あ、ちょっとタンマ
この島に来て2週間が経った。俺達は毎日の様にこの島を探索し、ある程度魔物の分布がわかるようになってきた。
俺達が拠点にしている洞窟は島の端っこ(南)の方で、近くに飲水となる川がある。その反対方向にはシュレクスの実がなる木があり、食料と飲水の確保は問題なくできた。
拠点にしている洞窟付近には、魔物があまり近寄ることが無く、結構安全な夜を過ごせている。もちろん、交代交代で見張りは立てているが。
そして、この洞窟近くに生息する魔物は全て上級魔物だった。
まずは、レッドアイホーンラビット。今となっては行動パターンが分かっているのでいい獲物だが、初見では右腕に穴を開けられた因縁のある魔物である。この魔物は至る所におり、適当に歩いていれば一体は確実に出会う。味はかなり美味しいく、この島での貴重なタンパク源だ。
次にゴブリン
この魔物は、洞窟から見て西側に生息圏を持っているらしく、川を越えて少し歩くとよう出会うようになる。
このゴブリン
それどころか、ぺこりと会釈してくれるのだ。魔物の癖に紳士すぎる。
1度、川に水を汲みに行った時に鉢合わせたのだが、ご近所さんに挨拶をするかのように頭を下げられた時は驚いたものだ。それ以降、俺も花音もゴブリン
次は
あんな蹴りに普通の人間が当たったら、一瞬でミンチだ。身体強化して受けたとしても、腕は折れるだろう。
この魔物は北側に生息しており、数はそんなに居ない。北側に何度も足を運んだが、3回しか見かけなかった。
そのうち一体は狩ったのだが、その肉はとても美味しかった。鹿肉にありがちな獣臭さは一切なく、1口噛めば肉汁が溢れ出し口の中を満たす。肉肉しくありながらも甘みがあり、口の中で蕩けるような柔らかさ。日本で食べる高級牛肉ですら、足元に及ばない美味しさだった。
あまりの美味しさに、俺も花音も手が止まらず、結局2人合わせて5kgも食べてしまった程である。こいつは、定期的に狩ることになるだろうな。
最後にビッグスライム。名前の通り、デカいスライムだ。この魔物も基本どこにでもおり、森を歩いていればまず間違いなく見かける。
魔物の死体や排泄物を、その強力な酸で溶かして食べてくれるので、俺達は掃除屋と呼んでいる。この森が綺麗なのは、ビッグスライムさんの働きがあるからだと俺は思う。
ゴブリン
この4種類の魔物が、拠点近くでよく見かける魔物だ。どの魔物も上級魔物であり、人里に現れたりしたら大混乱を生む凶悪な魔物たちである。
ただ、上級魔物ともなると知能も発達しているようで、無駄な争いは好まないらしい。レッドアイホーンラビットを除いてほか3種は、こちらから攻撃しない限りは何もしてこない。肉食系の魔物がレッドアイホーンラビットだけだからというのもあるが、結構安全な場所を拠点にしたものだ。
そしてこの日も、食料確保とこの島の探索の為に北側へ向かって森の奥へと歩いていた。
「ねぇ、今頃、龍二や朱那ちゃんは何してるのかな?」
「さぁ?黒百合さんは、いつもみたいにアイリス団長にボコされてるんじゃね?龍二は知らん」
「龍二は多分、いつも以上に訓練頑張っているんじゃない?ほら、アレをやるって言っといたから」
「あぁ、俺達も頑張らないといけないんだが........今はそれどころじゃないんだよなぁ」
「島から出ないとね」
「そうだな。ここで何人かメンバーが欲しいところだ」
俺が死んだと思っている光司や黒百合さんはどうしているだろうか。早くても会えるのは3年後だ。その時には、お互い成長した姿を見せることになるだろう。
そんな事を話しながら歩いていると、魔物の気配を察知する。俺の察知能力は隠密性がさらに上がり、レッドアイホーンラビットには一切気づかれないようになった。
俺たちの気配消しも上達しており、上手く行けばレッドアイホーンラビットの後ろを取って首り殺せるぐらいだ。
かなり自信が着いた気配探知だが、今回の相手はその探知に気付いたようだ。
「マジかよ、コッチに気づきやがった。11時の方向、速いな。距離38」
「大丈夫、私も探知してる」
俺と花音は迎撃の準備をする。作戦としては花音が異能を使って足止めをしたところを、俺が全力でぶち抜く単純な作戦だ。シンプルだが、即興でできるのはこのぐらいしかない。
「来るぞ」
俺の言葉と共に、その魔物は姿を表す。でっぷりと太った腹に、豚とイノシシを掛け合わせたような醜い顔、緑色の肌に、頭には申し訳程度の王冠。体長は4m程あり、俺達の頭はは奴の太腿ぐらいまでしかない。
「オークキングだ!!最上級魔物だぞ!!気をつけろ!!」
「取り敢えず止まれ!!」
俺の注意と共に、花音が鎖を展開してオークキングの身体に巻き付ける。ギシギシと鎖が悲鳴をあげるが、何とか足止めはできたようだ。
俺はそれを確認すると、間髪入れずにオークキングの無防備な腹に身体強化した拳を叩き込む。もちろん手加減など一切しない。その太った脂肪の塊を吹き飛ばすつもりで殴った............が
「硬ぇ!!この豚の腹、脂肪じゃなくてガチガチの筋肉だ!!」
その腹は吹き飛ぶどころか、凹むことすらしなかった。余りに硬すぎる。
「グヲォォォォォォォォォ!!」
「うそ!!鎖が!!」
俺の拳がカチカチの腹に弾き返された間に、オークキングはなんと、花音の鎖を引きちぎったのだ。
そのままドシドシと走って俺に接近してくる。これはまずい。
