第15話 運命の出会い
翌日、アンドレ辺境伯の家族にも挨拶を済ませ、オレとギンはナデシノ聖教国に向けて旅立った。先日、魔法を放った演習場の近くを通りナデシノ聖教国に入った。最初は、カブーロの街を目指すことになる。
さすがに、現在ナデシノ聖教国とアルティカ王国で紛争中のため、検問は厳しい。たくさんの兵士の姿が見える。一般人はオレしかいない。
「お前! どこに行くつもりだ?」
「はい。聖都ブールに行く予定です。」
「お前はアルティカ王国の者か?」
「いいえ、旅をしているだけです。」
検問でいろいろと質問された。
出身地を聞かれたらまずいなぁ~。
オレがそんなことを考えていると、突然ギンがオレの肩から飛び降りて、走って行ってしまった。
『わしが走って離れるから、焦った様子を見せろ!』
『了解。』
オレは、慌てたふりをする。
「ギン! 待て~! すみません大事な犬なんです。お~い! ギ~ン!」
「わかった。わかった。行ってよし。」
「ありがとうございます。」
オレは、慌ててギンを追いかけるふりをする。しばらく走って検問が見えなくなったところで、ギンが待っていた。
『どうだ。うまくいっただろう。』
『ありがとうな。ギン。』
『ツバサ。今日の夜はステーキな。』
『わかったよ。』
オレはギンと再びカブーロの街を目指して歩き始めた。それから3日ほど野宿をしたとき、街道を前から走って逃げてくる人がいる。オレと同じように頭からフードをかぶっているので、性別はわからない。その後ろから10人ほどの兵士たちが追いかけている。
「待て――――!」
フードの人物は、オレの近くに来ると懇願してきた。
「どうかお助け下さい。殺されてしまいます。」
声からすると女性のようだ。見た目は悪人のようではない。オレは、兵士たちの前に立ちはだかった。
「貴様~! 何をする! その女をこちらに渡せ!」
どう見てもこの兵士たちの方が人相が悪く、悪人に見える。
「渡したらどうするつもりですか?」
「お前には関係がないだろう!」
すると、兵士達が一斉に切りかかってきた。オレは、素早い動きで拳で殴り、一人また一人と意識を刈り取っていく。そして、空間収納の中から縄を取り出し、全員の手足を縛り上げ、そのまま放置した。
「ここから離れたほうがいい。」
オレは、女性の手を取り、街道から外れて森の中に入って行った。しばらく行くと、森の中に小川が流れていたので、そこで休憩をすることにした。
「危ないところを助けていただいてありがとうございます。」
その女性が感謝の言葉を口にする。
この声、どこかで聞いたことがあるんだよなぁ。どこだったかな~?
オレはフードを取り、自己紹介をしようとした。
「えっ!! 黒髪に黒い瞳!」
「それがどうかしましたか?」
「ええ、初めて見たので驚いてしまいました。ごめんなさい。気を悪くしないでください。」
「珍しいですよね。よく言われますから、気にしませんよ。オレの名前はツバサです。それで、あなたはどうして追いかけられていたんですか? あの人達はこの国の兵士ですよね?」
「あっ、はい。よくわからないんです。突然追いかけられて、誰かと間違いでもしたのかもしれません。申し遅れました。私の名前はユリアです。一人でいるとまた襲われるかもしれないので、ツバサさんに同行したいんですがいいですか?」
ユリアもフードを取った。オレは、ユリアの顔をジーと見詰めていた。
「どうかしましたか? ツバサさん。私の顔に何かついていますか?」
「いいえ、そういうわけじゃないんですが、一度どこかでお会いしたことがありますか?」
「初めてだと思いますよ。」
「そうですか~?」
どこであったかは思い出せないが、なぜか初対面の気がしなかった。
「それで、ツバサさんはこれからどこに行くつもりですか?」
「はい。最初に、カブーロの街に行って、それから聖都ブールまで行こうと思います。」
「ちょうどよかったです。私も同じことを考えていました。是非ご一緒させてください。」
オレは緊張した雰囲気が苦手なのでおどけて見せた。
「いいですけど、襲っちゃうかもしれませんよ?」
「ツバサさんはそんな人じゃありません。私にはわかりますよ。」
「普通ならね。でも、ユリアさんのような美人ならわからないよ~。」
ユリアは顔を赤らめて恥ずかしそうに下を向いた。
「美人だなんて、初めて言われました。」
『雰囲気がいいところ悪いが、わしの紹介はしてくれんのか? ツバサ。』
『ごめん。忘れてたよ。』
「ユリアさん。この肩に乗っている子犬はギンね。大食漢だけど、よろしくね。」
「可愛い―――――! 抱っこしてもいいですか?」
