第14話 サカミの街

 オレはホスマ村を後にして、次の街サカミに向かうことにした。ここは、アルティカ王国の最も東の街だ。この街を超えれば、もうナデシノ聖教国だ。そのため、アルティカ王国の有力貴族であるアンドレ辺境伯が治めている。


 ホスマ村を出て約2週間、もうすぐサカミの街だ。ここまでくる間に、街道沿いの森に入り、いろいろな魔物を退治した。それもあって、時間が掛かったのかもしれない。


 サカミの街は、カツマの街と同様に高い城壁で囲まれている。しかも、門兵がいて、しっかりと検問が行われていた。オレは長い列に並んで待つことにした。2時間ほどでオレの番が来た。オレはフードを被っていたが、門番からフードを取るように言われて、仕方なくフードを外した。



「珍しいな。黒い瞳に黒い髪か? どこの出身だ?」


「記憶がないので出身地はわかりませんが、身分証は持っています。」


「怪しい奴だな! お前はこっちに来い!」



 オレは門兵に連れられて、領主館に行くことになった。




 まずいなぁ~。逃げちゃおうかなぁ~。




『やめた方がいいぞ! お尋ね者になってしまうぞ!』


『でも、面倒ごとになったらどうしよう。』


『なるようになるさ。』



 オレがギンと念話で話をしていると、門兵が不思議そうに見ている。



「もうすぐだ。領主様には無礼がないようにしろよ。それと正直に答えるようにな。」


「はい。」



 オレが領主館に着くと少し広い場所に通された。そこに、いかにも軍人という厳つい恰好をした男性がこちらを睨んで立っている。その両隣には、赤い鎧のようなものを着た男と黒い鎧のようなものを着た男が立っている。


 どうやら真ん中にいる男性がアンドレ辺境伯らしい。アンドレ辺境伯が聞いたきた。



「黒髪の男よ。名をなんという。」


「はい。ツバサと言います。」


「これから聞かれたことには正直に答えよ。」


「はい。」


「お前はどこから来た。」


「はい。アルタナから来ました。」


「ずいぶん遠いところから来たんだな。どこに向かっている。」


「はい。ナデシノ聖教国に用事があり、そこに向かっています。」


「お前はどこの出身だ?」


「すみません。記憶がないのです。」


「記憶がない?」


「それは本当か?」


「はい。」



 アンドレ辺境伯が赤い鎧の男に目配せをすると、男は一気にオレの前に来て剣を振り下ろした。咄嗟のことにオレはそれを避けた。



「お前のその動き、只者ではないな。」


「・・・・」



 このアンドレ辺境伯という人間はどこかおかしい。オレの言っていることを、まるで真実か嘘か見破っているようだ。



『ギン。ピンチだ! この人に嘘は通用しそうもないよ。』


『魔眼だな。嘘と真実を見抜く目を持っているんだよ。気を付けろ。ツバサ。』


「もう一度聞く。お前はどこの出身だ?」


「・・・・」


「答えられぬか?」



 今度はアンドレ辺境伯が黒い鎧の男に目配せをした。すると、黒い鎧の男は剣に炎を付与して剣を横に振って炎の斬撃を飛ばしてきた。


 もうどうにでもなれと思い、オレはその斬撃を叩き落す。



「何~! クロの斬撃を叩き落すだと~。」

 

