第4話 アルタナの街(3)
それから1カ月間、オレはマリアちゃんから魔法の指導を受けた。ただ、マリアちゃんの適性が『光』だったので、魔法そのものというよりも、魔法の発動方法を中心に教えてもらった。そして、オレは夜みんなが寝静まったころにこっそりと小屋を抜け出し、一人で郊外に来て魔法の練習をしている。そこで分かったことだが、魔法は『想像力』だ。マリアちゃんは、魔法を使用する前に、定型文のようなものを言っているが、オレには必要ない。頭の中で想像し、それを具現化させるだけでいい。どの程度の威力の魔法が発動できるかは、魔力量によって違うことも分かった。同じファイアボールでも、魔力量を多く流せばとてつもない威力になる。
この世界は夢か現実かわからないけど、オレは目立たない方がいいだろう。もう少ししたら、とりあえずあの女性を探すことにしよう。もしかしたら、元の世界に帰る方法がわかるかもしれないし。ただ、手掛かりはこのコインとナデシノ聖教国だけかぁ~。
今日は、学校もお店も休日だ。魔法を教えてもらったお礼にと、マリアちゃんを買い物に誘った。小屋の前で待っていると、なんかオシャレしたマリアちゃんがソワソワしながらやってきた。
「ツバサ~。今日はデートなんだから手をつないでいい?」
オレにとっては妹のような存在なので、別に気にすることもなく返事をした。
「いいよ。ただ、オレはまだ街にあまり詳しくないから、マリアちゃんが行きたい場所に連れて行ってくれるかなぁ?」
「わかった!」
マリアちゃんは、オレの手を握ると引っ張るように歩き始めた。その2人の姿を、何か微笑ましいものを見たかのように、ダンテさんとマーサさんがニコニコしながら見送っている。
「どこに行くの?」
「この街のデートスポットに決まってるじゃん!」
オレとマリアちゃんは、郊外の見晴らしのいい丘まできた。そこからは、街全体が一望できる。さらにその向こうの草原や森まで見える。ただ、そこには、オレ達2人だけでなく、他にもアベックがいた。どのアベックも肩を寄り添いながら歩いている。なんかこちらが恥ずかしくなる雰囲気だ。
「私、彼氏ができたらここに来たいって思ってたんだ。」
「マリアちゃんはオレにとってはとっても大切な『妹』だよ。」
「えっ!彼氏じゃないの?」
「だって、年も離れすぎてるしね。それに、オレみたいな正体不明な人間を彼氏にしたら、ダンテさんやマーサさんが困ると思うよ。」
「そんなことない!お父さんもお母さんも、ツバサはしっかり者でいい奴だって褒めてたもん!」
正直オレは困ってしまった。決してマリアちゃんのことが嫌なわけではない。だけど、オレはこの世界に突然やってきた。もしかしたら、突然戻されるかもれない。オレはいつ消えていなくなるかわからないのだ。それに、オレには探さなければならない人がいる。オレが一人で考え込んでいると、マリアちゃんの方から提案してきた。
「ツバサ。いいわ。なら、今日限定の彼氏ってことでどう?」
マリアちゃんは必死に笑顔を作ってる。オレは、なぜか申し訳ない気持ちになってしまった。
「なら、今日はマリアちゃんにとことん付き合うよ。」
オレ達は、街に戻り以前見かけた『喫茶室オハラ』に入った。店内は、ほぼアベックだけだ。オレ達は、飲み物とケーキのようなものを注文した。
「ツバサ?この1カ月で何か思い出したことあった?」
「いや、何も思い出せないよ。ただ、オレが持っていたこのコインが、ナデシノ聖教国のものだってことはわかったよ。」
「なら、ツバサはナデシノ聖教国の人なのかな~?」
「多分違うと思うけど、一度行ってみたいと思ってるよ。」
