漂流して無人島、あると思います

「じーん、起きてー」


ぺちぺちと頬を叩かれる振動で、俺は目を覚ます。異世界召喚されたその日も、こんな感じで起こされたな。あの時は肩を揺らされたけど。


俺はゆっくり身体を起こす。頭に着いていた砂がパラパラと落ち、全身をよく見ると今るところに砂が着いて汚れていた。


砂を払い落とし、辺りを見渡せば、薄い茶色の砂浜。地平線まで青く染った海。そして、砂浜を少し行けば森がある。


どうやら俺は、何処かの海辺に打ち上げられたようだ。


「花音、おはよう。ところで、ここはどこだ?」


花音は俺を追いかけてきているはずなので、ここがどの辺かは大体分かっているはずだ。しかし、花音の応えは要領を得ない物だった。


「どっかの無人島?多分」

「ん?無人島?」

「うん。海を渡ったから、少なくとも神聖皇国とかがあった大陸ではないと思うよ」


まじか。.......あ、思い出した。俺は確か渓谷から落ちて気絶したんだ。そして、そのままなされるがまま流されたと.........ん?花音はどうやって俺を追いかけたんだ?


「花音、お前どうやって海を渡ったんだ?」

「空を飛んできた」


そう言って花音は、身体強化を発動して高く飛び上がる。普通なら重力に従って下に落ちてくるはずなのだが、一向に降りてこない。それどころか、そのまま空を蹴って走り出した。すげぇ!!


俺の上をくるりと一周して、降りてくる。俺は軽い興奮を覚えながら、花音の空を飛んでいた仕組みを聞く。


「どうやったんだ?」

「私の異能の応用だよ。魂の鎖ソウルチェインは、私の意思によって動かすことができるでしょ?もちろん、空中で鎖を固定する事も可能なの。足の裏からほんの少し鎖を出して、その場に固定。これで宙に浮けるようになるよ。後は、踏切の瞬間に固定を解除すれば空も走れるって訳。どう?すごいでしょ?」

「すげぇ!!俺も飛んでみたい!!」


ドヤ顔を決める花音に頼んで、俺も一緒に飛ばしてもらう。彼女にお姫様抱っこされる彼氏もどうかとは思うが、それ以上に空を飛んでみたかった。


花音は俺を抱えると、身体強化を使って空を飛ぶ。おぉ!!すごい!!かなり高くまで飛んでいる為、少し怖いがその恐怖は目の前に広がる絶景によって薄められた。


豊かな森と、その中にある富士山よりも高くそびえる火山に、その麓にある湖。幾つもある小さな山は、下手したらどれも富士山よりも高いのではないのだろうか。


まず間違いなく、日本にいたら見ることは出来ない光景に目を奪われていると、遠くから何か迫ってきている。


身体強化を使って視力を上げると、その正体がよくわかる。


トカゲにコウモリの翼を生やしたような見た目をしている。異世界の竜種の定番であるワイバーンと言われる魔物だ。


ワイバーンは上級の魔物。しかも最上級に近い魔物だ。俺と言うお荷物を抱えている今の状態では、太刀打ち出来ないだろう。


「チッ来たか。仁降りるよ」

「分かってる。放り投げてくれ」

「いや、戦わないよ。大人しく降りれば追撃してこないの。色々試してたから間違いないよ」


そう言って、花音は俺を抱えたまま地面に降りる。すると、ワイバーンはUターンして帰って行った。


「本当に帰って行ったな」

「ね?だから言ったでしょ?よく分からないけど、一定以上高く飛ぶと、こっちに来るんだよ」

「へぇ、そりゃ不思議だ。こっちに害がなければそれでいいけど」


確かに謎だが、こちらに害が無いならそれでいい。それよりも今はやらなくてはいけない事が多くある。ちょっとテンション上がって花音に空飛んでもらったけど........


「花音、なぜここが島だと思ったんだ?あの高い山があって、奥まで見えなかったぞ?」

「もっと高く飛べば見えるよ。私が仁を追いかけてここに来た時、もっと高くを飛んでたから全体が見えたの。結構広い島だと思うよ」


なるほど、今飛んだのは200mぐらいだったが、花音は、それよりももっと高く飛んでいたのだろう。あの山々を越えて向こう側を見るには、4〜5000mぐらい飛ばないと行けないと思うが、まぁいいや。細かい事は気にしない精神で行こう。


「それより仁は着替えたら?砂はあらかた落としたけど、結構汚れてるし」

「確かにそうだな」


俺の今着ている服を見ると、所々傷がついて破れていたりしている。師匠から貰った服に着替えるとしよう。


2分ちょっとで着替え終わる。花音は既に師匠から貰った服を来ているので、着替えは必要ない。着替えの間ずっと見られてるのは落ち着かなかったが、我慢した。どうせ言ったところでコイツは聞かないからな。


