第13話 ホスマ村

 その頃、ツバサはホクトの街を出て、山脈を迂回するコースでホスマ村に向かっていた。



『ツバサ。良かったのか? マリーさんやジミーにお別れを言わなくて。』


『別にいいさ。会いたければ転移でいつでも会いに行けるしね。』


『それもそうだな。』



 ホスマ村に行く途中で何人もの人とすれ違う。以外とホクトの街との関係が深い村のようだ。ということは、食事もうまいかもしれない。オレは、旅の途中で、マリーさんに教えてもらった調味料の材料を探しながら進んだ。砂糖の原料となる植物はいたるところに生えているが、胡椒の原料となる植物はやはり少ない。ただ、種をたくさん持っているので、定着して生活するようなことがあれば、栽培してもいいと思った。


 途中に宿屋もないため、2日ほど野宿したが、ホーンラビットとビッグボアがいたぐらいで問題なくホスマ村に着いた。ホスマ村は、どうやら果実の栽培が中心のようだ。村の周りは果樹園で一杯だ。


 オレは、村に到着した後すぐに宿屋を探した。村の規模はワサイ村と変わらないように感じた。屋台はないが、ワサイ村よりお店は多い。


 表通り沿いに宿屋を見つけたオレは、宿屋に入った。



「2泊ほど泊まりたいんですが、部屋は空いていますか?」


「大丈夫だよ。ただ、その子犬はねぇ~。」


「吠えないし、オレに懐いているから大丈夫だと思うんですけど。子犬の分もお金払いますから。」 


「そういうことなら、いいよ。2人扱いね。朝と晩にご飯がついて一人銀貨6枚ね。」



 オレはお金を払って、部屋に行った。



「ツバサ。野宿でもいいじゃないか?」


「ギンだって、ベッドの上で寝たいだろ?」


「まあな。」



 オレは、部屋で少し休んだ後、晩御飯まで村の中を歩いて回った。すると小さな市場があったので、そこで果物を大量に買い込んで空間収納に入れた。




 そういえば、空間収納の中の魔物がまだたくさんあるよなぁ。どこかで処分できないかなぁ?




 市場を回ると、肉屋があったので買取しているかどうか聞いてみた。



「すみません。肉の買取ってしていますか?」


「ああ、いいよ。裏に来てくれ。」



 オレは、空間収納のことを知られたくなかったので、ホーンラビットを4匹出して持って行った。



「これなんですけど。」


「ホーンラビットか? 1匹あたり大銀貨1枚だな。」


「じゃぁ、それでお願いします。」



 オレは大銀貨4枚をもらってその場を後にした。宿屋に戻ったオレは、夕食を食べて部屋で休んでいると何やら外が騒がしい。窓を開けてみてみると西の空が赤く立っている。どうやら火事だ。オレは頭からフードを被って火事の現場に駆け付けた。



「誰か~! 助けて~!! 中に子どもが・・・・・!!!」



 泣き叫びながら火の中に飛び込もうとしている女性がいた。それを男性が必死に止めている。すでに火は建物全体に回っている。誰が見ても、今、火の中に飛び込むのは自殺行為だ。



『ギン。ここで待っていてくれ!』


『行くのか? ツバサ。もう手遅れかもしれないぞ!』


『やるだけやってみるさ。』



 フードを被ったオレは水魔法で全身を覆って中に入った。



「ウォーターコート」



 建物の奥から子どもの泣き声が聞こえた。近づこうとするが燃えた柱が邪魔をする。



「ウォーターカッター」



 燃えた柱や障害物を除去しながら先に進んだ。




 あっ! いた!


 


 子どもは煙を吸って意識を失っている。オレは子どもを抱きかかえて、人に見られないように木陰に転移した。よく見ると顔や手足にひどい火傷を負っている。このままでは命が危険だ。オレは咄嗟に治癒魔法をかける。



「リカバリー」



 子どもの火傷が見る見るうちに修復している。オレは意識を失っている子どもを抱きかかえ、地面に膝をつき嘆き悲しんでいる母親のもとに行った。



「お母さんですよね。」



 その女性は、子どもを見て大声で泣いた。



「ありがとうございます。ありがとうございます。ありが・・・」



 周りの人達から拍手が起こる。そして、オレを取り囲むように人々が集まり始めた。



「君凄いな~! 英雄だよ!」


「フードを取ってみんなに顔を見せてくれないか?」



 

 まずいな。目立ちたくないのに。早めに立ち去ろう。




「オレは何もしていませんよ。そこにいた人から、母親に子どもを返すように預かっただけですよ。」



 オレは惚けて、足早にその場を後にした。宿屋の女将にばれたくなかったので、ギンを連れて部屋まで転移で戻った。翌朝、オレは1階に降りて惚けて見せた。



「ベッドが気持ちよくてぐっすり寝れましたよ。昨日の夜、なんか外が騒がしかったようですが、何かあったんですか?」


「あんた、何言ってるのよ! 昨日の夜、大きな火事があったんだよ! 子どもが取り残されたんだけど、それを助け出した人がいるんだってさ。奇跡だよ!!」


「へ~。そんなことがあったんですね。」


「見たところ、のんびりしていそうだけどさ、あんたも体格がいいんだから、少しは見習った方がいいよ。」 


「そうですね。」



 オレは、次の旅の準備のために再び市場を訪れていた。肉と果物と米はたくさんあるが、野菜が心もとない。そこで、野菜を見て回った。他の街と違って野菜の方が果物よりも値段が高い。野菜を少しだけ買い込んだ。


 オレは、火事の跡地が気になったので、フードを被らずに火事の現場を訪れた。昨日のフードの男がオレだとは誰も気づかない。


 火事の現場には若い夫婦がいた。恐らくこの家の住人だろう。女性の腕の中には、3歳ぐらいの女の子が抱っこをされていたが、何故か激しく泣いている。女性が必死にあやしている。


 オレが近づくと不思議とその子が泣き止んだ。そして、ニコニコしながらオレに手を伸ばして抱っこを求めてきた。



「まぁ、タエちゃんたら。若い男性に抱っこされたいんだ。おませさんね。」



 オレは、何も言わずに笑顔でお辞儀をしてその場を立ち去った。



 家を失ったけど、あの夫婦もあの可愛い子どものために頑張るさ。

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