「えっ!ツバサはこの街からいなくなっちゃうの?」
マリアちゃんは今にも泣きだしそうな顔をしていたので、もうしばらくはこの街に留まるつもりだと話した。ゲンキンなもので、マリアちゃんはニコニコと笑顔に戻った。
「ただ、他の国に行くにしても、身分証みたいなものが必要なんだよね?」
「それなら、冒険者ギルドで発行してもらえばいいよ。」
「そうなんだ~。」
「ここから近いし、今から行こうか?」
オレとマリアちゃんは冒険者ギルドに向かった。冒険者ギルドの入口はウエスタンドアのような両開きのドアだった。オレはフードを被り、恐る恐る中に入ると、正面に受付カウンターがあった。オレとマリアちゃんは列の後ろに並んだ。すると、後ろから声をかけられた。
「おい、お前!見かけねぇ奴だな?」
「はい。初めて来ましたので。」
「なんだ。初心者か。なら、先輩に順番を譲れや。」
男がオレ達の前に入ろうとすると、マリアちゃんがそれを止めた。
「ちょっと、あんた!順番守りなよ!」
「うるせぇな。痛い目に遭いたくなきゃ黙ってろ!」
「だから、順番守れって言ってるだろ!」
マリアちゃんは男の手を引っ張った。すると、男はマリアちゃんの行動に切れた。
「もう我慢ならねぇ!」
男はマリアちゃんに殴りかかる。オレは咄嗟に男の前に出て殴られた。自分でも鼻血が出ていることが分かった。このままだとまずいと思ったオレは、男に頭を下げた。
「すみません。先に行っていいですから。」
「はじめからそうすりゃ怪我もしねぇんだよ。」
マリアちゃんはオレの鼻血を拭いている。
「ツバサ。ごめん。ごめんね。」
「いいよ。気にしないで。」
しばらく待っていると、オレの順番が来た。そこで、冒険者登録をして冒険者カードを発行してもらった。受付の女性の説明では、冒険者にはランクがあり、S・A・B・C・D・E・Fの7ランクから構成されている。Cランク以上が一人前扱いだ。後、今までお目にかかったことはないが、この世界には魔物と呼ばれるものもいるらしい。時々、森や街道で人を襲うことがあり、冒険者による討伐の対象となっている。強ければ強いほど報酬も高く、その素材に価値があるらしい。素材の買取は、冒険者ギルドか、商業ギルド、または個人の店でも扱っている。
登録を終えたオレとマリアちゃんは店に帰った。店には、ダンテさんとマーサさんがいた。
「ツバサ!どうしたその顔は?」
「お父さん。冒険者ギルドでツバサの登録をしていたら、横入りしてくる奴がいたの。私が注意したら、突然殴りかかってきて、それをツバサが助けてくれて・・・」
「ツバサ。ありがとうな。マリアを守ってくれて。」
「いいえ。オレ、弱いですから、殴られるくらいしかできませんけど。」
「マリア!そいつは、どんな奴だ?」
「ダンテさん。いいんですよ。もう。」
「けどな~。殴られっぱなしっていうのもな~。」
「別に気にしていませんから。怪我も大したことないし。」
「ツバサがそういうなら、今回は我慢しよう。次同じことがあったら、オレに言えよ。」
「ありがとうございます。そうします。」
すでに夕食の準備が出来ていた。店が休みの日はマーサさんが料理を作ってくれる。料理人のダンテさんとは違った美味しさがある。特に、マーサさんの煮物料理は最高だ。地球の濃い味に慣れているオレには美味しく感じる。
その数日後の夜、オレはいつものように顔がわからないようにフードをかぶり、郊外へと訓練に出かけた。その日は、珍しく草原ではなく、街の北に位置する森へと向かった。最近覚えた『気配感知』で周りの様子を伺いながら森を歩く。
確か魔物がいるとか言ってたよな~。どんな奴だろうか?
