第11話 アスプル山脈
宿に戻るとメリーさんとジミーが調理場にいた。どうやらジミーはお手伝いをしているようだ。
「お帰りなさい。ツバサさん。すぐに食事の用意をしますから。座って待っていてくださいね。」
「はい。」
オレは言われた通り座って待っていると、何やら豪華な食事が運ばれてきた。
「メリーさん。これ全部ですか? 食べきれませんよ。それに、これじゃぁ、赤字ですよね?」
「大丈夫ですよ。お肉以外はほとんど山の入口で取ってきたものですから。」
食卓に並んだ食事を見た。なんとなんと御飯がある!
「メリーさん。ここでは、これをよく食べるのですか?」
「ええ、この地方ではこれが主食ですよ。美味しくなかったら残してくださいね。」
約束通りオレとギン、メリーさんとジミー君の4人で一緒にご飯を食べる。オレは、最初にご飯を一口食べた。数か月ぶりのご飯だ。ご飯の美味しさが身に染みた。自然と涙がオレの頬を流れた。
「ツバサさん。そんなにまずかったですか?」
「違います。この味に感動しているんですよ。」
「そんなにですか?」
「はい。」
オレは次にステーキを食べた。この世界に来て食べた中で一番旨い。その理由は恐らく胡椒だ。
「メリーさん。このステーキ、他の店と味が違いますよね?」
「よくわかりましたね。これを入れると、少し辛みがありますが、肉の臭みがとれるんですよ。これも山で取れるんですよ。」
オレは、お腹いっぱいになるまで食事を堪能した。食後、メリーさんにお願いして、調理場を見せてもらった。すると、思った通りだった。塩、砂糖、胡椒、味噌、酢、醤油、それにソースまである。
「この調味料はメリーさんが考えたんですか?」
「ほとんどがそうね。うちはあまりいい食材が買えないので、こういったものを作って誤魔化すしかないんですよ。」
「いいえ、誤魔化しなんかじゃないですよ。すごく美味しいです。もっとアピールしましょうよ。」
「でも、私とジミーの2人きりだと、お客さんが増えてもやりきれないですから。食べて行ける程度でいいんですよ。」
翌日、オレはジミーと一緒に御客を呼び込もうと表通りに来ていた。温泉目当てに来る客が何人もいる。おれは、ジミーと一緒になって旅人に声をかけていた。試食代わりに、おにぎりと一口サイズのステーキを用意した。
「お客さん。うちの『緑の帽子亭』じゃ、ほかで食べられない美味しい料理が出てくるよ。泊って行かないかい?」
フードをかぶっているせいか、あまり人気がない。
「ツバサ兄ちゃん、フードと取らないと怪しい人になっちゃうよ。お客さん逃げちゃうよ。」
オレはしぶしぶフードを取って声をかけた。
「そこの奇麗なお姉さん。うちの『緑の帽子亭』に泊まっていきませんか?安いし、料理はうまいよ。これ味見してみて。」
「美味しい! ナニコレ?! すごく美味しいわ! 君が働いているの?」
「いいえ、オレも客ですよ。けど、美味しい料理を他の人にも知ってほしくて。」
「へ~! お客のあなたが勧めるなら間違いないわね! お願いするわ!」
「ありがとうございます。」
2人を宿まで連れて行こうとすると、横から声をかけられた。
「おい、お前! 誰に断ってここでお客を集めてるんだ!」
「別に大通りだし、構わないんじゃないの?」
確かこいつ冒険者ギルドでオレに絡んできたやつだよな~。ゴルドンとか言ったかな?