「どうやら、ホクトのギルドマスターのスザンヌが言ったことは真実のようだな。」


「どういうことですか?」


「すまなかったな、ツバサ殿。お主を試させてもらった。」


「オレのことを知っているのですか?」


「ああ、お主はホクトの街のギルマスのスザンヌを知っているだろう。あいつはわしの妹だ。」


「はい。えっ?! そうなんですか?」


「あいつが、手紙でなぁ、お主がこの街に行くから、困っていることがあったら解決してもらえと言ってきたんだ。それで、お主の力を試させてもらったというわけだ。」


「勘弁してくださいよ。オレは、本当にナデシノ聖教国に行きたいだけなんですよ。」


「そのナデシノ聖教国が問題なんだよ。」


「えっ! どういうことですか?」


「あの国は、今、内乱状態だ。教皇派と国王派が権力をめぐって争っているんだ。その飛び火が我が領土まで来ている。それゆえ、このような格好をしているのだ。」


「でも、それって、オレには無関係ですよね?」


「わしに協力して、国境付近の治安を守ってくれないか? しばらくの間だけでよいのだ。」


「でも、オレは目立ちたくないんですよ。」


「よかろう。ならば、お主が目立たないようにわしが配慮しよう。それならばどうだ?」


「わかりました。でも、オレにできることしかしませんからね。」


「では契約成立だな。目立たないようにするために、しばらくは我が屋敷に住むがよい。」


「え~! 貴族様の屋敷なんて息が詰まりますよ。」


「お前は正直な奴だなぁ。気に入ったぞ! 今日よりオレとお前は友だ! お互いに敬語や気を遣うのはやめようではないか? それでどうだ?」


「アンドレ様がそういうのであればそれでいいです。」


「アンドレだ! 呼び捨てにするがよい。わしもお主をツバサと呼ぼう。」


「昔からオレは年上の人を呼び捨てにはできないんですよ。アンドレさんではどうですか?」


「構わないぞ! お前記憶がないのではなかったのか? ワッハッハッ」


「敵わないな~。アンドレさんには。」



 オレはアンドレさんの屋敷に居候することになった。そこで、アンドレさんの家族と使用人達を紹介された。アンドレさんの奥さんでヨハンナさん。息子のジョージさん。娘のハヅキさん。執事のセバスさん。メイド長のサリーさん。気になるのはハヅキさんだ。オレを見る目が獲物を狙う目をしている。考えすぎだろうか。


 オレはこの街では自分の実力を隠す必要もないので、少し気が楽だった。ただ、アンドレさんとジョージさんの稽古相手にされるのは気が重い。まして、娘のハヅキさんとの稽古となると余計だ。怪我をさせるわけにもいかない。



「それにしても、ツバサさんは強いな~。」


「何を言っている! ジョージ! ツバサは全く本気を出していないぞ!」


「本当ですか?! ツバサさん。」


「・・・・」


「ショックだな~。」



 ジョージは、オレが力を出していないことにショックを受けていた。



「いいわ。兄上。私が敵を取ります。」



 娘のハヅキが、練習用の刃をつぶした剣で切りかかってきた。オレは、それを軽く避ける。さらに、ハヅキが切りかかってくるが、それも簡単に避ける。こうなると、まるでスペインの闘牛だ。何度かそれを繰り返したが、すでにハヅキは肩で息をしている。



「ダメだ~。私じゃ相手にならないわ。でも、ツバサさんの本気を見てみたいわ。」


「あっ、俺も見たい!」


「わしも見てみたいな。」


「すみません。オレ、剣は苦手なんですよ。」


「え~!!!」



 3人がハモる。



「じゃぁ、何が得意なの?」


「オレは魔法の方が得意かな。」


『ツバサ。この際だから、お前の魔法を見せてやったらどうだ?』


『ここじゃまずいよ。屋敷が壊れちゃうよ。』


「なら、ツバサさん、あなたの魔法を見せて。」


「ここでは無理ですね。」


「どうして?」


「街がなくなってもいいなら、やりますよ。」


「え~!!!」



 再び、3人がハモった。 



「それなら、広い場所があるからそこに行けばいいんだよな? ツバサ。」


「はい。できるだけ広い場所がいいですね。」


「父上。それって、国境の演習場のことですか?」


「そうだ! そこで、ツバサが魔法を発動すれば、紛争も治まるかもしれん。一石二鳥ということだな。」



 翌日は、オレはハヅキさんにサカミの街を案内してもらった。今まで見てきた度の街よりも栄えている。さすがに東の都と呼ばれるだけのことはある。店が多いだけでなく、屋台もたくさん出ていた。



