第10話 山麓の街ホクト
カツマの街を出発したツバサは次の街ホクトを目指す。ナデシノ聖教国に行くには、ホクトを出た後、クチマ川沿いに進み、アスプル山脈を越えなければならない。山脈を越えれば、ナデシノ聖教国に入る。ただ、山脈には、ワイバーンや竜種が住んでいるといわれている。山脈を迂回し、ホスマ村経由で行く方法もあるが、2カ月以上かかる。ツバサはどうしたものかと思案していた。
「ツバサ。とりあえず山麓の街ホクトに行ってから考えたほうがいいだろう。」
「そうだね。」
オレはホクトの街を目指した。街道を進むにつれて、アスプル山脈がだんだん大きく見えてきた。ホクトの街ももうすぐだ。川の両側の広大な土地に、稲のような植物が栽培されている。
もしかして、これ米か?
オレは、米があるのではないかという期待から、自然と歩くスピードが速くなる。米があるなら、もしかすると味噌や酢のような調味料があるかもしれない。
ホクトの街の入り口には木の柵があるだけで、頑強な城壁のようなものはなかった。恐らく、安全なのだろう。
ここがホクトの街か~。
高原の街であり、温泉街でもあるような街並みだ。硫黄のような温泉独特の匂いがする。行きかう人々もみんなラフな格好をしている。少し目のやり場に困ってしまう。街の所々に、お土産などを扱う商店や屋台がある。屋台をのぞいてみると、肉串と並んで見たことのある串焼きがある。米を潰して平に引き伸ばし、味噌をつけて焼いたような串焼きだ。
これ、五平餅じゃないか?
オレはあまりの嬉しさに5本も買った。オレとギンで1本ずつ食べた。
「ツバサ。これうまいな~! もう1本くれ!」
「まったく、ギンは食いしん坊なんだから。はいよ。」
オレはギンに2本渡した。結局ギンが3本、オレが2本だ。
「なんかツバサ嬉しそうだな。」
「懐かしいんだよ。オレのいた世界にも似たようなものがあったからね。」
しばらくして、オレは宿屋を探して街を散策しはじめた。街のいたるところに大きめの側溝があり、側溝からは湯気が上がっている。恐らく温泉が流れ込んでいるのだろう。その側溝を覗き込むと、カラフルな模様をした魚がたくさん泳いでいた。
街の中央広場から東に行くと、宿屋がたくさん並んでいた。通りには呼び込みをする人たちがいる。オレが、どの宿にしようか見て回っていると、やたらと声をかけられる。
「ちょっと兄さん。宿屋を探しているのかい? うちは料理もうまいし、安いよ。どうだい?」
「お前、何言ってるんだ! この兄さんを最初に見つけたのは俺だぞ! なっ、兄さん、うちの宿に泊まっていきなよ! サービスするからよ!」
オレが困り果ててキョロキョロしていると、少し先に一人男の子が立っているのが見えた。男の子はこちらを見ている。オレは、その子が気になって近づいて声をかけた。
「君はここで何してるのかな?」
「うちに泊まってくれそうな人を探してるんだよ。」
「君の家は宿屋かな?」
すると先ほどの男達が声をかけてきた。
「おい! ジミー! 俺の客に声をかけるんじゃねぇよ。どうせ、お前の所じゃ、ろくな食事も出せねぇだろう。早く店をたたんじまいな。」
「母ちゃんの飯はうまいんだぞ! 母ちゃんのことを悪く言うな!」
すると、客引きの男が男の子を押しのける。
「あっちに行け! 生意気なガキだ! それより、お兄さん、サービスするからうちの宿に来てくれよ。」
オレの心はすでに決まっていた。
「ジミー君。君の家に連れて行ってくれるかな? 泊まりたいんだけど、お願いできるかな?」
「うん。」
「フン! 兄ちゃんも物好きだな~。こいつのところじゃぁ、ろくな食べ物も出てこねぇていうのにな。」
オレはジミー君に連れられて、宿屋『緑の帽子亭』に行った。
「母ちゃん、お客さんを連れてきたよ。」
「お帰り、ジミー。ご苦労さん。」
「いらっしゃいませ。何泊の予定ですか? うちは朝食と夕食がついて1泊につき銀貨5枚です。他の宿屋と違って温泉がないので、街の温泉に行ってもらいます。」
「6泊でお願いできますか? そうだ。オレはツバサです。こっちはギンです。ギンは大人しいので、一緒の部屋でいいですか?」
「可愛いわね。ギンちゃんも一緒でいいですよ。私はメリー。よろしくね。」