ゴルドンはいきなり殴りかかってきた。余裕でよけれるが、わざと殴られる。その後も、何発も殴られ、蹴られたがそのまま我慢した。男も殴りつかれたのか、捨て台詞を吐いて帰って行った。
「ツバサ兄ちゃん、ごめん。僕達のせいで。父ちゃんがいればあんな奴、怖くなんかないんだけど。」
せっかくのお客さんも、他の宿屋に行ってしまった。
2日後、オレはギンと話して、アスプル山脈に調査に行くことに決めた。
「メリーさん。オレ、しばらく留守をするので、朝食と夕食は必要ありませんから。1週間程度で戻ると思います。部屋はそのままにしておいてください。もし、1週間しても戻らないときには、部屋を片付けてしまっても結構ですから。」
メリーさんに金貨1枚を渡し、オレはアスプル山脈に向かった。山頂に向かう途中、様々な魔物と遭遇した。そのほとんどが、ワイバーンや竜種の餌にでもなっているのだろう。オレは、攻撃してくる魔物以外は無視して先を進んだ。だんだんと道が細くなり、すでに馬車が通れるほどの幅はない。
「グオー、グオー、グオー」
まるで、地球のライオンが泣くような声が聞こえる。オレは空を見上げると、翼を付けた大きなトカゲがこちらを見ながら飛んでいる。どうやら、オレを餌だと思っているようだ。
「ファイアボール」
オレは威嚇のつもりで、空に魔法を放った。すると、ワイバーンが他から集まり始めた。3匹ほどだったワイバーンが20匹程になった。まずいことに、それまでは針葉樹林が生えていたので身を隠すこともできたが、今は周りが溶岩だけで木が生えていない。上空から丸見え状態だ。
オレが上空のワイバーンを気にしながらさらに進んでいくと、急に目の前に霧が現れた。その霧がだんだんと濃くなっていく。すでに足元さえ見えない。オレは『気配感知』を発動して、周りの様子を確認した。相変わらず上空からはワイバーンの声が聞こえてくる。
オレはその場をすぐに去ろうと、足早に歩き始めた。
「あっ!」
オレは足を踏み外したのか穴のようなところに転がり落ちた。
「痛ってててー!」
「ツバサ、大丈夫か?」
「ああ、何とか生きてるよ。ギンは大丈夫なのか?」
「当たり前だ。」
オレが自分に治癒魔法をかけていると、穴の奥の方から人間らしき者達が現れた。そう、人間らしきものだ。背中に翼があり、尻尾を生やしていることから人間ではない。だが、顔も体つきも人間なのだ。10人ほどいるが全員が槍を持っている。そして槍をオレにつきつけて言ってきた。
「おい! 人間! お前も竜の村の偵察に来たのか?」
「いいえ、違います。行方不明になった人達を探しに来ただけです。」
一人の竜人がオレを殴る。
「ボコッ」
「貴様、その態度はなんだ! 我らは竜人だぞ! 本来貴様ら人間ごときが口を聞ける相手ではないのだぞ!」
オレは、抵抗することなくそのまま彼らに連行された。しばらく穴の中を歩くと、開けた場所に出た。たくさんの家があり、竜人たちがいる。中には、足に鎖で鉄玉を付けられて歩いている人間たちもいた。どうやら、行方不明になった人間たちが奴隷にされているようだ。
オレは大きな屋敷の前に連れてこられた。すると、屋敷の中から煌びやかな服を纏った竜人が現れた。恐らくこの里の長なのだろう。
「人間! ここに来たのはお前ひとりか?」
「はい。」
「何しに来た?」
「それはさっきに人に説明した・・グェ」
オレの隣の奴にいきなり殴られた。
「聞かれたことにだけ答えろ! それ以外は許さん!!」
だんだんオレも腹が立ってきた。
『ギン! こいつら叩きのめしていいかな?』
『ツバサの好きにしろ!』
ギンの返事を聞いて、オレは覚悟を決めた。こいつらは上から目線で、人の話を聞こうとしない。ならば、対等の話ができる実力を持っていることを示せばいい。
「おい、お前らさぁ~! さっきから聞いていれば、自分達こそ一番偉いみたいなこと言ってるけど、なんでわかるんだ~?」
突然オレの態度が変わったことに驚いたのか、隣の奴が再び殴ろうとしてきた。オレは、それを躱して逆に拳を鳩尾にお見舞いした。
「グワッ」
男はオレの前で転げまわる。
「貴様~!」
周りの奴らが一斉にオレに槍を向けた。オレが全身に闘気を集中させると、目の前の偉そうな男が言ってきた。
「どうやら、お主は他の人間と違うようじゃな。先ほどの質問に答えてやろう。この世は力だ! 力のあるものが上に立ち、弱い者達を従わせる。これが世の道理じゃ。わかったか? 小僧!!!」
「なら、オレがお前達を叩きのめしたら、全員オレの言うことを聞くんだな?」
「埒もないことを。そのようなことあり得るはずが無かろうが。」
「そうか~? やってみないとわからんぞ!」