『気配感知』に反応があった。ゆっくりと近づいてみるとフクロウだ。魔物かもしれないと思っていたものが、フクロウだったことで気が緩んでしまった。安心して油断していると、オレは何かにつまづいて転んだ。指の先にライトをともすと、そこには巨大な蛇がいた。だが、蛇はこちらを気にすることなく悠然と去っていく。
「ギャ―。助けてくれ~! 誰か~!」
オレが悲鳴のする方に行くと、数日前に冒険者ギルドでオレを殴った男が大蛇の群れに襲われていた。オレは、草原で訓練して身につけた魔法で退治していく。
「ウオーターカッター、ウオーターカッター」
すべての大蛇を退治すると、男がオレの手を握り感謝してくる。
「助かった! ありがとう! あなたは命の恩人だ。オレにできることがあったら何でも言ってくれ。」
オレは正体がばれるのが嫌だったので、一言だけ言ってその場を去った。
「気を付けて帰れ。」
男が去ったのを確認して、オレもその場を後にした。
翌日、オレとマリアちゃんは学校もお店も休みだったので、2人で街をぶらぶらしていた。すると、市場の方で人だかりができている。気になったので、様子を見に行くと、ぼろぼろの服を着た子どもが数人の大人たちに囲まれていた。
「このガキ。いつもいつも盗みにきやがって、今日という今日は許さねぇぞ。」
子どもはどうやら男の子のようで、店先から食べ物を盗んだようだ。
「ツバサ。あの子どうする? このままだと、衛兵に突き出されて牢屋行きよ。なんかかわいそう。」
オレとマリアちゃんがどうしようか相談していると、突然男の子が走って逃げだした。だが、通りを横切ろうとしたところに運悪く馬車が通りかかっていた。
「あっ! 危ない!」
誰もが悲惨な状況になるだろうと目を背けた。近くにいたオレは、咄嗟に飛び出し、男の子を抱きかかえて通りの反対側まで転がった。馬が驚いて前足を上げて大きくのけぞる。
「ヒッヒ――――――ン」
「無礼者!」
御者の男と馬車の周りにいた騎士達がオレに近寄ってきた。オレは、男達に頭を下げて謝った。
「すみません。」
「すみませんで済むと思っているのか?」
男達と騎士達が男の子を連れて行こうとしている。オレは、その手を強くつかんで振り払う。
「年端も行かない子どもです。許してあげてください。」
「貴様! 何をする! 逆らうのか!」
騎士がオレを殴る。オレは、男の子を体の下に匿い、されるがままの状態だ。
「バコッ、ボコッ」
騎士達が集まってオレを殴り、蹴飛ばす。その様子を見ていた周りの人達がひそひそと小声で話し始めた。
「ひでぇなぁ。あの馬車は誰の馬車だ?」
「確かあの紋章は領主様のものだね。」
「誰か止めたほうがいいんじゃねえか。あいつ死んじまうぜ。」
すると、マリアちゃんが泣きながら騎士達を止めに入る。
「もう、もうやめてください。このままだと、死んでしまいます。許してください。」
馬車の中から豪華な服を着た小太りの男が出てきた。
「お前達、その辺にしておけ。」
「はっ。」
馬車が通り過ぎた後、オレはマリアちゃんに体を起こしてもらった。そして、その下には男の子が泣いてうずくまっている。オレは、その子に声をかけた。
「もう大丈夫だ。怪我はないかい?」
「お兄ちゃん、ごめんなさい。ボク、ボク・・・ワ~ン」
男の子は大声で泣き始めた。周囲に集まった人達も、オレ達を心配して見に来ていた。
「おい。兄ちゃん。ケガはないか? 立てるか?」
「はい。」
オレは、男の子を囲んでいた男性を見つけると、ポケットから銀貨を取り出した。
「あの~。この子の取ったもののお金はこれで足りますか?」
「ああ、十分だ。」
オレはマリアちゃんに支えられながら、男の子を連れて『うまい屋』に戻った。店にはダンテさんとマーサさんがいた。
「大丈夫か? ツバサ! どうしたんだ?」
マリアちゃんが、事の次第をダンテさんとマーサさんに説明した。
「ツバサ。お前も無茶な奴だな~。相手は貴族だ! 殺されても文句言えなかったんだぞ!」
「心配かけてすみませんでした。」
オレは、不安な顔をしている男の子の頭をなでながらやさしく言った。
「もう大丈夫だから。心配しなくていいよ。」
「ツバサ君。この子はどこの子なの?」
「オレも知らないんですよ。」
「それじゃなにかい。あんた、見ず知らずの子を命がけで守ったのかい?」
「ええ、まあ。」
オレが傷の手当てを受けている間、男の子は心配そうな顔をしてずっと見ていた。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だ。それより、君のことを教えてくれるかな?オレはツバサだ。」
「僕はリュウ。この街の西にお母さんと住んでるよ。」
街の西側はスラム街だ。まだこの街に来て日の浅いオレでも知っている。危険な地域として、普通の人は近づかない場所だ。
「ツバサ。リュウはオレが家まで送り届けるから、今日と明日は大人しく寝ていろ。」
「すみません。お店が忙しいのに。」
その日の夜、オレは身体中が痛くてなかなか寝つけなかった。
~~~~ドバイ伯爵の屋敷~~~~
ドバイ伯爵と執事のキトが、ドバイ伯爵の部屋で何やら怪しい話をしていた。
「キトよ。先日、街で美しい少女を見かけたぞ。何とかせい!」
「畏まりました。その娘についてすぐに調べさせ、手配いたします。」
ん~。待ち遠しいの~。
ドバイ伯爵は、ニヤニヤと薄汚い笑いを浮かべていた。
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