第17話 聖女ユリア

 ユリアが聖女かもしれないとギンとロンから言われたが、この世界の人間ではないオレにとってはあまりピンとこない。



「ギン。ユリアが聖女だとして困ることは何かあるのか?」


「恐らくユリアはお前を好いている。お前もユリアを好いている。だが、聖女はそれを許されないのだ!」


「どういうこと?」


「聖女とは、神の声を聴くことのできる唯一の人間だ! その心も体も清らかでなければならぬ。つまり、お前達がいくら大事に思いあっても、結ばれることはない。」


「そうか~。でも、別にオレはそんなんじゃないから。オレは、あのコインの女性を探すためにこの国に来たわけだし、それに・・・・・」


「ツバサさん。私が聞いてはまずいことですか?」


「ツバサ。ロンは信用しても大丈夫だ。オレと同じようにすべてを話せ。」



 オレは、ロンに自分のことをすべて話した。この世界の人間でないこと、もう顔は思い出せないが、不思議な女性に出会ったこと、コインのこと、魔力量が多いことなどすべてを話した。



「なるほど、納得しました。ツバサさんがどうしてこんなに強いのか、そしてどうしてこんなに優しいのか、すべて納得しました。」


「ところで、ロン。彼女が本当に聖女かどうか調べるにはどうしたらいい?」


「聖女なら神のごとき治癒魔法が使えます。少し痛いですが、わざとケガをされてはいかがですか? 例えば、剣で腕を傷つけるとか。」


「え~! それって、痛そうじゃん! それに聖女じゃなかったらどうするの?」


「ツバサ。お前はアホか? その時は、自分で治癒魔法を使えばいいだろう。」


「ああ、そうだった! オレ治癒魔法を使えたんだ。」


「なんと、ツバサさんは治癒魔法もお使いになるのですか? やはり・・・・」


「ロン。オレは人間だからね!」



 夕食時、オレの部屋をノックする音が聞こえた。



「ツバサいる~? ご飯にいこうよ。」


「痛ッ!」



 オレは自分の腕をわざと切った。少し深く切りすぎたか、血が流れている。ユリアが慌てて部屋に入ってきた。オレが腕から血を流しているのを見て慌てている。



「ツバサ、ちょっとだけじっとしていてね。」



 ユリアはオレの腕に治癒魔法をかける。



「リカバリー」



 すると、みるみる傷が塞がって行った。



「もう大丈夫よ。」


「ありがとう。ユリア。でも、今のは治癒魔法だよね?」


「えっ? え~ま~・・・・・」


「確か、今のような高度な治癒魔法って『聖女』のような人しか使えないんだよね?」


「前も言ったけど、よく覚えていないのよ。」



 ユリアは言葉を濁して言いたくない様子だ。オレは無理して聞いてもしょうがないと思い、知らないふりをした。その後2人は食事をしてそれぞれの部屋に戻って寝た。



「ツバサさん。やはり、ユリアさんは聖女で間違いないですよ。」


「オレもそう思う。」



 カブーロの街に来てから4日目の朝、オレ達は聖都ブールに向けて旅立った。次に目指すのはぺノン村だ。ユリアが言うには、もともとは土地が肥沃な穀倉地帯だ。ただ、ここ最近の内乱によって畑はめちゃくちゃに荒らされ、とても収穫できる状況ではない。村ではその日に食べる物すらなく困っている状況だ。


 オレ達が村に入ると、悲惨な状況だった。大人も子どももやせ細っている。オレ達の姿を見ると、大人たちも子ども達もみんな集まってきた。



「旅の方よ。何か食べ物を持っていないか? お願いだ! 何か食べ物があれば、恵んでくれないか?」



 オレは、空間収納に大量の米を持っている。魔物の肉も大量にある。そこで、ユリアに言って、村の中央広場で炊き出しをすることにした。村の各家庭から鍋を集めた。便利な樽があったので、その中に井戸から水を汲んできた。ロンとギンには薪を集めに行ってもらった。


 1日目は、村人たちにおかゆを作って食べさせた。2日目は、水分を少なめにしてご飯を炊いた。3日目は普通のご飯にした。肉は、大量にあるオーク肉を柔らかく煮込んだ。3日目には焼肉だ。


