黒歴史は誰しもが作るもの
3日後。俺達が異世界に来て33日目。俺達36人は、初めて大聖堂の外を歩いていた。
「大聖堂の中からも見えるには見えたが、結構綺麗な街だな」
「そりゃ、神様のお膝元だぜ?ゴミだらけだったら、バチが当たりそうだろ」
確かに、神社にゴミを捨てたりした日にはバチが当たりそうだ。神への信仰心が殆どない俺ですら、そう思うのだから、宗教国家であるこの国の国民は細心の注意を払っているのだろう。
ぶっきらぼうで私が神だ、とか言い出しそうな師匠ですら、神の信仰はしていた。正直意外すぎる。
「それにしても、すごい人だね。なんか芸能人になった気分だよ」
「全くだ。この中を堂々と歩けるアイリス団長や師匠のメンタルが羨ましい」
俺達が大聖堂を出て街中を歩くということは、それだけ人の目に触れるということだ。俺達が世界を救う勇者だと言うのは、世界中に知られている。一目見てみたいのが、心理だろう。
付き添いの兵たちが、住民を抑えているから安全に歩けているが、居なかったら今頃もみくちゃになっていたかもしれない。
「しかし、魔物狩りねぇ。俺と龍二と花音はともかく、他の連中は殺しができるのか?」
「さぁ?どうだろうな。俺達は、仁の爺さんのおかげで慣れているが」
「仁のおじーちゃんの“せいで”でしょ。普通、小学三年生にあんな体験させないって」
「俺、三歳の頃から手伝わされてたけどな........」
「やっぱ、ぶっ飛んでるよお前の爺さんは」
今回は俺達は大聖堂を出て、初めて魔物を狩る。治安が良く、過酷な環境で暮らしたことの無い現代っ子な俺達の殆どが、生き物を殺すという経験が夏に飛ぶ蚊を殺すぐらいしか無いため、その経験を積むという訳だ。
おそらく、クラスメイトの何人かは殺しが出来なくて脱落するだろう。え?お前はどうだって?多分大丈夫でしょ。
主に俺の爺さん、
俺の爺さんは元々猟師であり、イノシシ狩りをしていた。俺が三歳の時、初めてイノシシの死体を見たのだが俺の目の前で爺さんは解体を始め、更には「これ捨てておけ」と言って俺に内蔵を渡してくるようなイカれた爺さんなのだ。
何がイカれてるって、三歳の子供の前でモザイク必至な光景を見せるだけでなく、その手伝いをさせる事だ。普通の家庭なら間違いなくそんな事はしない。さらに言えば、それに対して何も言わない親も親だ。あの時の“おじいちゃんの手伝いしている私達の息子可愛いわー”というか顔は一生忘れないだろう。
龍二と花音もその被害者だ。冬休みに一緒に遊んでいたら爺さんに見つかって、なんやかんやあってイノシシの解体をさせられたのである。しかも毎年。去年急激に体調を崩して亡くなってしまったが、今頃天国で殺してきたイノシシと仲良くしているだろう。
「ほう?お前達は殺しの経験があるのか?」
いつの間にか、俺の隣にいた師匠が話しかけてくる。どうやら先程の会話を聞かれていたようだ。
「殺し、と言うよりは解体だけどな。でも、目の前で殺される所を見た事は何回もあるから、他のクラスメイト達よりは耐性があるつもり」
師と話す口調とは到底思えないが、ウチの師匠は懐が広いのでタメ口でも何も言ってこない。なんて素晴らしい師匠なんだ!!.........もう少し組手を優しくしてくれたら文句ないのになぁ。
「それで十分さ。殺しってのは、1回経験出来れば耐性が付くものだ。解体とはいえ、生き物の死を経験してれば簡単に殺れると思うぞ」
「大丈夫です師匠!!いざと言う時はワタシがケツを蹴りあげてでも殺らせるのです!!おい!!弟弟子!!ワタシの手を煩わせるなよ!!」
「はいはい。頑張りますよ」
師匠の言葉に続いて話に入ってきたのは、姉弟子ニーナだ。ピシッと指を俺に向けていているが、その身長の小ささと、フリフリ揺れ動く尻尾が可愛く、威厳の欠けらも無い。
「ねぇ仁。もふもふしてもいいかな?」
「辞めとけ、せめて街を出て人目に付かなくなってからにしろ」
「むぅ.........分かった」
花音、そう言って手をワキワキするのを辞めなさい。傍から見たらやべーやつだぞ。
「ヒィ!!お、おい弟弟子!!あのヤバい女を何とかしろ!!」
身の危険を感じたのか、師匠の裏に隠れるニーナ。以前モフられたのが軽くトラウマらしく、花音に苦手意識があるようだ。
「悪いなニーナ
「嘘つけ!!前は止めてくれただろ?!」
「記憶にございません」
「オマエ後で覚えとけよ!!」
もちろん街を出た後、ニーナは花音にモフられていた。ちょっと引くレベルでモフっていたので、流石に途中で止めたが。いずれ獣王国行って見たいなとか思っていたが、花音は連れていかない方がいいかもしれない。
街を出ると、ほんの少し整備された街道と、草原が広がっている。木の1本も見当たらず、見渡す限り草原だ。こんなところに魔物がいるのだろうか?と思ったら、アイリス団長が疑問を解消してくれた。
「ここから2時間ほど歩いたところに森がある。そこには低位の魔物しか出てこないから、殺しの経験をするにはピッタリだ」
「なぁ団長。この魔物狩りで出た脱落者はどうするんだ?」
「異能はともかく、魔法が役に立つのは必ずしも戦闘だけじゃない。畑を焼いたり、木を切ったり。意外と使い道は多いのさ。どうしても殺しが出来ないのであれば、そっちに回されるはずだ」
どうやらしっかりと考えられているようだ。幾ら関わりがなく赤の他人だとしても、同郷なのだ。心配の少しはする。もちろん自分優先だけどね。
「あの、森にはどのような魔物が出るのでしょうか」
おずおずと手を挙げながら、質問をする黒百合さん。ふはは、その質問はこの俺が答えてやろう!!
