第9話 虹の花

 ギンに自分の秘密を話すと大分気分が楽になった。やはり、一人で悩んでいるより自分を知ってくれているものが近くにいることは、大切なことだとあらためて心の中でギンに感謝した。


 しばらく歩いていると、少し開けた場所に大きな湖があった。湖の周りには、様々な生き物が集まっていた。このあたりの水飲み場なのだろう。オレも、空間収納から仕留めたホーンベアと調理道具を一式出して、ホーンベアをさばいて調理を始めた。辺りには肉の焼けるいい匂いが漂っている。すると、水面に泡が立ち、池の中から巨大な生物が頭を出した。



「ツバサ。下がれ! あれは水龍だ! 恐らくこの辺一帯の主だぞ!」



 頭がやたらでかい。動物園で見た象の頭の何倍もありそうだ。それに、西洋で語られているドラゴンと違い、日本の竜のような顔をしている。



「そこの人間。ここで何をしている? ここは人間が来るべき場所ではないぞ!」



 驚くことに言葉をしゃべった。



「この森に用事があってきたんだけど、腹が減ったので料理してるんですけど。」



 すると水龍は、視線をオレからギンに移した。



「お前はフェンリルではないか? 人間と一緒とは珍しいな。」


「この人間は普通の人間とは違うからな。お前も感じないか水龍よ。」


「確かに普通の人間とは違うようだな。」


「えっ!! 普通の人間なんだけど。何が違うの?」


「ツバサ。お前にもそのうち分かるだろうよ。」


「ところで、人間よ。その旨そうな肉をわしにも食わしてくれまいか?」


「いいけど。焼けるまで待ってて。」



 なにやら、ギンと水龍は2人で話をしているようだった。オレは自分の食べる分をしっかりと確保して、どんどん焼いた。



「水龍さん。ギン。焼けたからどんどん食べていいよ。」



 オレは、大きな皿を2枚出して、それに焼けた肉をどんどん盛り付ける。当然だが、肉が焼ける方がはるかに遅い。待ちきれなくなったギンが声をかけてきた。



「ツバサ。そんなにちびちび焼かないで一気に魔法で焼けばいいじゃないか?」



 いわれて気付いた。それもそうか。オレは火魔法で一気に肉を焼く。結局、水龍とギンでホーンボアを丸ごと1匹平らげてしまった。



「あ~、久しぶりによく食ったわ! ツバサとやら、礼は何がいい?」



 このあたりの主ならもしかしたら『虹の花』を知っているかもしれないと思い、オレは聞いてみた。



「虹色の花があるって聞いてきたんだけど、知ってますか?」


「あ~、知っているぞ! この湖の反対側に咲いているな。」



 オレは、走って湖の反対側に来た。だが、どこを探しても咲いている花はない。 


 水面から顔を出した水龍に聞いた。



「どこを探しても咲いてないぞ!」


「当たり前だ! あの花は、太陽が真上に来た時から5分しか咲かない。それが10日ほど続くのだ! お前の足元にあるその草がそうだぞ!」



「これか?」



 オレは、つぼみを付けた草を指さした。



「ああ、それだ。だが、どうやって持っていくつもりだ? 根が土から離れれば花は咲かぬぞ!」


「なら、周りの土も一緒に運べばいいんだな。」


「その通りだ。」


「ありがとう。水龍。助かったよ。」


「なに、肉のお礼さ。もう行くのか?」


「機会があればまた来るさ。」



 オレは周りの土ごと掘り起こし、空間収納にしまい、その場から遠距離移動の『転移』で、城壁近くまで帰ってきた。その日は、宿に戻って大人しく寝た。


 翌朝、オレが朝食のために1階に降りるとロゼッタさんとアオイがいた。



「ツバサさん。おはよう。昨日はどこに行っていたの? 街中探したのよ。」


「ごめん。ごめん。ちょっと森の方に行っていたから。」


「何しに行ったの? 一人で危ないわよ。」


「魔物の大軍が来て、ほとんど退治されたって聞いたから、弱い魔物なら狩れるかなって思って。」


「それでどうだったの?」


「森の入口付近には、ほとんど魔物はいなかったよ。」


「それで今日はどうするの?」


「ああ、旅の準備で買い物をしようかと思ってる。」


「ええー!! ツバサさん、どこか行っちゃうの?」


「この前話したけど、ナデシノ聖教国に行きたいんだ。」


「そうだったね。でも、何か急じゃない?」


「別に急じゃないよ。この街には本来ここまで滞在する予定じゃなかったし、ただ居心地がよかったから長居してしまっただけさ。」


「ねぇ、おばさん。今日、仕事休んでいい?」


「いいわよ。ツバサ君とデートでもしてきな。」


「ありがとう。」



 オレが街に出ると、街にはフードをかぶった人が大勢いた。



「アオイちゃん。あの人達なんでフードかぶってるの?」


「ああ、この前の魔物の大軍を退治した人がフードをかぶっていたって噂が広がったから、あの人たちはみんな『この街の英雄は俺だ』って主張したいんでしょ。どうせみんな偽物よ。」


「ふ~ん。あほらし。」


「ツバサさん、なにか言った?」



 小声で言ったつもりが聞こえていたようだ。


 アオイちゃんは早速オレと手を繋いでくる。なんかいまだに気恥ずかしい。2人で食材を購入するために市場に向かった。市場には、先日の魔物の肉が激安で大量に出回っていた。オレは必要な分だけを購入した。この先の旅を考えた時、不安がよぎった。そうだ。オレはなんの武器も持っていない。



 

 オレ魔法だけで武器がないんだよな~。この際、剣でも買おうかな?