 だが、その間も病気にかかり苦しんでいる人達もいたので、ユリアが各家庭に治癒魔法をかけて回った。ユリアは、村人達から拝まれるようになっていた。



「あなた様は、聖女様ですか? ありがたい。ありがたい。」


「いいえ。私は違いますよ。」



 オレもユリアどうように神様扱いされてしまった。オレは、村民の方達に困っているときはお互い様だと納得してもらい、現在は普通に名前で呼んでもらっている。



「ツバサ。この後どうするの? 私達が旅に出ていなくなれば、またこの人達は飢えるわよ。」


「そうならないようにするさ。」


「どうやって?」


「まっ、考えてみるさ。」



 オレは今まで自分が立ち寄った街で、食材が豊富な場所に転移した。最初に、フエキさんのいるワサイ村だ。ワサイ村では、大量の野菜を仕入れた。次にホクトの街に行って米を大量に仕入れ、最後にホスマの街に行って果実を大量に仕入れた。


 ぺノン村にどもったオレは、村人に広場に集まってもらった。



「皆さん。オレ達は、ずっとここにいることができません。そこで、せっかく肥沃な土地があるのですから、もう一度作物を作ってみませんか?」



 村長のナエルさんが質問してくる。



「ツバサさん。私達もそうしたいのですが、種も残っておりません。私達は、ツバサさんのおかげで少しばかり体力が戻りましたので、この村を捨てて出ていこうかと相談していたんですよ。」


「種や苗木ならオレが持っています。野菜や果物、そして皆さんは知らないかもしれませんが、お米というものもあります。もう一度皆さんで頑張ってみませんか?」


「それは本当ですか? どうするみんな?」


「でも、作物が育つまでには時間がかかりますだ。その間に皆飢え死にしてしまいますだ。」


「作物が育つまでの期間の食べ物は、オレが提供します。安心してください。」



 オレは、皆の前に大量の野菜・果物・米・そして魔物のホーンラビットとオークを出して見せた。



「ツバサさん。今、どこから出したのですか?」


「ああ、この鞄は魔法が付与してあるんですよ。」


「そうですか。そうれにしてもこの食料はすごい量ですな? これだけあれば十分でしょう。」



 どことなく歓声が上がった。



「俺達出ていかなくていいんだ!」


「神様~!」


「やるぞー!」


「ありがとうございます。ありがとうございます。」



 その後、オレは最初に広大な畑の区画整理をした。まず、小川の南側一帯を米を育てる田んぼにした。そして、その反対の北側一帯を野菜を育てる畑にして、西側と東側にはそれぞれ果物の苗木を植えて果樹園を作った。3週間ほどかかってしまった。


 その間、ユリアは子ども達を集めて勉強を教えていた。ギンとロンは子ども達の遊び相手になっている。



「ユリアお姉ちゃん。ありがとうございました。」



 広場の端に建てられた小屋の中から、子ども達の声が聞こえた。子ども達が小屋から一斉に出てくる。



「勉強おわったよ~。ツバサ兄ちゃん遊ぼうよ。」



 オレは両手を子ども達に繋がれて身動きできないで困っていた。そこに、村長のナエルさんがやってきた。



「ツバサさん。子ども達に懐かれているようですな?」


「はい。やはり子供は元気に遊ぶのが一番です。」

 

「これもツバサさんやユリアさんのおかげですよ。」



 オレは村長のナエルさんと食料の保管方法を話し合った。オレがいる間は空間収納に入れておけば腐らないが、オレがいなくなった後は保存ができない。



『ギン、ロン。食糧を保管するのに、長く冷やせるような小屋みたいなものを作りたいんだけど、何か方法はないかな?』


『オークキングのような強力な魔物の魔石があれば作れるかもしれなないな?』


『心臓のような場所にある石のようなもののことか? あれってそんなことができるのか?』


『ああ、できるぞ! 魔石は魔物が活動するためのエネルギーを保存するものだ。だから、その魔石を小屋に設置して、魔力を流し込んでやったらいい。』



 オレは、以前オークキングを討伐している。すでに、ギルドなんかで売却してしまったかもしれないと、一応空間収納の中を探してみた。



「あった―――。」



 空間収納の中に、オークキングとオークジェネラルが1体づつ残っていた。オレは村長のナエルさんに事情を説明して、村人に協力してもらって村の中に食料庫を作った。そして、村の中で魔力の強そうな女性に魔力を流し込んでもらった。すると、少しづつ小屋全体がひんやりしてくる。



