座高が高いな。身長は2.5m近くあるが、半分以上は胴体だ。


隣に座ったアラクネは、優しく俺の頭を撫でる。もう完全に息子扱いだ。なんと言うか包容力がある。


俺の知ってるアラクネとはだいぶ違う。


アラクネは厄災級に分類される魔物で、全ての蜘蛛系統の魔物の母だと言われている。ありとあらゆる蜘蛛を生み出し、その兵を持って敵を殺すのだ。


かつてアラクネの怒りを買って滅ぼされた王国があるのだが、僅か1日足らずで滅ぼされたという記録がある。


その兵力もさることながら、本体の戦闘性能もかなり高い。その強さは灰輝級ミスリル冒険者を容易く殺せる程だ。あの師匠やアイリス団長が掛かって行っても、赤子の手を捻るよりも容易く屍にされるだろう。


蜘蛛の部分はベオークとさほど変わりないが、上半身の人の部分は人でありながら、人とは少し離れている。肌が異様に白く、髪は黒く貞子のように長い。そのせいで顔が全く見えない。胸には晒しが巻かれており、控えめながらもしっかりと膨らみがある。


今撫でられている手も温かみはない。冷たい死人のような手だ。だが、それ以上に心の温かみ感じる。これが母性ってやつですか。


「□□□□□□。□□□□□□□□□□□□」


言葉は先程聞いてわかる通り、人間とは違う言葉を使っている。俺には分かるが、花音は分からないだろうな。現にクエッションマークを頭にうかべている。


「ありがとう。そう言って貰えると気が楽だよ。この島だと、俺達は弱いって事がよくわかったよ」

「□□□□□□□□□?」

「あぁ、強さがなければ何も出来ない」

「□□□□□□□□□□□。□□□□□□□?」

「本当か?!是非ともお願いしたい!!」

「□□□□□、□□□□□□□□□?」

「あぁ、分かった。それじゃさっそく────」

「□□□□□□□□□□」

「そうだな。確かに本調子じゃないしな」


アラクネに取り敢えず体を治せと言われたので、しばらくは安静にしておこう。アラクネは満足そうに頷くと、洞窟の奥に行ってしまった。


花音とベオークの方を見ると、頬をふくらませていた。ベオークも頬はないが何となくそんな感じがする。


「この蜘蛛たらし」

『母様まで毒牙にかけるとは........』

「何その嬉しくない、たらしは......」

『母様、完全にメスの顔してた。あれはジンに堕ちてる』

「おいベオーク、どこで覚えた?その言い回し」


まぁ、蜘蛛にモテるのは今に始まったことでは無い。流石に恋愛対象には見れないが、仲良くできるに越したことはない。今回もそのおかげで助かったしな。


「それよりも、仁。身体は大丈夫?治療とか毒抜きはしたんだけど、違和感は無い?」

「少しダルさが残るけど、大丈夫だ。まさか、グレイストワイバーンが襲ってくるとは、つくづくやべぇ島だなここは」


俺達を襲ったのは、ワイバーンの上位種であるグレイストワイバーンと呼ばれる魔物だ。通常のワイバーンよりも大きく、その牙には毒がある。


厄災級に近い最上級の魔物で、かつて戦ったオークキングよりも断然強い。音もなく空からの奇襲と、その強力な毒により、狙った獲物は必ず仕留める。


今回は使われなかったが、火を噴くこともできるので、広範囲の殲滅にも対応出来る。火を噴かなかったのは、森に火が燃え広がるのを恐れた為だろう。下手に燃え広がれば、自分の餌が減ると判断したのか。


下手な小国ならば、このグレイストワイバーン一体で滅ぶと言われる国がある程強力な魔物である。異能が発現しなかったら、冗談抜きで死んでいただろう。


「ごめんね仁。私がヘマしたばかりに.......」

「気にするな。俺も花音もベオークもみんな無事だった。それでいいんだよ。それに、空も警戒しなければならないという教訓と、俺の異能が発現した。お釣りはさすがに来ないが、どんどんだろ」

『流石にトントンはないと思う。どちらかといえばマイナス』

「うん。マイナスだね」


人がせっかくポジティブに捉えようとしているのに、こいつらは.................


俺は、深くためきいを着いて気を取り直す。ずっとお通夜状態よりは、こうやってふざけれてた方が気が楽だ。


「取り敢えず俺は、異能でできることを確認してくるよ。制御を誤って巻き込みたくないから、着いてこなくていいぞ」

「着いてくー!!仁は病み上がりなんだよ?!護衛は必要!!」

『それには同感。それと、母様に一言言う』


確かに家主に一言言うのは大切だ。護衛は、もう着いてくる気満々なのが分かるので諦めた。なんだか、ベオークは花音に似てきているような気がする。


アラクネに一言言って、洞窟を出る。北の洞窟から出た時と同じような光景が広がるが、若干木の位置が違っていたりする。確かにここは俺の知らない場所だ。


「さて、まずは...........」


あの異能に関しては、本能的に何ができるかわかる。あのグレイストワイバーンすら、一撃で殺してしまった異能だ。


世界の理すらも崩壊させる崩れた天秤。重さを決めるのは自分次第で、何を崩壊させるのかも自分次第。正に小さな新たな理。正にこの世界から逸脱した力。


天秤崩壊ヴァーゲ・ルーイン


俺の背後に直径10mもの黒い球体が現れる。この中までぎっしり詰まった球体は、まるで小さなかのようだ。


「これが仁の異能。この球体が消したんだよね?あの蜥蜴を」

「触るなよ?制御がまだ甘くて、間違って消しちまうかもしれないからな」


恐る恐る触ろうとした花音を止める。本能的に能力が分かる俺だからこそ言えるが、今花音が触れていたら花音の手は消えていただろう。制御をしっかりと.........


「えーと、込めた魔力量に応じて崩壊させるから、魔力の繋がりパスを切れば........」


俺は、球体との魔力的繋がりパスを一切切る。これでこの球体に触れても、崩壊を起こすことは無いだろう。


試しにそこら辺に落ちていた木の棒を、黒い球体に向かって放り投げる。


黒い球体は簡単にこれを弾き返した。一切の音を立てずに、弾き返した黒い球体はただそこに佇む。


「よし、これでもう一度繋がりパスを戻すと........」


もう一度枝を投げると、木の枝は黒い球体の中に吸い込まれていき、崩壊を起こす。木の枝は、跡形もなくその黒い球体の中で消えていった。


「よし、成功だ。後は、もう一度繋がりパスを切って」


今度は俺のイメージを黒い球体にぶつける。すると────


「わぁ、騎士になったよ仁。これ触っても大丈夫?」

「大丈夫のはずだ。一応何か当てて確認してから触ってくれ」


西洋風の騎士を5体作ってみた。結構精密に作れたようで、これが黒一色単でなければかなりクオリティが高いのでは無いだろうか。色を変えることは出来ないけど。


石を当てて問題がないことを確認してから、俺も騎士を触ってみる。なんだろう。触っているのに、触っていない感覚がする。


「なんか変な感じだね。触ってる?触ってない?」

「シャー?」


花音もベオークも同じような感想を抱いたようで、首を傾げている。


「ちょっと動かしてみるか、離れてくれ」


花音達を離れさせて、騎士たちを動かしてみる。


騎士たちはとても滑らかに動き、鞘から出した剣を振るわせてみると、俺の思いどおりに剣を振るってくれた。これはすごい。


「すごいすごい!!」

「シャー!!」


純粋に騒ぐ花音たちを横目に、俺は確信した。これは使えるぞ。

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