第2話 アルタナの街(1)

 オレは、アルタナの街並みを見て驚いた。まず、道路がどこも舗装されていない。建物自体が中世のヨーロッパ風の建築だ。窓はあるが、ガラス窓ではない。それと、街中の道は意外と広く馬車が走っている。街灯らしきものが見当たらない。恐らく夜は、真っ暗になるのだろう。道の所々に露店が出ていていい匂いがする。


 街を歩く人達は、金髪に碧眼の人が圧倒的に多い。中には赤い髪の人、青い髪の人がいる。だが、フエキさんが言っていた通り黒髪、黒眼の人はいない。


 オレはキョロキョロしながらフエキさんと、盗賊5人を連れて警備兵のもとに行き、盗賊達を引渡して金貨5枚の報酬をもらった。その後、フエキさんに案内してもらって服屋に行き、靴と靴下、上下の服と下着、フード付きのマント、腰に巻くカバンなどを購入した。金貨1枚を渡して、大銀貨8枚をお釣りにもらった。高いのか安いのかよくわからない。


 買い物を終えたオレとフエキさんは、荷台の野菜や果物を届けにいくつか店を回った。オレは、商品を荷台から降ろすのを手伝った。



「ツバサがいてくれたおかげで助かったよ。いつも一人だから、荷台から降ろすのがきつくてなぁ。」


「いいえ。ここまで親切にしていただいたんですから、当然のことですよ。」


「ツバサは、体格もいいし武術の心得があるようだから冒険者にでもなったらどうだ。」


「冒険者ですか?なんですかそれ?」


「魔物の討伐をしたり、今回みたいに盗賊を討伐したりして報酬をもらう仕事だよ。」


「どうすれば冒険者になれるんですか?」


「ここに来る途中にあった冒険者ギルドに登録すればいいんだ。」


「でも、危険そうですね。じっくり考えてみますよ。」


「次に行く店が最後だ。ここに来る途中で話した『人手が足りなくて困ってる食堂』だから、飯でも食うか?」


「はい。」



 オレ達は、食堂に向かった。荷台から降ろした野菜や果物は、ほとんどがオレの知っている物だったので、恐らく料理も同じものが出てくるのだろうと思っていた。



「着いたぞ。ここだ。」



 中に入ると、4人用の丸テーブル席が6つとカウンター席が10人分の広さだった。調理場にいる人がどうやらこの店の主らしい。



「フエキ。やっと来たか。遅いから、今夜の仕込みに間に合わないと思って冷や冷やしたぞ。」


「すみません。ダンテさん。途中で盗賊に襲われて遅くなりました。」


「盗賊?それで怪我しなかったか?」


「ええ。荷物も全部無事ですよ。」


「良く怪我しなかったな。」


「ここにいるツバサが盗賊をみんな退治してくれたんですよ。」


「おお。ありがとうな。フエキを守ってくれたことを感謝するぜ。」



 ダンテさんは40代半ばで、オレから見てもかなり恰幅がいい。頭が坊主だから一見怖くも見えるが、性格がよさそうな人だった。



「ダンテさん。紹介するよ。彼の名前はツバサ。ここに来る途中の草原で会ったんだけど、自分の名前以外の記憶がないらしいんだ。確かダンテさんは人を雇いたいって言ってたよな?こいつはどうかな?腕も立つし、恰幅もいいし。」



「俺はダンテだ。この店の主だ。そうだな~。雇いたいけど、給料は高くないぞ!日給で銀貨5枚だ。そのかわり、この裏に離れの小屋があるからそこに寝泊まりすればいい。それでどうだ?」


「是非、お願いします。でも、正体不明のオレを働かせていいんですか?」


「俺は長いこと冒険者をしていたからな。人を見る目はあるつもりだよ。」


「ありがとうございます。」



 そんなやり取りをしているとオレのお腹が『グ~、ググ~』と悲鳴を上げた。



「ダンテさん。俺もツバサも腹減ってるんだけど、なんか食事できますか?」 


「ああ、できるよ。マーサが娘のマリアと買い物に行ってるから、大したものはできないけどな。」



 オレとフエキさんが丸テーブルの席に座って待っていると料理が出てきた。



「これは、ボアのステーキだ。後、パンとサラダとスープだ。このサラダとスープはフエキのところの野菜だぞ。他の店の野菜よりはるかにうまいからな。良く味わって食えよ。」


「はい。」



 ステーキを一口食べると肉の臭みもなく、塩だけなのに最高にうまかった。パンは固いのでスープにつけて食べるのが普通らしい。サラダは、レタス・トマト・アスパラ・ピーマン・玉ねぎのような食材が使われている。これも塩がかかっているだけだけど甘みがあって、シャキシャキしてとても新鮮で美味しかった。



