第6話 ワサイ村

 ツバサは一人でナデシノ聖教国に向かって歩いている。ナデシノ聖教国は、最初に来た草原を逆方向に向かい、フエキさんがいるワサイ村を通って、さらに街をいくつか抜けた先にある。徒歩で行けば3か月はかかる距離だ。オレは近距離の瞬間移動の他に、遠距離の転移魔法も覚えたが、転移魔法は一度行った場所しか使えない。




 仕方ない。歩いていくしかないな。でも、遠いな~。




 旅の準備の一環として買った地図を確認しながら、思わずため息が出る。盗賊を退治した場所や、初めてフエキさんと出会った場所を懐かしく思いながら通り過ぎていく。だが、見渡す限り草原だ。それに、ほとんど人通りがない。誰もいないならと音痴な歌を大声で歌いながら一人歩いていく。すると、草原の草むらからカサカサと音がした。なんだろうと覗き込むと可愛い子犬がいた。オレは、背中のバッグから干し肉を取り出して子犬に与えた。オレが歩き出すと、子犬がオレについてくる。



「ダメだぞ。親のところに帰れよ。心配しているぞ。」



 オレが子犬に話しかけると子犬が答える。



「わしに親はいない。」


「え~!お前しゃべれるの?」


「当たり前だ。わしを誰だと思っている。わしは神獣のフェンリルだ。」


「へ~。それで、その神獣様がオレに何か用か?」


「別に用ではないが、何やらお主は面白そうな匂いがする。しばらくお主についていくぞ。」



 オレが腰をかがめて話をしていると、フェンリルはひょいっとオレの肩の上に載ってきた。



 

 一人で旅するのも寂しいし、話し相手が出来れば少しは気がまぎれるよな。




「オレはツバサだ。よろしくな。お前の名前を教えてくれよ。」


「わしに名前はない。お前が呼びやすいように呼べ。」


「なら、お前の名前は銀色だからギンだ。」


「なんか安直だな。まぁ、いいがな。」


「ギン。よろしくな。」


「ああ、任せろ。」


「ギンは神獣だよな? 魔法は得意か?」


「当たり前だ。」


「なら、オレに魔法を教えてくれないか?」


「お前からは膨大な魔力が感じられるが、魔法が使えないのか?」


「いや。使えるけど、例えば空を飛んだりとか、時間を止めたりとか、ケガや病気を治したりとか、荷物を収納できたりしたら便利だろ?死者を復活させられたらもっといいよな~。」


「お前は馬鹿か? いくら魔法でも、できることとできないことがあるに決まっているだろう。」


「だから、教えてほしいんだよ。」


「なるほどな。でも、お前、不思議だな。お前からはなぜか変な匂いがするなぁ。なんか懐かしい匂いというか・・・・・」


「そんなに人の匂いを嗅ぐなよ。くすぐったいだろ!」



 夕方近くになってやっとワサイ村に到着した。初めて見たワサイ村は、日本の農村のようだった。村の中心に広場はあるが、村の周りは見渡す限り畑と果樹園だ。アルタナの街と違って人が少ない。店もほとんどないし、屋台は全くない。だけど、子ども達がたくさん外で遊んでいる。




 フエキさんの家はどこかな~?フエキさんを訪ねるのは明日にして、まず宿を探そうかな?こんな田舎に宿屋なんかあるかな~?




 オレは食堂に入って宿屋があるかどうか聞いてみた。



「すみません。ちょっとお伺いしたいのですが、この村に宿屋はありますか?」


「ここが宿屋だよ。」


「えっ。食堂ですよね?」


「2階は宿になっているんだよ。」


「そうなんですか?今日、部屋は開いていますか?」


「空いてるよ。銀貨3枚でいいよ。食事はどうする? 別料金だよ。食べたかったらここにおいで。」



 オレは、銀貨を3枚渡して、案内された部屋に行った。部屋は、意外と広くてきれいだった。セミダブルの大きさのベッドが一つあるが、かなり余裕があった。お腹も空いていたので、オレは荷物を置いて少し休んだ後、下の食堂に降りて行った。するとそこに見たことのある男性がいた。



