勇者の剣は日本刀

森に着いた俺達は、属性毎に分かれる。龍二とはここでバイバイだ。ゴリゴリのおっさんと、仲良くやってくれたまえ。


能力者組は全員で7人。俺、花音、光司、黒百合さん、アイリス団長、師匠、ニーナだ。他の組にも何人かの教官が付いているため、危険はないだろう。


「さて、諸君。今から君たちには魔物と戦って貰う訳だが、それよりも先にやる事がある」


そう言ってアイリス団長は、「ちょっと待ってろ」と森の中に入っていった。


「師匠、団長は何をしようとしてるんだ?」

「あ?新人教育で必ずやる事を、やらせようとしてるんだろ。まぁ、お前とカノンは既に経験している様だがな」


あぁ、なるほど。目の前で生き物が死ぬのを見せるつもりか。殺しの経験がない俺達がいきなり殺し合いの戦いをしろと言われても、戸惑うだけだ。アイリス団長は、まず死に慣れさせようとしているのだ。


3分が過ぎた頃、アイリス団長が1匹のゴブリンを連れて帰ってきた。ゴブリンの頭にはきっちりアイアンクローがキメられており、痛さの余り手足をじたばたさせている。


「おぉ、見ろよ花音。ファンタジーの定番モンスターのゴブリンがいるぞ。アニメとかでしか見れなかったあのゴブリンだ」

「本当にゴブリンだね。私が想像した通りのゴブリンだよ。弱そう」


俺と花音は初めて見るゴブリンに少なからず感動を覚えたが、俺達のようにお気楽な思考をしていない光司と黒百合さんの顔はあまり優れていない。


「あれがゴブリン.......僕はあれをこ、殺さないといけないのか」

「ちょっと怖いですね」


各々が違う反応を見せる中、アイリス団長は俺を見て言い放つ。


「ジン、お前コイツと殺り合ってみろ。お前の実力なら、問題なく殺れるはずだぞ。それに、耐性はある程度あるんだろ?」

「え?俺、師匠にゴブリンも殺せないぞって言われたんですけど........」


俺が、師匠相手に訓練するとよく言われる言葉だ。「そんなんじゃゴブリンも殺せないぞ!!この馬鹿弟子!!」と毎日の様に言われている。


アイリス団長もそれを思い出したのか、頭を抱える。ほら、俺じゃ実力不足なんだって。と、思ったら思いもしない言葉がアイリス団長から飛び出す。


「ジン。お前は、十分余裕を持ってこのゴブリンを殺せるぞ。あれは、お前を慢心させない為の方便だ。今のお前なら、上級魔物までなら1人で倒せる」


え?マジで?上級魔物を1人で倒せるのは、金級ゴールド冒険者6人分だ。俺は確認のため師匠の方を向くと、師匠は苦笑いをしている。


「変なところで素直なんだな馬鹿弟子。普通に考えてみろ。そこら辺の村人が剣の振り方を少し知っていれば、ゴブリン1匹程度なら倒せるんだぞ?今のお前ですら倒せなかったら今頃、ゴブリンが世界を支配しているよ」


確かに言われてみればそうだ。この世界の強さの基準がわかっていなかったから、考えないようにしていたがよく良く考えれば、1ヶ月とは言えど戦闘訓練をした俺がそこら辺の村人よりも弱いわけが無い。


「わかったか?お前は、ゴブリンをデコピンで倒せるぐらい強いんだ。いつも通りやれば万に1つも負けねぇよ」


そう言って、アイアンクローをキメていたゴブリンを地面に置く。まだアイアンクローをしたままなので、ゴブリンは痛そうにもがいていた。


「それじゃ準備しろ。と言っても、もうできてるか」

「何時でも大丈夫だ。ほかの三人は離れててくれ」


三人が俺の傍から離れるのを確認すると、アイリス団長はゴブリンのアイアンクローを解く。ゴブリンは逃げ出そうとするが、それを許すほど甘くない。素早く正面に立ち塞がると、ドスの聞いた声で


「あいつに勝ったら逃がしてやる」


とだけ言った。ゴブリンは言葉はわからなかっただろうが、本能的に何かを感じ取ったらしく。グギャギャ!!と鳴きながら、俺を睨みつける。


こうして正面から見ると、もの凄く醜い顔だ。某最強スライムに出てくるようなゴブリンではなく、某スレイヤーに出てくる方のゴブリンだ。


俺は1つ深く深呼吸すると、魔力を足に集めて地面を蹴る。地球にいたら間違いなく、世界新記録をたたき出せる速度でゴブリンに向かっていき、その醜く歪んだ顔に向かって蹴りを放つ。


