弱肉強食(弱肉側)

無事朝を迎えた俺たちは、朝食を食べた後島の探索をしていた。目的は飲水と、食料を確保するためだ。1週間分の食料はあるため、ある程度猶予はあるが早めに見つけることに越したことはない。


「アイリス団長に、森の歩き方を教わっておいて良かったな。ホントに」

「そうだねー。日本と森とは大分違うから、迷う可能性はあったね」


俺も花音も、イノシシ狩りに付き合わされて山を歩いたことが何度もある。そのおかげで森を歩くのには慣れているのだが、この異世界の森は尋常ではなく歩きづらい。


木の根が至る所から出ており、更には人喰いの植物がいる可能性があるので、周りに気を配らなくてはならない。


自分の居場所がわかるように、木に傷をつけるのだが、この再生能力が凄すぎて直ぐに傷が癒える木もあるので、傷をつける木は慎重に選ばなくてはならない。


気をつける事が沢山だ。


「仁このキノコ食べれる?」


花音が立ち止まって指を指す。そこにあったのは虹色をしたキノコだった。どう見てもヤバいし、俺はこのキノコを知っている。


「どう見たってヤベー奴だろうが。それはレインボーキノコって言って、幻覚作用が強いキノコだ。薬物として、裏社会によく出回っているらしいぞ」

「ふーんそうなんだ。やっぱりキノコ類は怖いね」


前の世界でも、食用キノコの種類はキノコ全体で10%以下といわれている。下手に食べてあの世行きは勘弁だ。


「仁はなんでも知ってるね。流石私の仁」

「誰がお前の物なんだよ。ロムスに頼んで、植物関係の本と魔物についての本をありったけ持ってきてもらったからな。幾つかはメモしてあるし、殆どは頭に叩き込んだ」


渓谷に落ちた後、どうなるか分からないのでできる事は全てやったつもりだ。特に、森で何日も生きていかなければならない状況に陥った場合を重く見てその対策はバッチリだ。...........流石に島に流れ着くとは思っていなかったが。


しばらく歩くと、木の実が生った木を見つける。マンゴーのような実が生っており、俺が探していた食料候補の一つである。


「よろこべ花音。しばらくは食料に困らないぞ」

「あの木の実?マンゴーみたいだね」

「あれは、シュレクスって言われる木の実だ。物凄く美味いらしいぞ。そして高い。神聖皇国で買おうと思ったら、大銀貨がいるレベルだ」

「うっそぉ!!あれが10万単位するの?!」


花音が驚くのも無理はない。普通果物に10万も払わないからな。だが、このシュレクスと言う果物は一本の木に一つ実がなればいい方で、中々収穫できずそれでいてとても美味しいのだ。その希少性も相まって、1個買うのに大銀貨を必要とするのだ。まぁ何故かこの木には、めちゃくちゃ木の実がなっているけど。


俺は木に登り、木の実を2つ回収する。そのうち1つを花音に渡し、残る1つを皮を剥いて食べてみた。


「うっま。味はマンゴーって感じだけど、マンゴーより甘みが強いな。缶詰のマンゴーを、更にシロップ漬けにしてが甘くした感じだ」

「うーん美味しいけど、甘すぎ?私としては、もう少し甘さを抑えて欲しいかな」


俺的には、かなり美味しい部類に入るが、花音の口にはあまり合わなかったようだ。人の好みは人それぞれだからな。


「取り敢えず15個ぐらい取っていこう。毎日コレは流石に飽きるかもしれないが、何も食うものが無いよりはマシだからな」


マジックポーチは、入れた物の時間を停止することが出来る。このシュレクスの実が腐る心配は、しなくてもいいということだ。このマジックポーチ、前の世界にあったらすごい便利だな。内陸国に海の魚を新鮮に届けれだりするだろうし。


俺達は、それぞれ15個づつ実を回収する。シュレクスの実は年中取れるらしいので、無くなったらまた来よう。


「幸先いいな。この実は水分も多く含んでいるから、飲水の代わりにもなる。最悪、喉が乾いたらこれを食べることになるな」

「うへーそれは勘弁願いたいよ。1日1個もあれば十分」

「確かに、2個3個とバクバク食べるもんじゃないな。食後のデザートって感じだし」


そんな事を言いながら歩いていると、魔物の気配を感じ取る。この気配の察し方も、アイリス団長から教わった物だ。自分の魔力をほんの少し空気中にばら撒き、その反応で気配を感じ取る。


最初は全然できなかったが、今では呼吸するようにできる。ただし、注意点としてばら蒔いた魔力が大きすぎると逆に気付かれる事がある。特に気配に敏感な魔物などは、ほんの少しの魔力ですら感じ取るらしい。


そして、俺の魔力が大きかったのか、魔物が敏感だったのかは分からないが、気づかれてしまった。


「っ?!花音!!バレた!!2時の方向、距離40!!おいおい、この足場の悪い森の中でなんつー速さだ!!」

「こっちも探知した!!すごい早い!!もう接敵するよ!!気をつけて!!」


花音の注意が飛んだ瞬間、向かってきた魔物が木の裏から姿を表す。


白い毛並みに赤い目、額からは10cm程の角が伸びており、体長40cm弱の見た目だけなら可愛いうさぎの魔物だ。だが、俺はこいつの正体を知っている。


「レッドアイホーンラビットだ!!上級魔物だぞ?!」

「仁!!危ない!!」


レッドアイホーンラビットは標的を俺と定めたようで、その強靭な後ろ足から放たれた突進は、俺の心臓を的確に貫こうとしていた。


しかし、そんな簡単に殺られる程俺は弱くない。左足を後ろに下げ、身体を斜めにして突進を躱す。そのカウンターとして右の手刀で首を撥ねようとしたが、レッドアイホーンラビットもその程度で殺られる程弱くなかった。


