彼のいない夜
短めです
「そんな..........」
東雲仁が死んだ。そう聞いた黒百合朱那は膝から崩れ落ちる。全身の力が抜け、まるで糸人形の糸が切れたかの様に身体が動かない。
黒百合にとって仁は目標であった。自分とは違い、異能を発現させていないにもかかわらず、アイリス団長やシンナス副団長相手に互角とは言い難いものの、いい勝負をする。到底彼女にはできない芸当だ。
更に仁は、その強さに奢ることなく知識を欲し、ゲームやアニメをあまり見ない彼女に、よくこの世界の魔物について話してくれた。彼女にとって東雲仁という男は、尊敬に値する高い目標であった。
そんな彼が死んだ。死というものが常に隣り合わせな環境で生きてきたことが無い彼女にとっては、到底受け入れられる事実ではない。
「仁君が死んだ?そんな馬鹿な.........」
それは光司も同じだった。
「.........何が原因で仁君は死んだんですか」
「原因は調査中だ。だが、花音の話によると
全てを知っているアイリスは、その筋書き通りのセリフを言う。
この幻想に対処する方法は簡単で、幻想に込められた魔力以上の魔力を纏えばいい。だが、知らなければ致命的な隙を晒すことになる。この魔物は親しい者の幻想を見せ、ノコノコと近づいてきた獲物を喰らうのだ。
骨の一片も残さずに喰らう為、仁が喰われて死体も残らないと言うには都合のいい魔物である。更に、この森で18年前に
「........浅香さんは今どこにいるんですか?」
「話を聞きに行くのか?辞めておけ。今のカノンは正常じゃない。部屋に入れば、花音に殺されるかもしれないぞ」
目の前で愛する人が食われた。確かに取り乱すだろう。話を聞きに行こうとした光司は、今はそっとしておくべきだと判断し、その場に座り込んだ。
「クソっ、何が
悔しさのあまり、握った拳から血が滲み出す。強く握りすぎて自身の手のひらに、爪がくい込んでいた。
尚、仁は光司の事を友人だとは思っていない。生理的に受け付けないので、話せるクラスメイトが限界であった。
「東雲君.........ごめんね、ごめんね。私助けれたかもしれないのに.........」
光司と同じように、黒百合も後悔の念に駆られる。二人一組で行動しており、仁が2人に助けを求めておらず2人とも気づけなかった以上、2人に責任は無いのだが、そういう問題ではない。東雲仁という仲間をどんな形であれ死なせてしまった。それが2人の心に重くのしかかる。
そして、このような事が二度と起きないように、もっと強くなろうと決意する。仁の死は良くも悪くも、2人が日本にいた頃の平和ボケを完全に取り除いた。
(ふむ。甘さが抜けたようだな。ジンはそれほど大きな影響を持っていたという事か。なぁ私の教え子よ。お前、帰ってきて全部嘘だったとわかった時、この2人に殺されるなよ?)
