第四十七話

 すると美玖みくさんは、言い放った。

「という訳で出産と育児のために私は、しばらく戦いを止める」


 俺は、これからどうしたらいいか分からず、動揺した。

「え? ええええ?! じゃあ今回の、この大会は、どうするんすか?!」

「えーと……。まあ、お前一人で何とか、がんばってくれ。それじゃあ、私は江戸に帰るから」と美玖さんは、すたすたと歩きだし森の中に消えていった。


 俺には、呆然ぼうぜんとすることしかできなかった。

「え? ええええ……」


 そして立ちすくんで、つぶやいた。

「この大会って、二人一組で戦うんだよな……。俺一人じゃ、駄目だめなんじゃねえかな……」


 それに頼りになる美玖さんがいなくなって、少し不安になった。


 すると左右の手に一本づつ刀をにぎった人物がとぼとぼと、こちらに歩いてきた。そして、呟いた。

「はあ……。この大会って、二人一組で戦うんでしょ? 私ひとりじゃ、駄目なんじゃない?……」


 そして俺の前にきて、立ち止まった。

「げ! て、敵?!」


 するとその人物は、二本の刀をかまえた。

「くっ! 取り合えず、私一人で戦うしかないか?! って、あれ?」


 俺を見つめて驚いた表情をした、その人物は聞いてきた。

「あ、あれ? あんたも一人なの?」


 俺は、力なく答えた。

「ああ、さっきまで一緒いっしょに戦っていた人が突然、戦いを止めて……。って、うん? お前も一人なのか?」

「うん……。私の場合、さっき強い敵と戦ってたら一緒に戦っていた人が、『駄目だめだ! かなわねえ!』って言って逃げ出して……」

「なるほど、そうなのか……」


 そして二人そろって、ため息をついた。

「はあ……」

「はあ……」


 俺は目の前にきた人物を、よく見た。それは髪は首までの長さで気の強そうな目が特徴的な顔で、ひざまでの長さの鮮やかな緑色の着物を着た、女だった。


 すると俺は、ひらめいた。

「おい! お前も優勝したらもらえる、『いん』と『よう』が欲しいのか?!」

「え? ええ。もちろん、そうよ」

「だったら、俺と組まねえか?!」


 女は、俺の頭から足先まで見ると聞いてきた。

「え? ええと……。うーん……。組んでもいいけど、あんた、強いの?」

「え? ああ、まあな。そこそこ強いと思うぜ」

「ふーん、そこそこねえ……。まあ、いいわ。このままだったら優勝して、『陰』と『陽』を手に入れることは出来ないから!」

「ふーん……。お前、そんなに『陰』と『陽』が欲しいのか?」


 すると女は、強く言い放った。

「当り前じゃない! 今や江戸にいる本郷翁ほんごうおうとその弟子でしが作る妖刀ようとうは、神通力じんつうりきを持っているって、もっぱらのウワサなのよ! 侍だったら、その妖刀を欲しがって当り前じゃない!」


 それを聞いた俺は、言ってみた。

「ま、妖刀なら俺も一本、持ってるけどな」


 女は、驚いた表情になった。

「え? あなたが?! ちょ、ちょっと見せなさいよ!」

「ああ。ほら」


 と俺はさやから『血啜ちすすり』を抜いて、女に見せた。

「この血のように赤い刀身とうしん……。ま、まさか『血啜り』?!」

「ああ、そうだ。お前、よく知ってるな?」

「すると、あなたはもしかすると、風早かぜはや誠兵衛せいべえなの?!」

「ああ、そうだ」


 すると女は、意気込んで聞いてきた。

「うそ! あなたは、もう妖刀をもっているのに、なんでこの大会に参加したの?!」

「まあ、色々あって俺も、『陰』と『陽』が欲しいんだ」

「へ、へえ……。まあ、いいわ。あなたが、あの風早誠兵衛なら問題ないわ。私が組んであげる!」


 すると今度は、俺が聞いた。

「組んであげるって、ずいぶんえらそうだな……。そういうお前は、強いのか?」


 女は、胸を張って答えた。

「ええ、もちろん! 私の名前は、南条なんじょうことみ! これでも相模二刀流道場さがみにとうりゅうどうじょうの、師範代しはんだいなのよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る