「んな?!」


なんとレッドアイホーンラビットは、空中で軌道を変えてきたのだ。流石にそれは予想していなかった俺は、咄嗟に右腕をガードに回す。角は右腕に突き刺さり、自分の肉が無理やり切り開かれている感覚が激痛とともにに襲う。


幸い、痛みには慣れている。師匠にボコボコにされているからな。痛みを堪えながら、左手でレッドアイホーンラビットの角を掴み、木に向かって投げつける。


普通なら木に叩きつけられるが、レッドアイホーンラビットは空中で体制を立て直すと、木の幹に柔らかく着地をした。


再び俺に向かって突撃しようもするが、そうは問屋が卸さない。


「何、私の仁に傷つけてくれてんだぁ?この腐れfu○k野郎が!!」


汚い言葉と共に、レッドアイホーンラビットの足元を鎖が絡めとる。そのまま花音は鎖を操作して、思いっきり地面に叩きつけた。


グシャと言う音と共に、レッドアイホーンラビットの頭が潰れる。血肉が辺りに飛び散り、モザイク必至な光景が目の前に広がる。


頭を潰されたレッドアイホーンラビットは、ピクピクと何度か痙攣した後、糸が切れたように動かなくなった。どうやら死んだようだ。


「だァァァァ!!クソッタレ!!あのウサギ、俺の右腕にケツの穴を拵えやがった!!いってぇ!!」

「仁、大丈夫?!」

「大丈夫じゃないけど、大丈夫。花音、取り敢えず移動しよう。血の匂いに釣られて、また魔物が来たら洒落にならない」


殺したレッドアイホーンラビットの死体をしっかりとマジックポーチに終い、俺達はその場を離れた。取り敢えずの緊急手当として、俺の腕には包帯が巻かれているが、めちゃくちゃ痛いのでぶっちゃけさほど変わらない。


元きた道を引き返し、拠点となっている洞窟まで戻ってきた。1日しかここにはいないが、実家のような安心感が既にある。


そして、俺は早速地面にある物を描き始めた。


「魔法陣?」

「あぁ、ロムスから教わった。必要で基礎的なものなら、大体は描けるように練習したんだよ」


今描いているのは治癒ヒールの魔法陣だ。強引に右腕を動かしているため、涙が出てくるレベルで痛いが我慢だ。頑張れ俺。頑張るんだ。


俺は痛みに耐えながら、3つの魔法陣を描きあげる。治癒ヒールの魔法陣は、単体だとあまり効果がないのだ。そこで魔法陣を重ねて効果を上げさせる方法がある。エルフが古くから使う魔法陣の応用らしい。亀の甲より年の功とは言ったものだ。


俺は、出来上がった魔法陣に魔力を流して魔法陣を起動させる。起動した魔法陣は俺の右腕を治し、傷1つ残らない綺麗な肌に戻った。


「初めて使ったが、凄いなこれは」

「凄い!!なんかふわぁってなってた!!」

「それだけじゃわかんねぇよ」


興奮する花音を静めながら、俺はほかの魔法陣を描き始める。


「今度は何の魔法陣を描くの?」

修復リペア洗浄クリーンの魔法陣だ。風呂がないから暫くは、洗浄クリーンにはお世話になるぞ」


修復リペアはその名の通り、物を修復する事が出来る。今回は早速穴が空いてしまったコートと、この島に流れ着いた時に来ていた服を直すつもりだ。


洗浄クリーンは汚れを落とすことが出来る。風呂がないこの島では長い事お世話になるだろう。花音も女の子の為、身なりには気を使う。この洗浄クリーンの事を教えてあげると、ものすごい食い付きで教えてと言ってきた。


花音に魔法陣を教え終わった後は、夕食だ。昼は気づいてたら過ぎていた。ある意味シュレクスの実が昼飯だったな。


今日取ってきたシュレクスの実と、レッドアイホーンラビットの串焼きを食べながらこの島について考える。


「ねぇ仁、レッドアイホーンラビットって上級魔物らしいけど、どの位置に当たるの?」

「中級に近い上級らしいが、舐めてかかると、今日の俺みたいになるぞ。過去にレッドアイホーンラビット1匹だけで、小さな村が滅んだ事もあるそうだしな」

「このウサギちゃん1匹で村が崩壊するのか......見た目で侮っちゃいけないってことだね」

「全くだ。侮った覚えはないが、手痛い反撃を貰ったしな」


反応が少しでも遅れていたら、今頃天国で家の爺さんと仲良くしていただろう。洒落になってない。


「なぁ、今回は運悪く上級魔物に出会ったと思うか?」

「多分違うと思うよ。勘としか言いようがないけど、あのウサギちゃんはこの島で弱い部類だと思う」

「花音の勘はよく当たるんだよな........今後は、あのウサギちゃんはこの島で弱いと想定して動くか」


俺達は、弱肉側としてこの島にいるのかと思うと、少し嫌になる自分がいるのだった。

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