パン!!と風船が割れたような音とともに、ゴブリンの顔が弾け飛ぶ。いや、顔だけでは無い。膝から下を残したまま、それ以外のところは弾け飛んでしまった。


ゴブリンの立っていた後ろには血肉が散乱し、血なまぐさい匂いが辺りを覆う。残った足からは血がドクドクと吹き出し、足元に赤色の水溜まりを作る。


「馬鹿弟子。全力で行くのはいいが、いかんせん力が強すぎる。これがリトルボアだったら、食える肉が無くなってたぞ」

「そうだぞ弟弟子!!もう少し加減を覚えろ!!」

「その言葉、そっくりそのままニーナ姉に返すわ」


油断は禁物だと思って全力で行ったが、どうやら過剰すぎたらしい。俺の速さにゴブリンは、一切反応できてなかったしな。次はもう少し抑えてやるか。


初めて魔物を殺したが、別に何か感じることは無かった。といえば嘘になる。流石に人型を殺すのは少し堪えたのか、気分が悪い。ただ、それも一瞬の感情で、直ぐに慣れた。


花音達の方を見ると、花音は相変わらずだが、ほかの2人は青い顔をしている。俺もイノシシの解体を見た時は、こんな顔をしていたのかな。


「2人とも大丈夫か?顔が真っ青だぞ」

「大丈夫.......ではないな。少し休ませてくれ」

「私も休ませてください」


そう言って2人とも、その場に座り込んでしまった。日本にいれば、決して見ることの無い光景だ。気持ちは分からないでもない。こういう時は、そっとしておくべきだ。


「ねーねーアイリスちゃん。次、私が殺る!!」

「お?カノンはやはり大丈夫そうだな。よし待ってろ。もう1匹捕まえてきてやる」


............花音、お前は少し空気を読め。


2人が座り込んでから10分。2人とも何か吹っ切れた顔をして立ち上がった。ちなみに、その間に花音はゴブリンを殺している。花音も俺と同じように特に問題なくゴブリンを殺していた。鎖で首を締め上げて、じわじわと殺すのはどうかと思うが。


「ふむ、大丈夫そうだな。どうやら精神面も2人は強いらしい。それじゃどっちから殺る?」

「私から行きます」


先に手をあげたのは黒百合さんだ。


「シュナか、ジンのように、体のほとんどを吹き飛ばさないようにな」

「はい」


5分後、両手にゴブリンを鷲掴みしたアイリス団長が帰ってきた。相変わらず、アイアンクローでゴブリンの頭を締め上げている。


「じゃ、頑張れよ」


そう言って片方のゴブリンの頭を放し、俺や花音の時と同じように脅して黒百合さんと対峙させる。


黒百合さんは、祈るように手を合わせて異能を発動する。


四番大天使ウリエル


純白の翼が生え、天使が降臨する。訓練場で黒百合さんが異能を使うと、誰しもが見惚れる。どうやらゴブリンも同じだったようで、あまりの美しさに間抜けな顔を晒している。ゴブリンがこんな顔するのか.........


「燃えろ」


黒百合さんの声と共に、ゴブリンが焼かれる。ゴブリンはその熱さのあまり転げ回るが、その火は消えることは無い。ゴブリンを燃やす火は、ゴブリンだけを燃やしており、そのほかを一切燃やしていない。これが黒百合さんの異能、四番大天使ウリエルの能力の一つだ。対象だけを燃やし、黒百合さんの意思で燃え続ける“神の炎”。この炎は水をかけても消えることは無い。消せるのは黒百合さんの意思によってのみ。理から逸脱した能力だ。


ゴブリンは30秒ほどのたうち回ったあと、肉のやける匂いを残して事切れてしまった。黒百合さん、初めての魔物討伐はこうして終わった。


「よくやったシュナ。1度殺せれば度胸は着く。後はゆっくり慣れろ」

「はい。ありがとうございました」


最後は光司だ。


「準備はいいか?」

「はい。大丈夫です」


先程と同じような展開になり、ゴブリンと光司が対峙する。


勇者ヘルト


光司は異能を発動させる。更に、勇者ヘルトの能力の1つ“聖剣召喚”を使用した。


「聖剣よ。我が呼び掛けに応えよ。ソハヤノツルギ」


光司の手に現れた聖剣。の聖剣だ。これを見た時、俺も花音も大爆笑。黒百合さんも笑うのは我慢していたし、召喚した本人ですら苦笑いしていた。ファンタジー弱い民でも、聖剣エクスカリバーぐらいは知っていたようで、期待とは違った剣が出てきたら笑うしかない。


この聖剣ソハヤノツルギは、伝説の将軍である坂上田村麻呂が所持する星の聖剣。鬼神を殺したと言われる聖剣だ。日本に伝わる聖剣の1つとされている。有名な天羽々斬や、草薙剣では無いのはおそらくあれらは神剣として位置づけられているからだろう。神が使った剣だしな。


聖剣として有名なのはエクスカリバーだが、あれはアーサー王伝説に出てくる剣で、ブリテン島の正統な統治者の象徴の剣だ。アーサー王の血を引かない光司が、エクスカリバーを召喚するのはおかしいと言えばおかしい。


そんな設定に忠実にならなくても........とは思う。


ソハヤノツルギは斬れ味だけを追求した刀らしく、この世界でいちばん固い鉱石と言われる灰輝ミスリル鉱石をいとも容易く斬り裂く。灰輝ミスリル鉱石が、バターのように切れていく様を見たアイリス団長達の顔は印象的だった。


光司はソハヤノツルギを上段に構えると、1歩踏み出してゴブリンを脳天から斬り裂く。あまりに斬れ味が良すぎて、切断面がくっ付いたままゴブリンは死んでしまった。


アイリス団長がゴブリンを蹴り飛ばすと、切断面は分かれ、モザイク必至な光景が目の前に広がる。これは、いちばんグロテスクな殺し方だったかもしれない。イノシシの解体で馴れている俺ですら、ちょっと顔を顰めるぐらいだったからな.......


「よし、よくやった。これで全員度胸は着いただろう。後は慣れだ。とにかく殺しまくって慣れろ。今は弱いゴブリンだったから引け腰でも大丈夫だが、実力が同じぐらいの魔物相手だと話は別だ。その時死ぬのはお前達になる。敵対したもの達に慈悲をかけるな。冷静に殺せ。生きたければな。わかったか?」

「「「「はい!!」」」」


俺達の返事を聞いたアイリス団長は、満足そうな顔で頷くと


「それじゃ昼飯だ。腹ごしらえも大事だからな」


と言って準備を始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る