俺は咄嗟に横へ飛ぶと、そのすぐ後にオークキングの右足が通過する。振り抜かれた右足の風圧を感じるだけで、どれだけやばい攻撃かわかる。しっかりと防御しなければ、間違いなく骨の一本二本では済まないだろう。
「仁!!ごめんね!!」
「俺は大丈夫だ!!鎖にもっと魔力を込めて、もう一度あの豚を家畜の姿に変えてやれ!!」
今度は身体への身体強化を最低限にし、その魔力を拳に全ての魔力を集めてぶん殴ってやる。
少し話は変わるが、花音の鎖は自身の込めた魔力量に応じて強度が変わる。花音の持つ膨大な魔力の多くを込めれば、あの豚は止まるはずだ。
「グヲォォォォォォォォォ!!」
俺が攻撃を避けたのがお気に召さなかったのか、その醜い後を更に醜くゆがめて襲ってくる。流石は最上級魔物。迫力がほかの魔物とは違いすぎる。
「うるせぇんだよクソ豚!!豚は豚らしく鎖に繋がれてろ!!」
突然口調が変わった花音の鎖によって、今度は完全に動けなくさせられる。かなりの魔力を込めたようで、先程はギシギシと鎖が悲鳴を上げていたが、今回は一切そんな音が聞こえない。
俺は拳に大半の魔力を集めると、オークキングに向かって駆け出す。全力で跳躍し、拳を振りかぶると、今度はその醜い顔面に思いっきり叩きつける。
「オ、ラァ!!」
ドゴォンと大地を揺らすような大きな音が響き渡り、オークキングの頭を吹き飛ば────せなかった。
オークキングは、跳躍し終えて落ちていく俺に向かって頭突きを繰り出す。何とか防御は間に合ったが、頭突きを食らった為吹き飛ばされて木に叩きつけられる。
「かはっ」
肺の中にある空気が無理やり外に押し出され、一瞬だが、息ができなくなっていた。木に叩きつけられた後、重力に従って地面に落ちていく間に何とか呼吸を整えた俺は、受身をとりながら地面に着地する。
「大丈夫?!」
「ゴホッゴホッ.........問題ない。腕が痺れるのと、肺が痛いだけだ」
「それ大丈夫って言わないよね?!回復は?」
「している暇はない。まずはこの豚を何とかしないとな」
流石に攻撃に全振りした一撃は効いたようで、オークキングの額からは血が流れ落ちている。と言うか、あの状況で反撃してくるのは凄すぎだろ。俺なら痛みで怯みそうだ。
「しかし、どうするかな.......俺の全力パンチがあの程度だと、どうしようもないぞ」
「私は何とかできないことは無いと思うけど、魔力が足りないかも」
魔力を使い切ると一切動けなくなる。カノンに無理させる訳には行かない。
「アレだ、今すぐに、必殺技を編み出さないといけないわけだ」
「ド〇えも〜ん。この豚を殺せる道具を出しておくれ〜」
「ほんと、地球破壊爆弾ぐらい無いと殺せないんじゃないのか?この豚は」
冗談抜きでどうしよう。今は花音が抑えてくれているから大丈夫だが、いつまでも抑えておける訳では無い。逃げるにしても、既に匂いを覚えられているだろう。オーク種の魔物は匂いに敏感なのだ。
消去法でここで殺さなくては行けないのだが、俺は火力が足りない。花音は魔力が足りない。どうするべきか.......
「花音、この拘束どのぐらい持つ?」
「5時間は持つよ」
「結構長いな。その間に必殺技を何か考えないと」
「必殺技というか、殺せる手段だね。暫くこの豚には待てをしてもらおう」
「グ、グォォ.......」
言葉はわかっていないだろうが、これから放置されることを察したのか、オークキングは「え?」という顔をして困惑していた。ちょっと笑える。
こうして、オークキングを倒すための作戦会議が始まった。
「もっと爆発力があれば殺れるんだよな。その爆発力を上げる方法が分からないけど」
「魔力集める?」
「それはもうやっただろ?その結果があの額の傷だ」
「何度も殴るのは?」
「俺の拳が潰れていいならやるぞ。もしかしたら、治らないかもしれないが」
「集めるだけじゃダメ........そうだ!!圧縮は?」
「圧縮か。確かに空気圧縮しまくればプラズマできて回りを吹っ飛ばせるらしいからな。ほら、某片道通行さんとかやってなかったっけ?」
「やってたやってた。魔力でも同じことできるんじゃない?!」
「試してみるか」
3時間後、色々と試行錯誤の上、微妙に形になった魔力圧縮の身体強化を使う。ちなみに、この魔力圧縮身体強化は制御がとても難しく、少しでも気を抜くと魔力が弾けてしまう。その衝撃波で、周りの木が折れたりしているが、気にしない気にしない。
「..........よし、できた。維持が難しいからさっさと殺るぞ、オークキング。覚悟はいいな?」
「グヲォォォォォォォォォ!!」
3時間も待たされたオークキングは、ようやくかよと言う顔をしながら吠える。なんかすまんな。
「喰らえやオラァ!!」
圧縮した魔力がオークキングの腹に当たると共に弾け飛び、拳の威力も掛け合わさってとんでもない破壊力を生み出す。反動で俺の体も吹き飛ぶが、花音が木にぶつかる前にキャッチしてくれた。
「凄いよ仁!!あの豚のお腹にトンネルを開通させたよ!!」
花音の喜びの声を聴き、オークキングの方を見ると確かに腹からトンネルが開通している。
「取り敢えず大金星だな。2人で最上級魔物を殺れたんだ」
「うん!!凄いよ仁!!」
こうして、俺は魔力圧縮身体強化と言う新たな力を手にしたのだった。
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