「ダンテさん。すごく美味しかったです。」


「べらぼうよ。この店の看板は『うまい屋』だぜ。看板にウソはねえよ。」



 そうこうしているとマーサさんとマリアさんが帰ってきた。マーサさんは40代前半で肝っ玉母さんタイプの人だ。マリアさんは10代半ばで小柄な少女だった。



「おっ、帰ってきたか。」


「ただいま。あれ、フエキさん来てたのかい?」


「こんにちは。マーサさん、マリアさん。遅くなりました。」


「マーサ、フエキは来る途中で盗賊に襲われたらしいぜ。それを、ここにいるツバサが助けたんだとさ。」


「そうかい。よく怪我しなかったよ。無事で何よりよ。」


「マーサ。ここにいるツバサだけど、今日からこの店で住み込みで働いてもらうことになったからな。」


「ツバサです。恥ずかしいんですけど名前以外の記憶がありません。ただ、体力には自信がありますので、一生懸命働かせていただきます。よろしくお願いします。」


「私はマーサよ。この人の女房ね。困ったことがあったら何でも言ってきな。」


「わ、わ、私は、マリアよ。16歳よ。彼氏いないわよ!」


「マリア、何を突然言い出すんだ。」


「だって、お父さん。この人かっこよすぎよ。緊張するわ~。」



 すると横からマーサさんがマリアに向かって言った。



「何言ってるの、マリア!この国で一番いい男なのは、あなたのお父さんのダンテでしょ!」



 その場が笑いに包まれた。オレは安心した。優しい人達だ。それに、一人っ子だったオレには、マリアさんが妹のようにかわいく思えた。


 フエキさんが帰った後、オレはマリアさんに店の裏の小屋に案内された。長い間使われていなかったようで、小屋の中は大分汚れていた。そこで、その日はマリアさんに手伝ってもらって、小屋の掃除をすることになった。



「ツバサさんは、何も覚えていないの?」


「『ツバサ』でいいよ。そうだね。恥ずかしいけど、気づいたら郊外の草原にいたんだ。」


「そう・・・・。なら、奥さんや彼女がいるかもしれないよね?」


「分からないけど、多分いなかったと思うよ。」


「本当?」



 何故かマリアさんはニコニコしながら、部屋の水拭きをしてくれている。



「ところで、マリアさんは普段からお店の手伝いをしているのかな?もし、そうならいろいろと教えて欲しんだけど。」


「私のことは『マリア』って呼んで!もう少しで卒業だけど、今はまだ学生なの。だから、学校から帰った後とか、学校が休みの時は手伝っているわよ。」


「さすがに呼び捨ては無理かな。『マリアちゃん』でいいかな?」


「じゃぁ、それでいいわ。」

 

「それで、学校で何を勉強してるのかな?」

 

「主に魔法ね!それ以外は、計算や世界の歴史や魔物についてなんかも習うよ。」


「魔法?」


「そうよ。何か変?」




 そうか。この世界には魔法があるんだぁ。オレにも使えるのかなぁ?




「魔法って誰でも使えるの?」


「えっ!ツバサは大人なのに魔法が使えないの?」


「ごめん。魔法を使った記憶がないんだ。」


「ごめんなさい。そうよね。ツバサは記憶をなくしてるんだよね。」


「魔法について教えてくれるかな?」


「いいわよ。魔法には、火・水・土・雷・光・闇の6属性と無属性の7種類あるわ。普通は、どの人も1つの属性に適性をもって生まれるのよ。だけど、中には2つ、3つの属性に適性を持っている人もいるわね。因みに、お母さんは水、お父さんは火、私は光に適性があるわ。」


「じゃぁ、オレにどの適性があるかどうやって調べるの?」


「教会で調べてもらうのよ。でもね、適性があってもほとんど使えない人もいるわ。その人の持っている魔力量で魔法の強さが変わるのよ。魔力量も教会で調べてくれるよ。」


「そうなんだ~。マリアちゃん。掃除が終わったら教会に連れて行ってくれるかな?」


「いいわよ。じゃぁ、早く終わらせましょ。」



 掃除を終わらせて、オレとマリアは教会へと向かった。教会まで行く途中でマリアがいろいろと案内してくれた。



「ツバサ。あそこの店、オシャレでしょ。この街で有名なデートスポットなのよ。今度一緒に行こうね?」



 その店は所謂『喫茶店』のようなところらしい。確かに窓の形がハート型になっていて、入口も花が飾られていてオシャレだ。すぐ近くに冒険者ギルドらしき建物があった。



「マリアちゃん。もしかして、あそこは冒険者ギルド?」


「そうよ。よくわかったね。」


「だって、看板が剣と盾になってるじゃん。それに、入口にゴツイ人が何人もいるしね。」



 少し先に大きな建物が見えてきた。



「あそこに見えるのが、私の通っている王立アルタナ学院よ。大きいでしょ?」


「そうだね。建物も新しいね。」


「建物は古いのよ。だけど、老朽化しない魔法がかけられてるのよ。」


「へぇ~。」


「教会はすぐそこよ。」



 通りの角を曲がるとそこには、見慣れたつくりの建物があった。




 この世界の教会も同じような作りなんだなぁ。

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