「フエキさん!」


「おお、ツバサか? ツバサがどうしてここにいるんだ? まさか、ダンテさんのところから逃げ出してきたんじゃないだろうな!」


「違いますよ。ナデシノ聖教国に行く途中ですよ。フエキさんに会いたくてこの村に寄ったんですよ。」


「そうか。嬉しいこと言ってくれるな。でも、よくダンテさんがお前を手放したな。」


「ええ。オレが持っていたこのコインが、ナデシノ聖教国の物だって教えてくれて、どうしてもナデシノ聖教国に行ってみたくなったんですよ。」


「まぁ、話はあとだ。まず、注文したほうがいいな。酒は飲めるのか?」


「すいません。オレ、酒は飲めないんですよ。」


「男だろ? 情けねぇ奴だな~。」


「女将さん、俺にエールとこいつには何か果実水を出してくれるかい。」



 オレは、この村の名物というキングボアのステーキとパンとサラダとスープを注文した。それと、ギンにもステーキを用意してもらった。



「フエキさんには、せっかくダンテさんの店を紹介してもらったのにすみません。」


「ダンテさんとマーサさんが承知していることなら、別に俺はいいさ。それより、ナデシノ聖教国でツバサの記憶が戻ればいいな。ところで、その肩に載っているのはどうしたんだ?」


「ああ、ギンですね。ここに来る途中で拾ったんですよ。」



 オレはギンに人前で言葉を話さないように言っておいたので、ギンもオレの肩に載って大人しくしている。2人で話をしながら食事をしていると、男2人が店に入ってきた。オレは、宿に入ってからはフードをとっている。黒髪のオレが珍しいのか、2人はオレをちらっと見ると席についてエールを注文していた。



「聞いたか? エイジがよー、今日果物畑でブラックベアに襲われて大怪我をしたらしいぜ。」


「ああ、聞いたぜ。なんか3m以上の奴らしいな。」


「俺達もおちおち収穫してられねぇな。」


「アルタナの冒険者ギルドも当てにならねえしな。」



 2人の話が聞こえてくる。オレはフエキさんに聞いてみた。



「フエキさん。あの2人が話しているブラックベアっていうのはそんなに危険なんですか?」


「ああ、この辺一帯では一番厄介な魔物だな。オレの畑じゃまだ見かけねぇが、この村に被害者が出るのも時間の問題かもしれねぇな。」



 オレがしばらく考え込んでいると、フエキさんが話しかけてきた。



「ツバサ。馬鹿なこと考えるんじゃねぇぞ! お前が強いって言っても、剣も魔法も使えないお前じゃ、殺されるのがおちだからな。」


「はい。」



 オレとフエキさんは食事を終えて、オレは一人2階の部屋に戻った。



「ギン。ブラックベアっていうのは強いのか?」


「わしの敵じゃないけどな。人間たちにとっては怖いだろうな。」



 オレがフードを被って出かける準備をしていると、ギンがオレの肩に載ってくる。



「行くんだろ? ツバサ。わしも一緒に行ってやるよ。」



 オレはギンを連れて『瞬間移動』で、宿の外に出た。そこから、『気配探知』を発動して村の外の果樹園周辺を捜索した。すると、オレの探知に引っかかるものが見つかった。同時にギンが声をかけてきた。



「ツバサ。いたぞ。」


「ああ、わかってる。」



 オレは、反応のあった場所に向かって走った。すると、男達が話していた通り3mはありそうなブラックベアを見つけた。ブラックベアもこちらに気づいたようで、大きな口を開けて威嚇してきた。



「グオー、グオー」



 オレが少しずつ間合いを詰めると、ブラックベアが鋭い爪で襲い掛かってくる。オレは遠距離攻撃で魔法を発動する。



「ウォーターカッター」



 ブラックベアは信じられないことに、それを手で振り払う。 



「ダメだ。ツバサ。あいつは魔物の中でもそれなりに強い。もっと強力な魔法でなければ倒せないぞ。」



 ブラックベアは、俺に向かって突進してくる。オレは、ブラックベアの体当たりをかわしながら拳を叩き込んだ。だが、分厚い脂肪に阻まれて跳ね返されてしまう。




 しょうがない。使ったことないけど試してみるか。




「ファイアーアロー」


 空中に炎の矢が30本以上現れた。オレが手をブラックベアに向けると、炎の矢はブラックベアに襲い掛かる。さすがのブラックベアもすべてを防ぐことはできずに、何本かが体に突き刺さっている。



「グワ―、グオ―」



 止めだ。


 

「サンダー」



 空からブラックベアに向かって雷が落ちた。



「グオ――――――」



 ブラックベアは断末魔を上げて倒れた。オレは、ブラックベアが死んでいることを確認して、そのまま立ち去ろうとするとギンが話しかけてきた。



「ツバサ。こいつをそのまま放置するのか? ほかの魔物が寄ってくるぞ。」


「だって、こんなに大きい奴は持って帰れないじゃないか?」


「空間収納に入れて持って帰ればいい。」


「そんな便利な魔法があるのか?」


「お前知らないのか?」



 オレはギンから空間収納の魔法を教えてもらい、ブラックベアを空間収納にしまって宿に戻った。


 翌日、オレはフエキさんの家を訪ね、フエキさんに別れの挨拶をして再び旅に出た。


 その日から、ブラックベアがこの村を襲うことはなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る