ユリアはギンを抱っこして、顔をこすりつけてモフモフしている。
「気持ちいいわ~。」
『ツバサ! 止めてくれ! こやつの胸で息が出来ん!』
『そんなこと言えないよ。』
ギンはユリアの胸で必死にもがいていた。
しばらく休んだ後、3人はカブーロの街に出発することにした。当然オレとユリアさんはフードをかぶっている。
ユリアは心の中で最高神リリーゼに感謝した。
リリーゼ様。ありがとうございます。あなた様のお告げの通り、黒髪で黒い瞳の青年と出会うことができました。これで、この国も救われるかもしれません。感謝いたします。
オレとユリアさんは街道沿いは危険と判断して、川沿いを下っていくことにした。森の中とあって、大小さまざまな魔物と遭遇した。
「きゃ――――! ツバサさん! 角の生えた猪がいるわ! こっちを睨んでる!」
オレは、腰から剣を抜き、一刀のもとに切り捨てた。その後血抜きをして、何も気にせずいつものように空間収納にしまった。
「えっ!!! ツバサさん、猪が消えたわ! どこに行ったの?」
やばい! 何も考えてなかったよ~。こうなったら、説明するしかないよなぁ~。
「ユリアさん、ちょっといいかな。」
「これから一緒に旅をするにあたって、知っておいて欲しいことがあるんだよ。」
「なんですか?」
「実は、オレ記憶喪失なんだ。気付いたら、アルティカ王国の草原の中で倒れていて、人に助けられたんだよね。その時、このコインを握っていたんだよ。このコインがナデシノ聖教国の物だって知って、何か思い出せるかもしれないと思って、聖都ブールに向かっているんだよ。ただ、これまでに旅の途中でいろいろあって、何かいろんな魔法が使えるようになったんだ。今のも魔法で作った空間の中に収納したのさ。だけど、あまり目立ちたくないから、ユリアさんが見たことを秘密にして欲しんだ。いいかな?」
「実は、私も記憶がないんです。自分が何者なのかわからないんです。ツバサさんと同じですね。秘密は守りますよ。安心してください。」
ツバサさんには申し訳ないけど、ツバサさんがリリーゼ様の予言の人だと確信が持てるまでは、私のことは秘密にしないといけない。何を聞かれてもいいように、記憶喪失で通すしかないわ。
「よかった~。じゃぁ、先に進むよ。」
お互いに、それぞれの境遇を話したためか、2人の距離が少し縮まった。
「あのさ~。当分一緒に旅をするのに、お互い気を遣うのって良くないと思うんだ。オレのことは、ツバサって呼んでくれるかな。オレも、ユリアって呼ぶからさ。」
「そうね。私も本当は堅苦しいの苦手なんだ。」
ユリアはベロを出しておどけて見せた。
しばらく歩いているうちに、だんだんと暗くなってきた。
「今日はここで野宿するよ。」
「うん。」
「ギン。薪を拾ってきてくれるか?」
ギンは、薪を拾いに行った。オレは、空間収納から調理器具と食材を出して、調理を始める。先ほど仕留めたホーンボアの肉をステーキ用に切り分け焼いていく。味付けは、塩と胡椒だけだ。サラダも作った。ドレッシングは、酢と胡椒と野菜をすりつぶしたもので作った。
「いい匂いだわ~。」
「じゃぁ、食べようか?」
ユリアはステーキを一口食べて感動の声を上げる。
「美味しい~! こんな美味しいお肉料理、初めてよ。」
「それはよかった。旅先の宿屋の女将さんに教えてもらったんだよ。」
「ツバサ。おかわりある?」
「いくらでもあるよ。」
ユリアとギンがまるで競争するかのようにステーキを食べた。
「お腹いっぱいだわ~。少し休んだら、私、水浴びしたいんだけど、いいかな?」
「えっ! ここで?」
「そうよ。だって、汗かいて気持ち悪いんだもん。」
「いいよ。オレが見張ってるから。」
「ありがとう。ツバサ。」
オレは、ユリアが水浴びをしている間にテントの用意をした。オレは、別に水浴びをしなくても自分に『クリーン』の魔法をかけるので問題ない。むしろ、ユリアを一人にしないようにする方が大事である。
「ありがとう。テントを用意してくれたんだ。」
「ああ、ユリアはテントの中で寝ていいぞ。」
「ツバサはどうするの?」
「オレはいつもと同じように、そこらへんで寝るからいいよ。」
「私だけ悪いわ。」
「若い男女が同じテントで寝るわけにいかないだろう。」
「やっぱり、ツバサが襲ってくることはなさそうね。ギン、おいで。一緒に寝よ。」
ギンは生意気に尻尾を振ってテントに入って行った。
オレ達は、昨夜食べ過ぎたせいか、翌朝は何も食べずにカブーロに向かった。
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