第7話 森の都カツマの街

 ワサイ村を出たツバサは、次の街カツマに向かった。ワサイ村からカツマまでは魔物の森沿いの街道を進むしかない。この森はその名前の通り、数多くの魔物が住んでいることで有名だ。時々、街道沿いの道にも現れて人を襲うこともある。逆に、魔物が多いということは魔素を多く含んだ薬草も多く生えているということだ。


 森の都と呼ばれるカツマまでもう少しのところで悲鳴を聞いた。



「キャー! 助けてー!」



 オレが悲鳴のするところまで行くと、籠を持った少女がゴブリンに囲まれていた。オレは、顔が見えなうようにフードを被り、ゴブリンに近づいて殴り飛ばして蹴散らした。ギンもオレの肩から飛び降りてゴブリンに嚙みついている。



「ありがとうございます。助かりました。」



 少女は籠を大事そうに持って、お礼を言ってきた。



「こんなところで何してるの?」


「薬草をとっていたら、突然あいつらに襲われたんです。怖かったー。」



 籠を持つ少女の手はまだ震えていた。



「オレはツバサ。危ないから街まで送っていくよ。」


「ありがとうございます。私は、アオイです。」



 街まで行く途中でいろいろ話をした。アオイはどうやらお母さんが病気で、そのために危険と知りつつこの森で薬草を採取していたようだ。父親は、冒険者をしていたが、魔物の森で魔物の討伐をしていてなくなったらしい。今は、母親と2人暮らしをしているということだった。オレは、小声でギンに聞いた。



「病気を治す魔法とかないの?」



 すると、頭の中にギンの声が聞こえた。



『あるぞ。』



 オレは急に頭の中にギンの声が聞こえたので、慌ててアオイにトイレといって森の中に入って行った。そこでギンに聞いた。



「ギン。お前の声が頭に中で聞こえたんだけど?」


「念話だよ。お前もオレに向けて頭の中で話しかけてみろ。声に出さなくても会話ができるから。」



 オレは試しにギンに向かって念話を送る。



『その魔法を詳しく教えてくれるかい?』


『ステーキで手を打とう。』


『わかったよ。街に着いたらね。』



 オレは念話が使えることを確認して、アオイのところに戻った。



「お待たせ。」



 しばらく歩いていくと、大きな城壁が見えてきた。



「あの城壁の向こうよ。」


「すごい城壁だね? アルタナの街には城壁はなかったよ。」


「この街は、直ぐ近くに魔物の森があるでしょ。私が生まれるより昔に、たくさんの魔物が襲ってきたことがあったらしいの。それでこの城壁を作ったんだって。」



 オレ達は、門番に身分証を見せて街の中に入った。街に到着した後、アオイを家まで送り届け、アオイに紹介された宿屋を探した。宿屋はアオイの家の近くにあり、すぐに見つかった。その宿屋の名前は『虹の花』という。魔物の森の奥に咲いている虹の花を手に入れると幸せになれるという伝説があるらしい。翌朝、オレが目を覚まして朝食を食べようと1階に降りると、そこにはエプロンをしたアオイの姿があった。



「おはよう。ツバサさん。昨日はありがとうございました。」


「おはよう。アオイちゃんがどうしてここにいるの? エプロンまでして。」


「ここの女将のロゼッタおばさんと私の母は姉妹なんです。だから、ここで働かせてもらっているんです。」


「お客さん。聞いたよ。うちのアオイが、昨日魔物から助けてもらったんだって?ありがとうね。」


「いいえ。大したことないですよ。相手はゴブリンでしたから。」


「ゴブリンは女の敵よ。アオイが無事でよかったよ。」


「アオイ。昨日森で薬草を取ってきたんだろ? ロザンヌの調子はどうだい? 少しは具合がよくなったかい?」


「昨日帰った後、おばさんに教えてもらった通り薬草を煎じて飲ませたら、今朝は大分顔色が良かったです。」


「早く起きられようになればいいんだけどね。」



 朝食を食べ終わったオレは部屋に戻り、ギンに聞いてみた。



「ギンさ~。病気を治す魔法っていうのはどんな病気でも治せるの?」


「そういうわけにはいかないな。完全に治る病気もあれば、多少良くなる程度の場合もある。ただ、怪我の場合は完全に治すことができるぞ。ただし、魔法のレベルが上がるけどな。」