「そうだ! ツバサ。私のことはお父様と違うからハヅキって呼んでね。ハヅキさんって他人行儀よ!!」


「ハヅキさんがそれでいいならいいですよ。」


「だから、他人行儀はやめて! ハ・ヅ・キよ!! いいわね!」


「はい。」



 ギンが念話で話しかけてきた。どうやら屋台の匂いに我慢が出来なくなったらしい。



『ツバサ。肉串が食いたい。買ってくれ。』


『そうだね。オレも腹減ったし買おうか。』


「ハヅキ。肉串食べようか?」


「肉串なら、あの屋台がいいわよ。あそこの肉はジューシーだし。」



 オレ達が屋台の前まで行くと、屋台の店主が声をかけてきた。



「これはハヅキお嬢様じゃないですか? 珍しく、今日は男の人とご一緒ですね?」


「うるさいわね! どうでもいいでしょ!」



 ハヅキはお見知りのようだ。顔を赤くして怒っている。オレ達は肉串を買って、歩きながら食べている。



「ツバサは本当に昔のことを覚えていないの?」


「ええ、まぁ」


「じゃぁ、結婚していたのかもしれないってこと?」


「よく覚えていないんです。」



 なんかハヅキの表情が曇っている。



『お前、自覚したほうがいいぞ! ツバサ。女たらしが。』


『別にオレは・・・』


「えっ? ツバサ、何か言った?」


「いいえ。特に言ってないですよ。ハヅキもジョージさんも学校には行かないんですか?」


「ちょっと、ツバサ! あなた私を何歳だと思っているの?」


「14歳か15歳ぐらい?」


「馬鹿にしないでよ!! 私もう18歳よ!」


「そうなんだ~。なんか顔が幼くて人形みたいに可愛いからわからなかったよ。」


「可愛いなんて・・・・」



 ハヅキは真っ赤な顔をしてオレの手を繋いでくる。



「ツバサ。あなたの剣、それ安物でしょ? 武器屋に行くわよ。」



 オレは、ハヅキに連れられて武器屋に来た。



「ここの武器屋は、辺境伯家の御用商人だから、好きなのを選んでいいわよ。」


「でも、オレそんなに高いのは買えないよ。あまりお金持ってないから。」



 なんかハヅキの機嫌がいい。



「お金のことは気にしなくていいわ。辺境伯家で支払うから大丈夫よ。そうね、ツバサにはこの白い剣がいいかな? これ、ミスリル製よ。」


「ありがとう。ハヅキが選んでくれたそれにするよ。」



 翌日、オレはアンドレ辺境伯とその家族、それに兵士達と一緒に国境の演習場に向かった。街の人々はみんな何事かと不思議がっていた。中には、一緒になってついてくる人たちまでいる始末だ。オレはこうなることも予想していたので、いつものように頭からフードを被っている。


 全員が演習場に着いた。その時を今か今かと待ち望んでいる。



「ツバサ、準備が整ったら言ってくれ。」


「アンドレさん、いつでもいいですよ。」


「じゃぁ、見せてもらおうかな。」



 オレは、闘気を全身に纏いみんなの前に出た。



「あのフードの男は何者だ? なんか身体から光が出てるぞ~!!」



 両手を挙げて魔法を発動する。



「ストーム」



 空が真っ黒の雲で覆われ始めた。大気は揺れ、強風が吹き荒れ始める。ところどころに巨大な竜巻が発生している。まさしく天地創造の風景だ。さらにオレは次の魔法を放つ。



「サンダー」



 すると、荒れ狂う空から無数の稲妻が地面へと降り注ぐ。それを見ていた兵士も一般市民も腰を抜かす。最初は口を開けて驚いていただけだが、今は皆地面に平伏し、オレを拝み始めている。


 


 やばい!調子に乗ってやり過ぎた~。



  

 オレは、魔法を解除した。すると、風が止み、雲の裂け目から一條の光が差し込め、オレを包み込む。端から見ればまさに神降臨の様相を呈している。アンドレ辺境伯やその家族さえもが平伏していた。周りからは変な声が聞こえてきた。


 

