第18話 ノブミの街

 その日の夜オレはユリアと話し合った。



「ユリア、そろそろこの村も落ち着いてきたと思うんだ。聖都に向けて出発したいんだけど、どうかな?」


「そうね。子ども達も元気になったし、もういいんじゃないかな。」



 翌日、村長さんのナエルさんに話をした。村長さんから、村人全員に話をしたようで、オレ達が村を歩いていると、感謝の言葉と別れの挨拶をしてくる。



「ツバサ兄ちゃん、ユリア姉ちゃん。本当に行っちゃうの? ここにいればいいのに。」



 子ども達は正直だ。泣きながら駆け寄ってくる。



「ごめんね。サキちゃん。私達も行かなければいけないところがあるからね。」


「うん。」



 オレとユリアは、後ろ髪を引かれるお思いで村を後にした。次は、聖都の手前の街ノブミだ。ノブミの街は現在川を挟んで、街が2分している。東側に王国軍。西側には教皇軍がいて、睨み合いが続いている。そのため、親類さえ自由に会うことができない。そればかりでなく、物流にも不自由をきたしている。


 現在、オレとユリアは街道を歩いているが、どうやら後を付けられているようだ。いくら気配を消して尾行していても、オレの気配感知にはひっかかってしまう。



『ツバサ。後を付けられているぞ!』


『ああ、わかっているよ。』


『そのままにしていいのか? 何なら、わしが片付けてもいいが。』


『ギン。やめてくれ。今のところ害もないから無視しておこう。』


『お前は甘いな。ツバサ。何かあってからでは、手遅れになるぞ!』



 オレは、ユリアに後を付けられていることを話して、注意しておくように言った。


 オレ達は、ノブミの街に入った。人が誰もいない。どうやら、国王軍と教皇軍が一触即発の状態のため、住民たちは建物内に避難しているようだった。オレ達が街を歩いていると、国王軍の兵士たちに声をかけられた。



「貴様らはよそ者か? この街に何しに来た! 怪しい奴らだ。」


「いや、オレ達はブールに行く途中の旅のものです。別に怪しくないですよ。」


「いいから、こっちに来い!!」



 オレ達は、兵士に連れられて国王軍の司令部があると思われる屋敷内に連行された。屋敷の外にも中にも警備兵がたくさんいる。オレ達は部屋に案内され待機するように言われた。しばらく待っていると、そこに、3人の軍人がやってきた。