「ツバサさん。やりましたね。これなら、食料を今よりも長期に保存できますよ。」


「これで、もうこの村も飢えることはない。本当にありがとうございます。」



 村人達から感謝された。


 するとユリアが後ろから声をかけてきた。



「ツバサはやはりすごい人ね。こんなものまで作っちゃうなんて。それに、この前、どこかに出かけていたでしょう? どこにいっていたの? その後、急に野菜や果物を出してたわよね。」





 なんか、ユリアには怪しまれてる。いつかばれるんだろうな。でも、こちらからばらす必要はないしな。




 最初の畑を作ってから1か月ほどが経った。畑に行くと、しっかりと野菜が出来ている。オレは、ユリアと子ども達と一緒に畑で収穫をしていた。



「大変だ~! ツバサさ~ん!」


「どうしたんですか?」



 村長のナエルさんが慌てて走ってきた。



「盗賊です。盗賊達が襲ってきました。」



 オレは、急いで盗賊達のところに向かった。盗賊の首領と思える奴が大声で叫んでいる。



「この村は、食べ物が豊富そうだ。俺達がお前らを守ってやるから、食べ物を寄こせ!」



 村人達が武器代わりに、手に農具を持って言い返している。



「俺達は死に物狂いでこの食べ物を育てたんだ! お前達にくれてやるものはない!帰れ!」


「わからん奴だな~。痛い思いをしないとダメか?」



 盗賊達は剣を抜いた。総勢20人ほどいる。村長のナエルさんが小声で教えてくれた。



「あいつらは元々兵士ですよ。恐らく、国王軍でしょう。怪我か規則違反で軍を追い出されたんでょう。」



 盗賊の一人が村の子どもを連れてきた。ユリアに懐いていた女の子だ。ユリアが反応する。



「サキちゃん!!!」


「こいつの命が欲しければ俺達の言うことを聞きな。」


「あなた達、子どもを人質にするなんて卑怯でしょ!! その子を放しなさい!」


「卑怯も何もないんだよ。さあ、どうする?」



 オレはこれまで目立たないようにしてきた。これからもそうしたい。だが、この状況を打破するには、ある程度の実力を出すしかないだろう。



「テレポート」



 オレは瞬間移動で、サキの近くに行きサキを連れて再び、瞬間移動する。 


 突然、人質が消えたことに盗賊達が動揺している。



「何が起こった? 人質の娘はどこだ?」


「こうなったら仕方がない! お前ら、こいつらを殺して食料をいただくぞ!」


「おー!!!」 



 盗賊達が一斉に剣を抜いて襲い掛かってきた。このままでは、村人に犠牲者が出てしまう。




 仕方ない。




 オレは地球にいた時も、この世界に来てからも人を殺したことはない。どんな悪人も、殺すのでなく後悔をさせ、償いをさせることの方が大事だと思っているからだ。そして、なによりも、人を殺す覚悟がないのだ。


 ギンが念話で話しかけてきた。



『ツバサ。こいつらはダメだ。人を殺しすぎている。既に良心など持ってはいないぞ! お前がやらぬなら、わしがこ奴らの頭をかみ砕いてやろう。』



 オレは盗賊の首領に魔法を発動する。



「ウォーターカッター」 



 水の刃が首領の首に当たり、首領の頭が血を拭きでして地面に転がった。



「ヒェ―――――!!!」



 村人たちは、その光景に悲鳴を上げ、後ろに逃げていく。盗賊達も首領が殺されて一旦動きを止めたが、顔は鬼の形相だ。



「首領を殺ったのは、誰だ? 出てこい!!」


「オレだ!」


「貴様~! こいつを殺すぞ! 首領の仇だ!」



 他の盗賊も一斉に切りかかってきた。幸いなことに、村人に向かうやつはいない。全員がオレに向かってきている。オレは、剣を抜いて目にも止まらぬ速さで盗賊達の間を駆け抜けた。オレが、駆け抜けた後では、盗賊たち全員の首が胴体から離れている。




 終わった~。 




 オレが一人、血の付いた剣を持ったまま立っているとユリアが近寄ってきた。



「ツバサさんはやはり強いですね。」


「・・・・」


「どうしたの?」


「強いもんか。オレはただの人殺しだ。こんなにたくさんの人を殺してしまった。」



 ユリアがそっとオレの肩に手を置く。



「ツバサさんが彼らを殺さなければ、村人たちは全員殺されていましたよ。それに、この人達は、恐らくほかでも大勢の人を殺してきたでしょう。ツバサさんは、この人達にこれ以上の罪を作らせなかったんですよ。」



 オレの心は重い。だが、ユリアの言葉に少しだけ勇気づけられた。

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