「カッコイイよ仁!!その格好で右手が疼くって言ってみて!!」

「言わねぇよ、恥ずかしい。そういうのは黒歴史製造機君の専売特許だ」


俺を殺そうとしてくれた黒歴史製造機君。君は今も黒歴史を作っているのだろうか.......よくよく思えば、俺も今黒歴史を作ってね?やばい俺は彼同類かもしれない。


気付いてはいけない真実を知ってしまった気がして、少し落ち込む。体育のサッカーの授業で、技名叫びながらシュート打つ奴と同類.......中々精神にくるな。


「?どうしたの?急に落ち込んで」

「いや、何でもない。ナンデモナインダ.......よし、切り替えて行こう」

「よく分かんないけど、仁が立ち直ったならいいや。それで、これからどうする?」

「取り敢えず戻ろう。大陸に戻らないと何事も始まらないしな」


花音には負担をかけてしまうが、大陸に戻らないと計画を実行することが出来ない。龍二に伝言を残した以上、3年の間に何とかしなければならないのだ。


だが、戻ると言った俺に花音はバツが悪そうに頬を掻きながら言う。


「ごめんね仁。戻るのは少し難しそうなんだ」

「.........何?」

「私が仁を追いかけている時にね、霧が充満していたところがあるの。そこに入ると全く自分の居場所がわからなくなっちゃうの。私は仁に巻き付けた鎖を辿って、何とか抜け出せたけど、鎖が無かったら間違いなく迷ってたよ」

「霧が無ければいいのか?避けれないのか?」

「無理。この島全体を覆ってる」


確かに方向を狂わせる霧というものがこの島全体を覆っていれば、脱出は難しいだろう。だが、なぜ島全体を覆っていると花音が分かるんだ?


「なぜわかる?」

「私の異能のおかげ。鎖の感覚は共有できるの。仁が寝ている間に、島の外全体に鎖を伸ばしまくってみたんだけど、どこもかしこも途中で霧に覆われた場所に行き着いたの。色々試したけど、どう頑張っても霧から抜け出せないよ」

「便利すぎないか?お前の異能」


空を飛べて探知も出来る。凄すぎでしょこの子の異能。俺の異能も、そんな便利なものになって欲しいものだ。


「えへへ、すごいでしょ」

「凄い。普通に凄い」


花音の頭をヨシヨシと撫でてやる。花音は嬉しそうに目を細めながら、しばらく俺の手を堪能していた。俺は花音の頭を撫でながら、今後について考えていた。


どうしようか。この島を出たいが、現状出ることは出来ない。このまま出ることが出来ない場合、計画はパーになる。そうなったら諦めよう。運がなかったという訳だ。


問題は、この島で俺達が生きていけるかどうか。この島の生態系が分からないため、どのような魔物がいるかわからない。ワイバーンがいることは確定だが、ワイバーンがこの島で弱者としての位置にいるならかなりマズイ。


上級の魔物が弱者として位置づけられていた場合、まず間違いなく厄災級の魔物が存在することになる。


厄災級は、灰輝級ミスリル冒険者6人で討伐できるかどうかと言われている強さをもつ魔物だ。


毎日俺をボコボコにしていたアイリス団長や師匠ですら、冒険者の強さで表すと白金級プラチナ冒険者になるらしい。それよりも上の灰輝級ミスリル冒険者ですら6人も集まらないと勝てない魔物がいるとなると、この島での生存は厳しいものになる。


俺は異能が使えないし、花音は異能は使えるが、灰輝級ミスリル冒険者ほど強いかと言われればNoだ。出会った瞬間逃げなければならない。逃がしてもらえるかどうかは別だが..........


俺としては、ワイバーンがこの島の強者であって欲しい。ワイバーン1匹程度なら、俺と花音で問題なく勝てるはずだ。この島での生活も安全になる。


「ん、もういいよ」

「そうか?なら移動しよう。食料と水は1週間分あるけど、逆に言えば1週間で食料と飲水を確保しなくちゃいけないからな」

「結構大変だよねー。あのワイバーンって美味しいかな?」

「おい、それは最終手段だ。安全の確保と、今日の寝泊まりできる場所を探そう。もうすぐ日が沈む、さっさと行くぞ」

「はーい」


幸いにも、少し森に入って歩いたところに洞窟があった。これなら雨風は凌げるだろう。


洞窟の中に何か魔物がいるということはなく、安全を確保した後、火をつけるのに適した薪を集めて魔道具で火をつける。


パチパチと音を鳴らす焚き火を見ながら、マジックポーチから干し肉を取り出しかぶりつく。少し塩が強いが、肉の旨みが口の中に広がる。酒飲みのおっさんなら、ビールを欲しがるだろう。俺も花音も酒は飲まないので、水だったが、1度ビールと合わせて食べてみるのもいいかもしれない。


「ところで花音。丸1日俺は流されてあそこに着いたのか?」

「んー分かんない。私は3日かかって仁を見つけたから........」

「って事は、3日も俺は気絶してたって事か?」

「多分そうなんじゃない?」

「でも、身体は何ともないぞ?3日も飲まず食わずだったら、少しは身体に何かあるだろ」


人間3日水を飲まないと死に至ると言われている。俺が目覚めたのが3日目だとした場合、酷く喉が渇いていると思うのだが一切そんなことは無かった。腹も大して減っておらず、今干し肉を食べたのがこの島に来て最初の食事だ。


「誰かが水と食料を無理やり飲ませた?うーんわからん」

「こう言うのは考えても無駄だよ仁。運が良かったでいいんじゃない?」

「気にはなるが、今の現状だと、何も情報がないから分からないんだよな。花音の言う通り、考えるのは辞めるか」


こうして、この島に来て一日目の夜を迎えた。夜は俺と花音、交代ごうたいで見張り番をしながら過ごし、特に何事もなく朝を迎える。


そして翌日俺達は、俺が予想した最悪の方に当たっていたことを知ることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る