「昨日の約束だけど、オレに教えてくれるかな?」


「病気の程度が軽い場合は『ヒール』、重い場合は『パーフェクトヒール』を使うんだ。」


「言葉だけ知っても意味ないじゃん。教えて欲しいのは発動の仕方だよ。」


「まぁ、焦るな。どちらの場合も、病気が治るイメージを頭の中に描いて、病人の身体に魔力を流し込むんだが、パーフェクトヒールの方が魔力を強めにする必要があるな。相手がどんな病気なのかわかっていれば、完璧なんだけどな。」


「頭の中でイメージね? 難しいな。」


「なれればできるようになるさ。ただ、お前、光魔法に適性が無ければ無理だからな。」


「なら、大丈夫だよ。オレ、すべての魔法の適性があるから。」


「なんだそれ! 規格外じゃないか!」



 その後、オレはギンから怪我を治す魔法『リカバリー』も教えてもらった。魔力が強ければ、欠損部位も元に戻るらしい。オレにできるかどうかはわからないが。


 オレは外出の用意をして1階に降りると、アオイが待ち構えていた。



「ツバサさん。昨日のお礼にカツマの街を案内するわ。」


「ありがとう。でも、仕事はいいの?」


「ロゼッタおばさんが、今日は休んでいいって。」


「なら、街に行く前にロザンヌさんに会いたいんだけど、いいかな?」


「えっ、お母さんに?」


「期待させたら悪いけど、もしかしたらオレにロザンヌさんの病気が治せるかもしれないからね。」


「本当に?」


「とりあえず、会わせてくれるかな~?」


「うん。」



 オレは肩にギンを乗せて、アオイの自宅に向かった。



「お母さん。ただいま。昨日話したツバサさんを連れてきたよ。」



 ロザンヌさんは身体を起こしてお礼を言ってきた。



「昨日は、アオイを助けていただいてありがとうございました。見ての通り、体が悪くて、何のお構いもできませんが・・・・」


「気にしないでください。それより、ロザンヌさん。体の様子を拝見してもいいですか?」


「お母さん。ツバサさんが、もしかしたらお母さんの病気を治せるかもしれないって!」


「本当ですか?」


「期待させて申し訳ありません。治らない場合もありますが・・・・」

 

「いいんですよ。もうあきらめていますから。」



 オレは、ロザンヌさんの近くまで行った。そこでギンに念話で話しかける。



『ギン! どうやって病気の原因を見つけるんだ?』


『体中を触って、固くなっている部位を探してみろ。』



 オレは、ギンに言われたとおり、ロザンヌさんの身体、特に痛がっているお腹周りを押しながら探してみた。おへその右横あたりに固くなっている部位があった。オレはそこに魔法をかける。



「パーフェクトヒール」



 すると、オレが手をかざした場所が眩しい光に包まれた。魔法をかけ終わった後、同じ場所をもう一度触ってみると、固くなっていた部位がなくなっていた。



「ロザンヌさん。いかがですか? 何か変化はありましたか?」



 ロザンヌさんは、痛くて苦しかった部位を自分で触ってみるが、痛みが消えている。それを心配そうにアオイがのぞき込んでみている。



「お母さん、どう?」


「うん。体がすごく楽になったわ。痛みもないし、吐き気もないわ。」


「治ったかどうかまだわからないので、もう1日安静にしていてください。明日もう一度見に来ますので。」


「ありがとうございます。娘ばかりでなく、私まで・・・・」



 ロザンヌさんは目に涙を浮かべて、言葉に詰まってしまった。



「今日一日、アオイちゃんをお借りしますが、よろしいですか?」


「はい。大丈夫ですよ。アオイ、ちゃんと街を案内するんだよ。」


「うん。」



 アオイにも笑顔が戻った。


 オレはアオイに連れられて街を見て回る。自然とアオイがオレの手を握ってきた。まるでアベックだ。しばらく歩いていると市場があった。オレは空間収納にしまってあるブラックベアのことを思い出して、肉屋を探した。