「アオイちゃん、武器屋に行きたいんだけどいいかな?」


「そういえば、ツバサさんは武器ってなにも持っていなかったよね? 今までどうしていたの?」


「ゴブリンのような弱い魔物は殴って倒したけど、強い魔物と出会ったときは走って逃げてた。」


「良くそれでここまで無事に来ることができたよね?」


「オレ逃げ足だけは早いからね。」



 2人が談笑しながら歩いていると武器屋から、フードをかぶったガタイのいい男がぶつかってきた。



「痛ぇじゃねぇか! てめぇ!」


「すみません。」


「俺様を誰だと思ってやがる。魔物の大軍を壊滅させたバット様だぞ!!」


「すごいですね。この街の英雄様ですか?」


「そうだ!」



 男はオレがよいしょするといきなりご機嫌になった。



『こんな馬鹿は放って置いて早く買い物をするぞ!』



 ギンが念話で話しかけてきた。



『わかってるよ。』


「そうだ! お前なかなか見どころありそうだから、俺様の子分にしてやってもいいぞ!」


「いいえ、大変ありがたい話ですが、オレは旅に出ないといけないので・・・残念です。」



 オレの様子をアオイが不思議そうに見ていた。男が立ち去った後、アオイが話しかけてきた。



「ツバサさん、見損なったわ! なんであんな嘘つきに頭下げるのよ!」


「だって、強そうだったじゃん。ケガしてもしょうがないしね。」


「フ~ン。」



 オレは店の中に入って剣を選んだ。剣の良さなど全く分からなかったが、念話でギンが選んでくれた。金貨2枚と高い買い物だが、そこそこいい剣のようだ。その後、オレとアオイちゃんはお洒落なレストランに行って食事をした。当然ギンの分も注文した。基本的にギンはオレと同じものを食べさせるようにしている。



「ツバサさん。以前『虹の花』の話をしたの覚えてる?」


「うん。」


「私ね。子どもの頃お父さんなくしたでしょ。お母さんがね、私のために必死で働いてくれたんだよね。せめて学校ぐらい行かせたいって。私、お母さんに甘えて学校行かせてもらったんだ~。でも、そのせいでお母さんが病気になるしね。なんか世の中不公平だなって思うことがあったの。」


「大変だったんだね。」


「大変なんてもんじゃないわよ。私が学校を卒業してすぐにお母さんが病気になって、私も休まず頑張ったわ。けど、『虹の花』があれば、お母さんももっと幸せになれるんじゃないかなって。お母さんまだ若いのよ。できれば再婚して幸せになって欲しいな。」


「アオイちゃんは優しいんだね。オレにはよくわからないけど、ロザンヌさんの幸せって、アオイちゃんとロザンヌさんが元気で生活していることが幸せなんじゃないかなぁ。」


「そうかも。でも、私はお母さんにもっと幸せになってもらいたいのよ。」



 その日は、夕方まで街をぶらぶらして帰った。そして翌日、いよいよ旅立ちの日だ。



「ロゼッタさん、いろいろお世話になりました。アオイちゃんもありがとうね。」



 ロザンヌさんもお見送りに来てくれている。アオイちゃんはずっと下を向いている。



「アオイ、ツバサさんにご挨拶しなさい。」



 アオイちゃんはオレの手を握ってきた。



「ツバサさん。この街のことを忘れないでね。さようなら。」



 オレは、みんなに手を振ってその場を去った。



 悲しみの中、アオイは仕事を休んで家にいる。縁側で一人、ボーとしていた。お昼近くになり、太陽が真上に来た。すると、アオイがいる縁側から、庭の草の蕾が咲き始めるのが見えた。アオイがそれをじ~と見詰めている。



「お母さ―――――ん! 来て!! 早く来て!!!」


「どうしたのアオイ。大声なんか出して。」


「ねぇ、あれ見て!」


「えっ?『虹の花』?」


「きっと、ツバサさんよ。ツバサさんが魔物の森から取って来てくれたんだわ。」


「それは無理よ。いくらツバサ君でも。だって、『虹の花』は魔物の森のすごい奥に咲くんだよ。」


「ううん。間違いないわ。街の英雄もきっとツバサさんよ。だって、騒動の前からフードをかぶっていたのは彼ぐらいだもん。何で気付かなかったんだろう。私、武器屋の前で彼にひどいこと言っちゃった。」




 ツバサさん、ありがとう。

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