「お前達が旅のものか?」


「はい。」


「どこから来た?」


「アルティカ王国から来ました。」


「ブールに何しに行くのだ?」


「はい。人を探しているんですよ。」


「人を探しに?」


「それは誰だ。」


「名前はわかりません。若い女性の人です。」


「そのものとはどういう関係だ?」


「・・・・・」



 オレは返答に困った。まさか夢であった幻の女性とも答えられない。ここは嘘も方便だ。



「オレが行き倒れになっていたところを助けていただいた恩人です。」


「そうか。お前は義理堅い奴だな。わざわざアルティカ王国から、この戦時中の国に危険を顧みずにお礼に来るとはな。」


「はい。」


「そこの女は何者だ?」


「はい。私の妻です。」



 隣で聞いていたユリアは顔を赤らめている。



「お前たち、フードを外して顔を見せろ。」



 いわれた通りフードを外した。



「そこの女、お前どこかで見たことがあるな。」


「いいえ。私は初めてお会いします。」



 おれはすかさずユリアを庇った。



「こいつは、母親に似てきれいでしょ? オレは、どちらにも似てないんですよ。見てくださいよ。この黒髪。なんでオレだけ黒髪なんだろう。」



 オレは注意を自分に向けようとわざとおどけて見せる。



「わかった。わかった。もうよい。今日はもう暗くなる。宿はわしが紹介しよう。ただし、川の向こうにはいくなよ! 命の補償はしないぞ!」


「ありがとうございます。」



 オレ達は兵士に連れられて宿屋に行った。宿屋では、1部屋だけが支給された。オレが夫婦と言ったからだ。



「ごめん。ユリア。ベッドで寝てくれ。オレはソファーで寝るからいいよ。」


「私がソファーでいいわ。」


「オレは大丈夫だよ。外で寝るよりましだし。」


「ありがとう。でも、この街の人達はどうしているのかしら。なんかかわいそうだわ。」


「ああ、わかってる。」



 オレはどうしたものかと考えていた。すると、ギンとロンが念話で話しかけてきた。



『ツバサ。お前は、またお節介をしようと考えているな。どうせこの街の人達を助けたいとか考えているのだろう?』


『よくわかったね。』


『ツバサさんは優しいですから。』


『それでどうするつもりだ?』


『いい案が浮かばないんだよね。』


『ならば、今回はわしとロンが何とかしよう。』


『ギンには何かいい方法があるのか?』


『ああ、任せておけ!』


『殺しちゃだめだからな!』


『わかっているよ。』



 ギンとロンは部屋を出て行った。



「ギンちゃんとロンちゃんはどこに行ったの?」



 ユリアが心配して聞いてきた。



「なんか、じっとしているのに飽きたみたいだよ。」



 しばらくして、何やら外が騒がしくなった。オレが部屋から出ようとすると、部屋の前には見張りの警備兵が2人待機していた。



「何かあったんですか?」


「俺たちもわからん。ここにいたからな。」



すると、他の兵士が警備の兵士を呼びに来た。



「おい! 直ぐに戻れと司令官からの命令だ!」


「お前達は、宿から出るなよ!」


「はい。」



 そう言われてオレがはいそうですか、というとおりにするわけはなく、オレはフードを頭からかぶり、気配を遮断して窓から外の様子を見に出かけた。


 外では、兵士達が大声を出しながら走り回っている。



「武器を持って全員、司令塔に集まるように!」


「何があったんだ?」


「ドラゴンが現れたらしい。」


「えっ! ドラゴン?」


「他の人間にも声をかけて、とにかく早く集まれ!」



 オレは、屋根伝いに彼らの後をついて行く。すると、上空を旋回するロンの姿が見えた。ロンが、低空まで下りてきてホバリングをしながら言い放つ。



「この街は、神獣であるこのエンシェントドラゴンがもらい受ける! 武器を持つ者どもよ! 明朝この街を去るがよい! さもなくば、街ごと焼き払い、貴様らを皆殺しにする!」



 ロンは言い終わると、上空に向かって巨大な炎を口から吐き出した。その場にいた、兵士達は動くこともできずに、全員が地面に這いつくばっている。その中、司令官が腰を抜かしながら叫んでいる。



「お前達、何をしている! あいつを追い払え!!」



 だが、司令官の指示に従うものは誰もいない。1人2人と武器を捨て、その場から逃げ出す始末だ。



「そこのお前、今、私に攻撃せよと命じたか?」



 ロンが鋭い目つきで司令官を睨む。すると、司令官は股間を濡らしながら必死に弁解を始める。



「おゆ、お許し、ください。命ばかりは・・・・」



 ロンが咆哮をあげると司令官は恐怖のあまり、意識を失った。


 

 オレは、川の反対側にも行ってみた。すると、国王軍と同様に教皇軍も混乱していた。様子を伺っていると、どうやら混乱の原因はギンらしい。ギンが本来のフェンリルの姿に戻っているようだった。


 オレが教皇軍の司令官のいる場所まで移動しようと歩いていると、建物や道路の至る所が凍っている。恐らくギンの仕業だろう。だんだん兵士たちの数が多くなってきた。兵士達は皆、鎧を着て剣と盾を持っている。



「いたぞ―――! あそこだ!!」



 どうやら、ギンは街中を走り回り、兵士達を攪乱しているようだ。オレが、建物の屋上からこっそり見ていると、ギンは教会の屋根に上って咆哮を放っている。下では、その咆哮に鎧を着た兵士達が恐れおののいていた。ギンが兵士達に大きな声で話しかけた。



「わしは、神獣のフェンリルである! ここに神の言葉を伝える!」



 その言葉に、1人を除いて、兵士達が全員膝まづく。



「お主たちは誰のための兵士か? 教皇か? 神か? それともか弱き民衆のためか? よく考えるがよい。」


「だまれ! オレは認めぬぞ! お前ごときが神獣を名乗るな! 薄汚い魔物め!」



 ギンは、闘気を高めた。すると、ギンの身体から光が発せられて、さらに体を大きくなる。すでに体長が5mはあるだろう。そして口から天に向かって冷気を放つ。空気中の水蒸気が氷り、煌めきながら地面に舞い落ちた。オレから見ても、ものすごく幻想的な光景だった。