「神よ!」


「神が現れた!」



 その言葉はアンドレ辺境伯にも聞こえていた。



「ツバサは神なのか?」


「やめてくださいよ。アンドレさん。神な訳ないじゃないですか。」


「ツバサ! 君は・・・・・」


「だから言ったでしょ。魔法が得意だって。オレ、なんか魔力量が普通の人より多いみたいなんですよ。それだけですから。」


「だが、あの魔法はなんだ? 属性魔法ではないだろう? それに雷魔法まで。」


「アンドレさん。魔法っていうのは想像力なんですよ。想像する力と魔力量がオレは特別ってだけですから。」



 アンドレ辺境伯とその家族は立ち上がったが、それ以外の人々はいまだに平伏したままだ。



「アンドレさん。あの人達を何とかしてくださいよ! オレが目立たないようにしてくれるって約束でしょ!」



 アンドレ辺境伯は、大きな声で人々に語り始めた。



「ここにいる諸君。これは極秘の軍事演習だ! 今見たことは他言無用だ! よいな!」



 平伏していた兵士も一般の人々も立ち上がった。その後、オレ達はアンドレ辺境伯の屋敷に戻った。兵士達も自分たちの持ち場に戻り、一般の人々も元の生活に戻って行った。



『ギン。やりすぎたかな~?』


『いいんじゃないか? どうせすぐにこの国から出るんだろう?』


『そうだけどさ~。オレ、人に拝まれたの初めてだよ。』


『わしなど日常茶飯事だぞ!』



 さすがにオレは疲れたので、その日は居候している部屋のベッドで寝ころんだ。気付くと晩御飯の時間となっていたので、食堂に行った。すると、アンドレ辺境伯とその家族がすでに揃っていた。



「すみません。遅くなりました。」



 執事のセバスが椅子を引いてくれる。



「セバスさん。ありがとう。」



 アンドレ辺境伯が話しかけてきた。



「ツバサ。この街に永住しないか? お前が望むなら、すべてを与えるぞ!」



 娘のハヅキがない胸を前に張って言う。



「そうよ! 私の婿になればいいのよ!」


「そうなれば、ツバサさんは俺の弟だな。」



 息子のジョージさんまで同調する。



「すみません。以前お話しした通り、オレはナデシノ聖教国に行きたいんですよ。それに、オレはどこの国にも加担しませんから。」



 アンドレ辺境伯が真剣な顔で言う。



「ツバサ。今のことは他の誰にも言うなよ。誰かに聞かれたら、不敬罪になるからな。」


「あっ、はい。」



 その後、料理が運ばれてきたので、すべて美味しくいただいた。そして、自分の部屋に帰ってギンに相談した。



「オレ、そろそろこの街を出たほうがいいと思うなんだけど、どうかな?」


「そうだな。潮時だな。」


「なら、明日アンドレさんに言ってみるよ。」



 翌朝、朝食を食べたオレはアンドレ辺境伯のところに行った。



「ツバサ。何か用か?」


「はい。」



 オレがアンドレさんに大事なことを言い出そうとした時に、部屋をノックする音が聞こえた。



「入れ。」



 赤い鎧の男と黒い鎧の男が入ってきた。



「ご報告があります。」



 赤い鎧の男がそう言うとオレの方を見た。




 オレに席をはずせということかな。また後で来るか。




 オレが席を立ち上ろうとすると、それをアンドレさんが制止する。



「よい。ツバサもそこに座って一緒に聞いてくれ。」


「はい。」



 すると赤い鎧の男が話し始めた。



「今朝方、国境沿いにいたナデシノ聖教国の軍勢がすべて撤退いたしました。恐らく昨日のツバサ殿の魔法の影響かと思われます。」


「それは誠か? わしの思った通りになったわ。ワッハッハッ~」


「どういたしますか? そのままナデシノ聖教国内に侵攻しますか?」


「いや。こちらの軍勢も撤退させよ。向こうが攻めてこないのなら、こちらから攻め込む必要はない。」



 何故か嬉しかった。人が死なずに済んだことも、アンドレさんが戦争を好んでないことも、オレにとっては嬉しかった。



「お役に立てたようでよかったです。オレ、人が死ぬのは嫌なんで。」


「正直、わしも殺生は嫌いだ。報告ご苦労であった。」



 再び部屋にはオレとアンドレ辺境伯とギンだけになった。



「すまぬ。話が中断した。それで、ツバサの要件はなんだ?」


「はい。そろそろナデシノ聖教国に向かおうと思います。」


「そうか。国境沿いの問題も片付いたし、ここに引き留めるわけにもいかないな。」


「いろいろと配慮していただいて、ありがとうございました。」


「こちらの方こそ、感謝するぞ! ツバサ! お前のおかげで、戦争が避けられたのだからな。」


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