「ならば、わが里で最強の男トーマスと戦ってみよ。もし、そなたが勝てたなら、そなたの言うとおりにしよう。だが、もしそなたが負ければ、その命もらうぞ!」
「わかった。」
オレとトーマスの戦いは里のはずれにある闘技場で行われることとなった。
「ギン。竜人族っていうのは強いのか?」
「人間よりははるかに強いな。だが、お前の敵じゃないだろう。」
「おい、待てよ! オレも人間だぞ!」
「お前は、この世界の人間じゃないだろうが!」
「ああ、そういうことか。」
なんとなくギンの言っていることが分かった。ここ数カ月この世界で暮らしてきたが、この世界の人間たちの動きはすごく遅く感じる。当然力も弱い。ランク上位と呼ばれる冒険者達もオレにとっては、弱いのかもしれない。
いよいよ決闘の時間だ。オレが、闘技場の中央に向かうと、すでにトーマスがいた。
「人間よ。俺はこの槍を使う。そなたの武器はなんだ?」
「オレは、この剣だ!」
「ならば行くぞ!!」
トーマスは、オレに向かって槍で突いてくる。周りの連中からは目にも止まらない速さなのだろうが、オレにはその動きがはっきりと見える。オレは、その突きをすべて躱した。
「やるな! 人間!」
「おほめいただいてありがとうざい・・・」
オレがすべてを言う前に、さらにスピードを上げて突いてくる。さすがに、たまに避けきれずに手や足に傷を負う。
「俺の最速の動きにもついてくるか? ならば。」
「ファイアークラッシュ」
トーマスがオレに向かって魔法を放った。炎の塊がオレめがけて飛んできて、オレの近くで弾ける。
「熱っ」
オレは、全身に水のシールドを張る。
「ウォーターシールド」
「人間よ。よけたり防いでばかりだな? それでは俺には勝てんぞ!!」
オレは、ギンから教えてもらった通り全身の闘気を高め始めた。すると、オレの身体から光が溢れ出す。オレは、スタンピードを鎮めたときのように魔法を発動する。
「ストーム」
すると、闘技場はおろか竜の里、山脈全体を真っ黒な雲が覆い始める。ところどころに竜巻が発生し、暴風が吹き荒れ始める。竜人たちはみな逃げまどい始めた。
「キャ―――――!!」
「ワー!」
「ヤバイゾー!!」
「逃げろ――――!!!」
どこも地獄絵図のようだ。だが、魔力を抑えているので人的な被害はまだ出ていない。オレが、さらに魔法を発動するために両手を上げると、どこからともなく現れた真っ白なドラゴンが声をかけてきた。
「やめよ! 人間! そなたの勝ちだ!」
その声で、オレは魔法を解除した。周りの竜人たちも、あの偉そうにしていた里の長も、全員が地面に顔を付けてひれ伏している。
「あなたは誰ですか?」
「そこの子犬に聞いてみるがいい。」
『ギン。誰だ?』
『エンシェントドラゴンだ。オレと同じ神獣だ。』
「はじめまして。エンシェントドラゴンさん。オレはツバサと言います。」
「ツバサよ。そなたは本当に人間か?」
「はい。そうですよ。」
「まぁ、いいだろう。この勝負はお前の勝ちだ。ところで、お前は何を望む。」
「2つあります。一つは、この里にいる人間を全員解放してください。もう一つは、人間との関係を改善できるかどうか検討してください。」
「一つ目はよいだろう。二つ目は難しいな。お前は知らないだろうが、もともとは人間と竜人は仲が良かったのだ。それを、数百年前に突然人間が一方的に放棄して、竜人にひどい仕打ちをしたのだ。今更、どうにもできないだろう。」
「お言葉ですが、憎しみは憎しみを産み出します。もし、ここにいる人間の誰かが殺されたとして、殺された者の遺族はきっとかたき討ちを考えるでしょう。逆もしかりです。別にすぐに仲直りしろとは言いません。当面は相互不干渉でもいいです。ただ、物流から交流を持つとかしたらいいんじゃないですか?」
「物流か?」
「そうです。ここにある肉を食べてみてください。」
オレは、晩御飯にしようと『緑の帽子亭』と同じ味付けで焼いておいた肉を、空間収納から取り出して、エンシェントドラゴンと竜人の里の長に差し出した。
『ツバサ。わしの分は取って置けよ。』
『大丈夫だよ。後でまた焼いてあげるから。』
「これはうまい!」
「これほどうまい肉は食べたことがないぞ!」
「人間には人間の文化や良さがあり、竜人には竜人の文化や良さがあります。だから、いきなりとは言いませんが、交流が深まるうちに新たな文化や良さが生まれるかもしれません。」
「なるほど、ツバサよ。お前の考えはわかった。2番目に関しては検討しよう。」
「はい。ありがとうございます。エンシェントドラゴンさん。」
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