「アオイちゃん。この市場の中に肉屋ってあるかな?」


「あるよ。この街で一番大きなお肉屋さん。」



 オレはアオイに案内されて肉屋に来た。アオイには、少し離れた場所で待っていてもらった。とりあえず、目立ちたくないので頭にフードをかぶった。



「すみません。ちょっとお伺いしたいんですが。」


「なんだい? この店では肉の買い取りってしていますか?」


「ああ、買い取るよ。何の肉だい?」


「ブラックベアなんですけど。」


「ええ~! お前さんが倒したのかい?」



 店主の声が大きくて、周りの人達に注目されたしまった。



「すみません。小さい声でお願いできますか?」


「おお、悪かったな。それで、肉はどこにあるんだい?」


「大きいんですよ。どこで渡したらいいですか?」


「店の裏に持ってきてくれるか?」



 オレは手ぶらで店主について行った。



「どこにあるんだい? お前さん、俺をからかったのか?」



 オレは空間収納からブラックベアを取り出した。



「えっ! お前さん、今どこから出したんだ!」


「今見たことは秘密にしてくださいね。」


「ああ、わかったよ。ちょっと待ってな。」



 店主はブラックベアを確認している。



「状態はいいが、少し焼けてる部分があるから金貨3枚でどうだ?」


「それでいいですよ。」



 オレは店主から金貨3枚を受け取り、アオイの元に戻った。



「肉屋さんの用事はなんだったの?」


「別に大したことじゃないよ。このあたりで人気の肉は何か聞いてみただけさ。」



 肉屋を出た後、オレはアオイに手を引かれ、城壁の上まで来た。城壁の上からはこの街全体が見渡せる。オレたち以外にも何組ものアベックがいた。なんか似たようなことが過去に会ったことを思い出した。




 マリアちゃんは元気にしてるかな~?




 街の西側には広大な森が広がっている。魔物の森だ。オレが目指すナデシノ聖教国は街の東側だ。


 太陽が真上に来た。ちょうどお昼だ。オレとアオイはお弁当を買って、アオイの家に戻った。すると、寝ていたはずのロザンヌさんがすでに床上げをして家の掃除をしていた。



「お母さん。起きて大丈夫なの?」


「アオイ。お帰りなさい。すごく具合がいいのよ。寝てるように言われたけど、どこも悪くないから我慢できなくてね。」


「ロザンヌさん。元気になって良かったです。」


「本当にありがとうございました。何とお礼を言っていいか。」


「お母さん。提案があるんだけど。うちはツバサさんになんのお礼もできないから、お礼に私をツバサさんにあげるっていうのはどうかな?」


「アオイ! 何を言ってるの! 馬鹿なこと言ってるんじゃないよ。ツバサさんが迷惑がってるでしょ。」


「そうなの? ツバサさん。」


「いや。迷惑ではないけど、実はオレ記憶喪失なんですよ。気付いたら草原で倒れていて、人に助けられたんです。それで、アルタナの街で生活していたんですけど、倒れたときにこのコインを持っていたので、恐らくナデシノ聖教国に行けば何かわかるかと思って旅をしているんですよ。」


「そうだったんだ。じゃぁ、奥さんや彼女がいるかもしれないってこと?」


「ごめん。覚えていないんだ。」


「なら、お母さんにかけた魔法を自分にかけてみればいいんじゃない?」


「試したけど無理みたい。」


「そっか~。ツバサさんも大変なんだね。」


「でも、奥さんがたくさんいても誰も文句言わないよ。」


「アオイ! あなたは私を一人にするつもりなの?」



 オレは気まずい雰囲気に耐えられず、用事を思い出したことにしてその場を後にした。



「ツバサ。お前も罪な男よの~。」


「何言ってるんだ! ギン!オレは何もしてないだろう?」


「自覚が無いのも困ったもんだなぁ。」



 すると、街中に当然大きなサイレンが鳴り響いた。

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