「あと、ギンにもオレと同じ食事を用意してもらいたいんですけど。」
「大丈夫ですよ。」
オレはメリーさんに金貨1枚を渡した。宿の様子を見る限り、客はオレだけだ。恐らく、あの客引き達にみんな取られてしまうのだろう。
「ちょっと待っててくださいね。お釣りを用意しますから。」
「あっ、メリーさん。お釣りは入りません。そのかわり、オレ達と一緒に食事してくれませんか?」
「旅の途中はギンと2人きりだったので、楽しく食事したいなって思いまして。」
「いいですよ。良かったわね。ジミー。」
「お兄ちゃん、ありがとう。なら、僕が街を案内するよ。」
現在、オレはジミーに街を案内してもらっている。ただ、気になる事がある、手持ちの金が心もとなくなってきたことだ。魔物の森で討伐した魔物や旅の途中で討伐した魔物が、空間収納に多数ある。そこで、魔物を売りに冒険者ギルドに行くことにした。
「なぁ、ジミー。冒険者ギルドはどこにあるんだ?」
「連れて行ってあげるよ。」
オレはジミーに連れられて冒険者ギルドに来た。やはりウエスタンドアだ。冒険者ギルドはどこも同じ作りにしているようだ。
「ジミー、ここで待っていてくれるか?」
「うん。」
オレは、目立たないように頭からフードをかぶり、建物の中に入って行った。中も他の街の冒険者ギルドと全く同じ作りだ。やはり、酒場がある。酒が苦手なオレにとっては臭いがきつい。オレが、酒の臭いを避けるようにしていると、後ろから声がかかる。
「てめぇー! オレ達に喧嘩売ってんのか?」
「いえ、別にそういうわけじゃなくて、酒の臭いが苦手なんです。気を悪くしたらすみません。」
「酒が苦手だと~! お子ちゃまじゃねぇか。ワッハッハッ。」
オレも相手に合わせるように笑って見せた。それがいけなかったのか、男は怒り始めた。
「やっぱり、てめぇ! 俺のこと馬鹿にしてるじゃねぇか?」
受付の女性が助け舟を出してくれた。
「ちょっと、ゴルドンさん。いい加減にしなさいよ! これ以上何かしようとしたらギルマスに言いつけるわよ!」
「しょうがねぇ、許してやるよ。小僧。」
オレは受付に行った。
「ありがとうございました。」
「冒険者には昼間から酔っぱらうやつが多いから気を付けなよ。それで、何の用だい?」
「はい。魔物の引き取りをお願いしたくて。」
「じゃぁ、冒険者カードを持って裏に来てくれる?」
オレは受付の女性について裏に行った。
「どこに持ってきてるんだい?」
「ここに出してもいいですか?」
「別にいいけど、出すってどういうことだい?」
オレは空間収納から魔物を取り出した。オーク、オークジェネラル、シルバーウルフ、ホーンラビット、レッドベアなど合計50体ほどである。解体場がいっぱいになりつつあった。
「あんた、いったいどこから出したんだい? 何者だい?」
「確か冒険者ギルドの規約で、冒険者については他言無用ってありますよね?」
「ああ、あるよ。」
「当然、今のことも秘密にしてもらえるんですよね?」
「ああ、わかってるよ。ただ、ギルマスには報告するけどね。」
「それで、魔物はまだあるのかい? もう、置けないよ。」
オレは、半分ほどで出すのをやめた。
「数が多いから査定に時間がかかるよ。カードを置いて2時間ほどしてからもう一度来てくれるかい?」
「わかりました。」
オレがカードを渡すとそれを見て女性は驚きの声を上げた。
「うそー! Fランクだって?! これは本当にあんたのカードかい?」
「ええ、そうですよ。でも、このことも秘密ですよね。」
「わかってるよ。」
オレは、外に出てジミーのところまで行った。
「ツバサさん。遅かったね。何かあったの? 僕、心配しちゃったよ。」
「ごめん。ごめん。じゃぁ、待たせたお詫びに何か美味しいものを食べに行こうか?」
オレは、ジミーが普段行きたいと思っているお店がないか聞いてみた。
「あるけど。甘いおやつの店なんて贅沢だから。」
「じゃぁ、お礼にオレがごちそうするから、ジミー君。そこに連れて行ってくれるかな?」
「うん。ありがとう。」
冒険者ギルドから歩いて15分の所にその店はあった。店の前の看板には『パーラーホクト』と書いてあった。どうやら、ほんとにデザートの店のようだ。オレとジミーは、ギンがいるので外のテラス席に座った。若い女性の店員さんがメニューを持ってきてくれた。
