2番





「ご苦労様。今日もよかったよ」




 近場の喫茶店で、カフェモカをやけ飲みしていると、またしても例の天使がやってきた。テーブル席の向かい側に座り、ウェイターにアイスコーヒーを注文している。

「どうしてこんなことをさせるんだ?」

「前にも言ったでしょ。僕は暴力を愛しているからだよ」


 にっこりと、無垢な笑みを浮かべる。


「だから皆にも、もっと暴力を好きになってほしいんだ」

「そんなの意味あるか? なんでもそうだけど、好きになる奴は元々好きだし、嫌いな奴は一生嫌いなままって気がするけど」

 頬杖をついて抗議すると、少年はふふんと指を上げた。

「シイタケなりウニなり、嫌いな食べ物がある人に向かって、こういう風に言うことがあるよね。『お前は本当のそれを食べたことがないからだ。本当に美味しいのを食べれば、お前もきっと好きになるよ』って」

「でも食べ物とは違うだろ」

「同じさ。むしろとてもよく似ている。食べるという行為は、何よりも暴力に近しい」

 アイスコーヒーが運ばれてくる。氷がたっぷり入った美しいグラスを前にして、天使のような少年は語った。


「この街では皆、『自分は暴力とは関係ない』って顔をして生きている。でもこのアイスコーヒー一杯にしたって、暴力なしでは成り立たない。コーヒー農園では多くの労働者たちが搾取に喘ぎ、先進国のバカな若者は、そんな貧者の生き様に感動を見出して帰っていく。彼らは自国で、輸入した資源のエネルギーをふんだんに使って湯を沸かし、それをまた氷で冷やし、それをそこらのコンビニやカフェで、低賃金で働く外国人労働者や留学生から買うんだ。暴力を嫌う人間なんて潜在的にはいやしない。安物の暴力に触れすぎたせいで、自分は平和主義者だ、と思いこんでいるだけのことなんだよ」


 彼の言い分など、私にはほとんどどうでもよかった。

「だとしても、私の仕事にどんな意味がある? 無名のシンガーソングライターなんかを痛めつけて、何になる。しかもあんな回りくどいやり方で。それが今の話とどう繋がるんだ」

安曇あずみ。そこが僕の一番気に入ってるところだよ。もし君がシンガーソングライターを心底痛めつけようと思ったら、どうする?」

 そんなことあるわけないが、一応答えた。

「まあ、適当に拷問するんじゃないか。大切な人を代わりに痛めつけるとか、喉を潰すとか」

「まあ、普通はそうだね。僕はありとあらゆるやり方を愛してるし、実際やったことがあるから、それも効果なくはないことは知ってる。でも思いつく限りをやり尽くしたら、もっと高みを目指したくなってね。今君が挙げたのは、すべて『安物』だ。ただ心や体を壊すだけでは、不十分だったんだ」

 少年は、私の喉を指差した。


「安曇。君は天才だよ。歌を歌うことにかけて、君は10億に一人の天才なんだ。でもそれ以上に素晴らしいのは、そうにもかかわらず君自身、一切歌に興味がないってことだ!」


 まだ私にはちんぷんかんだった。

「で?」

「君は、一人のシンガーソングライターが一生涯をかけてたどり着く最終完成版に、たった一晩で到達してしまう。しかもそれよりクオリティが高い。これは人生のネタバレだよ。これから先自分がやることの結果と無意味さを知らされて、苦しみ、喘ぎ、痛みに悶え……しかし最後には笑顔になる。どうしようもなくね。彼らは暴力的な君の歌声に、幸福と安らぎを見出し、全面的に受け入れるようになる。こんなに嬉しいことはない! だから心配しなくても、君はちゃんと報酬に見合った仕事をしてくれているんだよ」


 私はため息をついた。結局最後まで話を聞いても、やはりよくわからなかった。


「今日の奴は、何か悪いこととかしてたのか?」

「まあそれなりにはね。小学生の時にはクラスの女子をしつこくいじめたり、中学ではフラれた腹いせにネットで色々書き込んで、相手を不登校に追いやったりしたそうだよ」

「うわー。音楽をやる人って、やっぱりヤバいやつが多いのかな」

「かもね」


 私には複雑な哲学はわからない。


 だが少なくとも、他人の希望を平気で奪うような男だったとしたら、自分のやったことにも少しは意味があったのだろうと、そんな風に考えることにした。気休めのような話だったけれど、目の前の少年のようにカフェイン中毒になるくらいなら、甘いものに依存している方がずっといい。わかりやすいし、人間らしい。


「そういえば、キリマンジャロって、大昔に音楽の時間にやったな。あれって作曲家の名前だったんだっけ?」

「山の名前だよ。君はそんなことも知らずに、一緒に行こうとか言ってたの? 呆れるねえ」

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アイスコーヒー・バイオレンス 名取 @sweepblack3

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