天秤崩壊

ベオークが仲間になってから、はや3週間。俺達は、以前よりも安定した生活を手に入れていた。


特に夜。今までは夜番を交代でやっていたが、ベオークとその子供達が出す糸でトラップが作れる。


簡易的なトラップだが、バカには出来ない。少なくとも、その糸の位置がわかってなければ、どこかしらに引っかかる程度には張り巡らされたトラップだ。


そのおかげで、夜番をする必要が無くなった。俺も花音もぐっすりと寝れるのである。


更に、その糸でハンモックを作ってもらった。これで硬い床で寝る必要が無くなった。正直、これが一番嬉しい。


そして、狩もある程度楽になった。ベオーク達は影に入れるので、移動の時は俺のコートの中の影に入って貰っている。


ベオークは至る所に糸を張り巡らしており、糸に獲物が絡むと分かるようになっている。それを頼りに獲物を狩るのだ。


行き当たりばったりの狩りではなく、しっかりと罠を仕掛けた本当の狩りだ。


そのおかげで狩りの効率は上がり、日に5〜6匹のレッドアイホーンラビットを狩れる様になった。


ベオークの子供達は大きくなり、体長30cm程にまで成長している。成長期の子供には、なるべく沢山食べてもらいたいのが親心だろう。普段よりも多く狩れた事に喜んでいた。


そんなベオークも成長しており、今は1m50cm程まで大きくなっている。これ俺や花音だからいいけど、蜘蛛嫌いな人が見たら発狂物だよな。


今日も狩りを終えて、洞窟へ戻る。この洞窟の近くには川があるので、解体をするのも楽でいい。


「今日も大量だな。レッドアイホーンラビットだけで6匹、他にもアポンの実が13個とミカスの実が8個だ」

「シュレクスとレッドアイホーンラビット2匹の時が懐かしいねー」

『今日も大量。ワタシ1人じゃこうはいかない』


俺が今日の成果を口にすると、花音もベオークも反応する。ベオークと、その子供たちには文字を覚えてもらった。俺は言葉が分かるが、花音は流石に分からないのでコミュニケーションが取れるようにするためだ。


上級魔物と分類されるだけあって頭がいいのか、1週間でこの世界の文字をマスターした。ついでに日本語も覚えてもらったが、こちらも1週間で覚えたのだ。天才すぎる。


そのおかげで花音ともコミュニケーションが取れるようになり、仲良く話すことが多くなった。寝る前はよく3人で話している。


ちなみに、アポンの実とミカスの実はリンゴとミカンだ。神聖皇国の方でもよく食べられる、ポピュラーな果物である。


「ベオークだけだと、獲物を担いで行かないといけないから、自然と歩くのが遅くなるんだよな。その点俺達はマジックポーチがあるから、持ち物の心配は要らないんだよ」

『ニンゲンは便利なものを作る。コレ、ワタシも欲しいと思うレベル』

「この島から出れたら買ってあげるよ。3m四方のポーチならそれなりに安いはずだから」


確か、銀貨2枚と大銅貨5枚だったか?日本円にして2万5000円か。この性能でこの値段は安いなおい。8000万する映像記録型の魔道具よりも絶対使えるのに。


『楽しみにしてる』

「あぁ、それにはまず、この島を出ないといけないんだがな」

「どうやって出るの?私の異能は使えないし、ベオークだけでもどうしようもないよ?」

「そうなんだよなぁ。すげぇ困ってる。はベオークみたいにこの島で集めたとしても、問題はこの島から出れるかどうかなんだよなぁ」


どんなに強力なメンバーを集めたとしても、この島を出れないと意味が無い。花音曰くこの島は霧に覆われており、その霧は方向を狂わせるらしい。


少なくとも、その対策ともしダメだった時の保険が欲しい。いや、保険はかけれるか。


「花音、お前ここに来た時、俺の鎖を辿ってきたんだよな?」

「そうだよ。鎖がなかったら間違いなく迷ってた」

「なら、この島のどこかに鎖を繋げておいて、霧の中から戻ってくることは出来るか?」

「多分できるよ。保険だね?」


流石花音話が早い。これで、ぶっつけ本番の一発勝負じゃなくても良くなったわけだ。


「でも、根本的解決にはなってないよね?」

「なってないな。何度も挑戦できるようになっただけだ」


俺はその霧の中を体験した訳じゃないから、なんとも言えないが花音がほぼ100%迷うと言っているならそうなのだろう。花音は嘘をつくことはあっても、俺に不利益なことは言わないからな。