それを見たアイリスは、内心嬉しく思いつつも、3年後再会するであろう教え子が殺されないように祈るのだった。
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「ギャハハハハハ!!やったな!!これで仁は死んだぜ!!」
仁を殺し、遠征から帰ってきた後、彼ら5人はひとつの部屋に集まっていた。もちろん話題は、邪魔者であった東雲仁を殺せたことだ。
汚い笑いと共に、ベッドに寝転がる。
「あの高さから落ちたんだ、万に1つも生きてねぇよな」
「水は高いところから叩き付けると、コンクリート並に固くなるらしいからな。日本に例えりゃ、ビルの21階辺りから飛び降りてるのと同じだぜ?」
「ふん。それなら確実に死んでいるだろうな。この私の手を煩わせるとは、つくづく下賎な愚民よ」
「そういえば龍二の野郎はどうした?この計画立てたのはアイツなんだから、主役だろ?」
「あー、アイツなんか、
「つまんねぇやつだな。騒げばいいのに」
「ふん。ここにいない奴の話をしてもしょうがない。我々は勝利の美酒に酔いしれようではないか」
そう言って、神城は手に持ったワイングラスを掲げる。中にはもちろん赤いワインが入っており、アルコールの匂いがほのかに漂う。
この国では15歳以上は酒を飲むことが出来る。彼らがワインを飲んでも何ら問題はなかった。
神城が掲げたワイングラスを見て、ほかの4人もグラスを掲げる。
「我々の勝利に、乾杯」
「「「「乾杯」」」」
チンとワイングラスを当てると、一気に中に入っていたワインを飲み干す。
その日の彼らは日が昇るまで酒を飲み続けた。
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「はぁ、仁の野郎、面倒事だけ押し付けやがって.......いやまぁ、この計画に乗った俺も俺だがよ.......」
龍二は自分の部屋に戻ると、早速回収した魔道具の映像を確認していた。この魔道具は映像を映すことができるだけで、声を録音する事はできない。龍二は、自分がどこかの魔道具に映っていないか全て確認をしなければならなかった。
もし、自分が映っているならばその映像は消去しなければならない。自分が、この暗殺計画に参加していたことの証明になってしまうからだ。
仕掛けられていた魔道具の数は、全部で28台。この28台の魔道具の映像をひとつひとつ確認するのは骨が折れる。
アイリス団長との接点を持つ為だけに、この計画に賛同したのは少し軽率だったと後悔しながらも、何とか確認作業を終えると、マジックポーチに魔道具を仕舞い、アイリス団長たちの所へと足を運ぶ。
コンコンと扉をノックすると、返事が帰ってくる。中に入るとそこにはアイリス団長とシンナス副団長、その弟子であるニーナ、そして花音がお茶会をしていた。
自分は苦労して映像を確認している間、こいつらはのんにきお茶会していたのかと思うと、イラッと来るが何とかその感情を抑えるとアイリス団長にマジックポーチを渡す。
「確認作業全部終わったぞ」
「お、早いねぇ。何か問題あったりした?」
「特にはないな。ところで俺もお茶を貰えるか?確認作業をしてて喉が乾いたんだ」
「おぉ、そうだな。ちょっと待ってろ」
暗にお前らも手伝えよと言ったが、盛大にスルーされる。龍二はため息を着くと、空いていた椅子に座る。
「花音はまだここにいていいのか?もう仁は何処かに上がってるだろ?」
「もう行くよ。最後に龍二にも挨拶したかったから、待ってただけだしね」
「珍しいな。仁が1番のお前が俺のために、時間を割くなんて」
「自惚れんなゴミ。仁からこれを渡せって言われたの」
辛辣な言葉と共に渡されたのは、ニーナが以前渡した穴あきグローブに描かれていた模様のペンダントだ。
「.........これは?」
「仁からの言伝。『世界の主を喰らえ、さすれば我が断片となる』わかった?」
「了解。『血に錆びた槍の元に』」
同じく日本語で返すと、花音は満足気に頷く。突然自分たちの知らない言葉で話し始めた2人を見て驚くアイリス団長達を横目に、花音はすくから立ち上がり部屋を出ていこうとする。
「それじゃ私は行くね。また3年後会おうねー」
「お、おい待っ────」
アイリス団長が呼び止めるよりも先に、花音は部屋を出ていってしまう。当然、龍二にその矛先は向くことになる。
「おいリュウジ。今の言葉はなんだ?なんて言ったんだ?」
「申し訳ないけどそれは言えないな。言っても分からないだろうし」
アイリス団長の詰問をのらりくらりと交わしながら、龍二は今はどこかにいる親友に心で語りかける。
(なぁ仁。ゲームでやってた事を本当にやるつもりか?お前は相変わらずぶっ飛んでるよ。だが、面白そうだ)
龍二はこの日から、人一倍訓練に励むようになった。その理由は誰も知らない。
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