「主に出てくるのは、ゴブリン、スライム、リトルボアの三体だな。森の奥の方に行くと、中級魔物が、出てくるらしいから、そこまでは流石に行かないだろ」
「よく知っているじゃないか。馬鹿弟子。確かに、森の浅い所で出てくるのはその三体だな」
この情報は大聖堂の書庫にあった。魔物についての本を結構読んだからな。毎日の様に、魔物の図鑑を渡してくるロムスには少しうんざりしたものだ。
俺がドヤ顔を決めていると、申し訳なさそうに黒百合さんが質問してくる。
「えっと........ゴブリンとかスライムとかってなんですか?」
「そうだな。僕もよく知らない」
お前もか光司。黒百合さんはゲームやアニメを見たりしないだろうからわかるが、光司もファンタジーに弱い民だとは思わなかった。
俺はコホンと咳払いを1つして、説明をする。
ゴブリンとは、醜い顔をした小さい緑の肌をした小人の様な魔物だ。よくある設定でオスしか生まれず、人間の女性を襲って苗床にするのがあるが、この世界では違うらしく。普通にメスも生まれ、ゴブリン同士で繁殖する。一応人間との交配もできるらしいが、群れからオス又はメスが1匹もいなくなってしまった時の緊急手段として襲うぐらいらしい。
6~8体の群れを作って行動することが多く、その群れ含めて低級魔物として位置づけられている。1匹の戦闘力は大したことはなく、ある程度戦闘訓練をした人なら大抵は倒せるらしい。恐ろしいのは繁殖力と数だけだな。
次にスライム。作品によって最強か最弱の二極端なこの魔物は、この世界だと最弱に位置する。もちろんスライムの上位種にもなれば強いらしいが、今回は相手するのは低級のスライムだ。
スライムは全身粘液の様な物でできており、魔石以外は透明な魔物だ。斬撃への耐性は高いが、それ以外は弱い。剣の腹で叩けば死ぬし、魔法を当てれば死ぬ。本当に弱い魔物だ。
スライムの粘液は若干ので酸性を含んでいるが、成人向けの本やゲームの様に服が溶ける訳では無い。体の汚れを落とす程度の酸性で、スライムので粘液は美容液として使われる程だ。
なんでもたべる雑食らしく、よく便の処理に使われている。結構有能な魔物だ。
最後にリトルボア。こそ魔物はその名の通り、小さいイノシシだ。小さいと言っても体長は1m程あり、その強靭な足から放たれる突進は木の1.2本は用意にへし折る。今回の低級魔物の中では、1番注意が必要だ。ただし、急な方向転換はできないため、寸前で避ければ危険は少ない。
リトルボアの肉はよく食べられ、俺達が食べている食堂の食事にもよく出されているらしい。
「と、まぁこんな感じかな?わかったかね生徒諸君」
「ありがとう東雲君!!やっぱり情報も大切だね。何も知らなかったよ」
「僕も知らない事が多かった。予習は大事だな。ありがとう仁君」
2人とも俺のボケを華麗にスルーしながら、お礼を言う。アイリス団長や師匠も感心したような目で俺を見ていた。
「よくそこまで調べたな。魔物によっては、知らない事が命取りになる事もある。これからも精進しろよ馬鹿弟子」
少し実感がこもった顔で話す師匠。昔何かあったのだろうか?と思ったらアイリス団長がからかう様な口調で言った。
「コイツ、団に入った頃に調子に乗ってゴブリンの巣に突っ込んでな。ゴブリンの巣には、ゴブリン達を統率するゴブリン
「団長ッ!!その話は辞めてくださいって言ってるじゃありませんか!!」
心の底から愉快そうに笑う団長を他所に、師匠は顔を赤らめて恥ずかしそうにモジモジしている。誰しもがある失敗談だが、よっぽど恥ずかしいのか、男勝りな師匠が年頃の乙女のようになっている。思わず見とれてしまった。
「ほへぇ、ワタシも知りませんでした。師匠にもそんな時期があったんですね」
「シンナスちゃんも可愛い時期があるんだね。アイリスちゃんにもあったのかな?」
「私にもあったぞ!!誇れることじゃないが、副団長よりも馬鹿なことをしていた自覚がある!!」
あはははは!!と笑っていたが、どんな事をしていたのか語る事はなかった。男だろうが、女だろうが、黒歴史の1つ2つは持っているし、人に知られたくらないのだろう。俺はとりあえず、未だにモジモジしている師匠を見て脳裏に焼き付けることにしたのだった。
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