「ジミー君。遠慮しなくていいよ。食べたいものを選んで。」
『ツバサ、オレはステーキがいいぞ!』
『ギン! ここはデザートの店なんだから、そんなものあるわけないだろ!』
『なら、なんでもいい。お前に任せる。』
オレが念話でギンと話をしているのが、ジミーにとっては不自然に見えたようだ。
「ツバサ兄ちゃん。どうかしたの?」
「いや~。美味しそうなものがたくさんあるから悩んじゃっただけだよ。」
結局、全員が複数の果実の盛り合わせで、甘いシロップにつけたものにした。さすがに甘くてのどが渇きそうなので、果実ジュースも一緒に頼んだ。
「ところでジミーのお父さんは?」
「父ちゃんは、2カ月前にアスプル山脈に行ったきり帰ってこないんだ。死んじゃったのかも・・・・」
「そうか~。でも、ジミーは強いな。お母さんのために、お客さんを呼びにあの場所まで行ってるんだろう?」
「うん。でも、さっきのあの人たちにお客さんをみんな取られちゃうんだよ。もっと、僕が元気に声をかければいいんだけど。」
「じゃぁ、当分オレが手伝ってやるよ。」
「本当? お兄ちゃんありがとう。」
オレは食べ終わった後、先にジミーを家に帰して冒険者ギルドに向かった。フードをかぶりギルド内に入ると、受付の女性が待ち構えていた。
「ツバサ君、待っていたわよ。私は、エミリーよ。よろしくね。ギルマスが用事があるようだから、一緒に来てくれる?」
オレはエミリーさんに連れられてギルマスの部屋に来た。
「コン、コン、コン」
「入っていいわよ!」
中から
女性の声が聞こえた。オレが中に入ると、そこには奇麗な女性がいた。
「あなたがツバサね。私はこの街のギルドマスターをしているスザンヌよ。」
「はじめまして。ツバサです。」
「もしかして、その肩の生き物はフェンリルじゃないのかい?」
この人はヤバい。ギンのことを一目見ただけで言い当てた。慎重に話をしないといけないな。
「違いますよ。ただの子犬ですよ。この街に来る途中でうずくまっていたので、かわいそうだから拾ったんです。」
「そう。私の勘違いなら仕方ないわね。それより、あなた、フードで顔を隠しているようだけど相当の実力者ね! そうねぇ~。Sランクって言っても不思議じゃないわよ。」
「買い被りです。オレはそんなんじゃないですよ。」
「なら、一人であれだけの魔物を討伐したのをどう説明するの?」
「苦労したんですよ。地道に罠を仕掛けたり、強そうなのに追いかけられて必死に逃げたりしたんですよ。」
スザンヌは怪しむ顔をしてオレを見た。
「あなたがそういうなら、そういうことにしておきましょ。『空間魔法』が使えるFランクさん。」
なんかバレてるっぽいけど、このまましらを切るしかないよな。
「あなたが、強者ならお願いしようと思ったことがあるのよ。」
「オレには無理だと思いますが、一応教えてもらっていいですか?」
「ここ最近、冒険者がアスプル山脈で何人も行方不明になっているのよね。その調査をお願いしようと思ったのよ。」
「調査だけなら、他の冒険者たちでもいいんじゃないですか?」
「あの山脈には、ワイバーンや竜種が住んでいるのよ。竜人族の村があるっていう噂もあるわ。」
「やっぱり、オレには無理ですね。何もわからずに、逃げ帰ってくるのがオチですよ。」
「そう。ならいいわ。ここに大金貨5枚あるから持っていきなさい。魔物の報酬よ。」
オレは、冒険者ギルドから『緑の帽子亭』まで、考え事をしながら帰った。
『ツバサ。お前また何とかしようと思っているな。』
『ギンはよくわかるな。』
『やめとけ! 竜種は、この前の水龍のように話の分かる奴だけじゃないぞ!』
『竜種ってどんな奴だ?』
『水龍と違って、翼を持っていて空を飛ぶんだ。赤竜と黒竜がいて、それぞれレッドドラゴン・ブラックドラゴンと呼ばれている。やつらは強いぞ!!』
『ギンよりもか?』
『神獣のわしの方が強いだろうが、わしも無傷では済まないだろうな。』
『そんなに強いのか~。ふ~。』
オレは、『緑の帽子亭』に帰った。
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