「.........結局、この島で仲間を集めて手段を増やすしかないな。今の状態だと、ベオークだけが仲間だし」

『後輩が増える?』

「後輩寄りは、同胞だな。入った順番なんて巡り合わせの都合だ。必要なのは、能力だしな」

『ワタシより優秀な密偵入ったら、ワタシいらない子?』

「まさか。必要だから誘ったんだ。お前は死ぬまで俺達の同胞だよ」

『そう、それは嬉しい』


両手をあげて喜ぶ、ベオーク。結構感情豊かで可愛いやつだ。こうして、この日は過ぎていった。


翌日、俺達はいつものように、狩りへ出かけていた。


『引っかかった。ここから南に2km程行ったところ』

「了解。影に入ってろ。振り落とされるからな」


ベオークの報告を聞き、花音ともに走り出す。身体強化を使いながら走れば、2km程度1分ちょっとで着く。地球だったら、間違いなく世界新をたたき出せるだろう。


「お、いたいた。レッドアイホーンラビットだな」

「ほんと、うさぎちゃんには足を向けて寝れないねー。私達の生命線だよ」

「だな」


糸にから娶られたうさぎちゃんをサクッと仕留めると、ポーチにしまう。


『おつかれ』


影からでてきたベオークが、労いの言葉をかけてくれる。ちなみに、今は背中に文字を書いてもらっている。地面は木の根ばかりで、邪魔だしな。


「今日も順調だな。この調子で狩って行くか」

「はーい」

『分かってる。でも、油断禁物』

「そうだな。油断はダメ絶対だ」


こうして、今日も狩りに勤しんでいた訳だが、それが起こったのは狩りが終わって洞窟へ戻る時だった。


「ねぇ、シュレクスの実が少ないよー」

「少し取って帰るか。日はまだ沈んでないしな」

『あの実、美味しい』


帰る途中で、シュレクスの実が少ないことに気づき、取りに行こうとする。


その瞬間、俺の気配探知に何か反応した。


花音と反応が重なってる?いや、違うこれは上だ!!


上を見上げると、巨大な何かが口を開けて花音を丸呑みにしようと急降下している状態だった。


このままではまずい。俺は魔縮を使い、花音を押し飛ばす。


「花音!!」

「へ?」


押された花音は間抜けな声とともに、デカい何かの口から逃れることに成功した。その変わり、俺の右腕は、そのでかい何かの口に入っている。


このままだと、右腕を食われる。そう思った俺は、今できる限界まで魔力を圧縮して右腕を覆う。これで食われることは無い────


ゴギィ!!


痛々しい鈍い音と共に、俺の右腕には鋭い牙が突き刺さる。限界まで魔力を圧縮しているにもかかわらず、容赦なくその防御をぶち抜いてきた。


もう右腕の感覚が殆どない。かろうじて切り離され事は免れたが、このまま治療しなければ二度と使い物にはならないだろう。


「ぐがぁぁぁぁ!!」


俺の右腕に噛み付いた何かは、そのまま引きちぎろうとするが、それを許すほど俺もお人好しではない。


痛みに耐えながら、俺をじっと見つめている目に向かって左腕を突き刺す。右腕に殆ど魔力を割いているが、防御が緩い眼球には効くだろ?


「グオァァァァァァァァ!!」


左目を貫かれた何かは、悲鳴を上げながら俺の右腕を離す。うわぁ見たくねぇ........今の右腕どうなってるかとか見たくねぇ。絶対見たらもっと痛くなるよ。ただでさえ痛くて泣きそうなのに。


左目を潰されたデカブツをは、俺を敵として認識したらしく、直ぐに突進をかましてくる。


俺はそれを避けようとする........が、


「っ!!」


急激に視界が歪み、まともに立てなくなる。喉が焼けるように痛く、呼吸も浅く早くなる。


これは毒か?不味い、避けれない


「グフッ.........」


突進をもろに食らって、吹き飛ぶ。肋骨がへし折れ、内蔵に突き刺さり、口から血が大量に溢れ出る。


鉄の味が口の中を満たす中、デカブツは更に追撃をしようとしていた。


「仁!!」


花音は今になって動き出し、鎖でデカブツを止めようとするが、引きちぎられる。


「んな!!出力ほぼ最大なのに!!」

「シャー!!」


うろたえる花音と変わって、ベオークが何とか時間を稼ごうとするが、焼け石に水だ。ベオーク達が出した糸は、いとも容易く引きちぎられその歩みを止めることは出来ない。


痛みに苦しみ、視界が霞む中、俺はあることを思い出していた。


俺が異能を使え無いことを、気にしていた時のことだ。


異能は生涯で必ず発現するものであり、死に直面した子供は必ず異能が発現する。その異能が死の状況から救うかどうかは別らしいが、ともかく異能は発現するのだ。


頭に浮かんだ言葉、俺の異能。俺の才能。この状況を打開できる唯一の手段。


俺は霞む視界の中、こちらに向かってくるデカブツを真っ直ぐ見据えて左手を突き出す。


「崩れろ天秤崩壊ヴァーゲ・ルーイン


俺の声と共に、デカブツは黒い球体に閉じ込められる。直径10mぐらいの球体だろうか。デカブツの尻尾を除いた全てを球体は飲み込み、デカブツを消滅させる。


最後の悲鳴すら上げることを許されず、デカブツはこの世から消えていった。


「はは、ざまぁみやがれ........ごふっ」


乾いた笑いを浮かべながら、血を吐き出す。毒が全身に回ってきたようで、手足がほとんど動かない。全身が痛すぎて感覚が鈍り、逆に痛みを感じなくなってきた。


「仁!!仁!!しっかりして!!」

「シャー!!」


花音とベオーク。その子供達の声が聞こえるが、既に俺は限界を超えていた。静かに目を閉じると、俺は永久とこしえの闇に落ちるのだった。

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