「神よ! お許しを!」


「我を許したまえ!」



 1人立っていた司令官らしき男さえも、武器を捨てて跪く。他の兵士たちも武器を捨て始めた。



「お主たちに命ずる! 武器を捨て、この街より去れ!!」 



 ギンがその場を立ち去ると、兵士達も立ち上がりその場を後にした。


 オレは、宿屋の部屋まで転移した。すると、オレが突然現れたことにユリアは動揺している。



「ええっ!・・・・ええっ!!! どこから帰ってきたの?」


「窓からに決まっているじゃん。」


「でも、音もしなかったし、気付かなかったよ?」


「音を出したら外の警備兵に見つかるからね。」



 オレは必死に惚けた。



「今度帰ってきたら、ちゃんと声をかけてね。着替えているかもしれないでしょ?」


「そうだね。ごめん。」



 しばらくしていると、ギンとロンも帰ってきた。



『ギン。ロン。ご苦労さん。2人を見てたけど、やっぱり神獣はすごいね。』


『お恥ずかしい。ツバサさん、見てたんですね。』


『オレは気が付いていたぞ!』


『2人とも約束通り、怪我人も死人もださなくてよかったよ。』


『当たり前だ! わしを誰だと思っている。』



 その後、オレ達はぐっすりと寝た。相変わらず、羨ましいことにギンはユリアの腕の中だ。


 翌朝、起きると外からにぎやかな声が聞こえた。窓を開けてみてみると、街の人々が外に出ていた。まだ、店は閉まっているが、普通の街の光景だ。オレとユリアは、朝食を済ませて街を散策する。



「ツバサ。兵士達がどこにもいないよ?」


「そうだね。」


「昨日何があったの? 正直に答えて。」



 ギンとロンの正体を明かすわけにはいかないので、別の言い訳を考えた。



「オレもよく知らないから、街の人に聞いてみようよ。」



 オレはユリアと二人で、街の人に聞いてみた。



「すみません。オレ達旅の者ですが、兵士さん達の姿が見えないようですが、何かあったんですか?」



 オレの両肩で、ギンとロンがにやついている気がした。



「昨日の夜、神獣のエンシェントドラゴン様と、同じく神獣のフェンリル様が現れて、兵士達に出ていくように言ったのよ。それで、この街から兵がいなくなったって話よ。」


「そんなことがあったんですか?」


「あんた達もよかったね~。もしかしたら、今日あたりこの街で戦争が始まるところだったのよ。」


「いや~。助かりました。神獣様達のおかげですね。」



 それから、ユリアと街をぶらぶらすると店が開き始めた。



「なぁ~。ユリア。川の向こうにも行ってみないか?」


「うん。行ってみたい。」



 川の反対側に行くと市場があった。商品の数は少ないが、すでに開店している店もある。オレ達はお腹が空いたので、屋台で肉串を8本買って、一人2本ずつ食べることにした。



「ねぇ。ツバサ。これに胡椒をかけてくれない?」


「そうだね。ギンとロンの肉にも胡椒をかけてあげるよ。」



 屋台のおじさんがオレ達のことを不思議そうに見ていたが、肉にかけているものが気になったらしく聞いてきた。



「なぁ、君。そのかけているものは何だい?」


「ああ、これですか? これは胡椒ですよ。」


「胡椒?」


「そうですよ。これをかけるとより一層美味しくなるんですよ。」


「なぁ~、俺も食べてみたいから、これにかけてくれないか?」



 オレはおじさんが渡してきた肉串にも胡椒をかけてあげた。おじさんはそれを一口食べて驚きの声を上げる。



「なんだ~! これ?! ものすごく旨いぞ! なぁ、これはどこで手に入るんだ?」


「ぺノン村に行けば手に入ると思いますよ。」


「あそこは、戦争で焼き払われて、食べ物が無くてみんな困っているって噂を聞いたぞ!」


「オレ達が立ち寄った時には、食料は豊富でみんな元気でしたけどね。」


「そうか~。噂なんてもんはあてにならねえなぁ。ありがとうな。兄ちゃん、お礼だ!」



 オレは、さらに4本の肉串をもらった。

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