第三十八話

 青白あおじろい顔の細身ほそみの男は、言い放った。

「僕こそが、富士島ふじしま玄庵げんあんだ……。そして僕が作った最治さいち妖刀ようとう朱雀すざく』で、『血啜ちすすり』を倒す!」

「何?」と俺はおどろいたが、とにかく『血啜り』を抜刀ばっとうした。


 だが玄庵は、余裕よゆうの表情で告げた。

「くはははは、刀工とうこうの僕が、さむらいには勝てないと思っているだろう……。そう思っているなら、かかってきたらどうだい?」


 俺は一瞬いっしゅん、攻撃をためらった。刀工なのに侍と戦おうというのか?……。それほど『朱雀』の神通力じんつうりきに、自信があるというのか?……。少し様子ようすを見てみるか……。


 俺は、『血啜り』を振り下ろした。


 ざん


 玄庵は、左肩から腹部までられた。だがやはり、余裕の表情だった。

「くはははは……。さすがに速いな。それに威力いりょくもある……。だが!」と玄庵は、右手ににぎった『朱雀』で左腕を斬った。玄庵の左腕からにじんだ血が、『朱雀』の見る者を不安にさせる、まがまがしい赤い刀身とうしんに吸い込まれた。


 すると玄庵の左肩から腹部までの傷が、みるみるふさがった。更に『朱雀』で斬った左腕の傷までもが、ふさがった。


 玄庵は、高笑たかわらった。くはははは! これが『朱雀』の神通力、刀治とうちだ。『朱雀』は赤い野鳥、アカショウビンの羽と僕の血を混ぜて作った。かかってこい、誠兵衛せいべえ。刀をるうほどに体力を消耗しょうもうする侍と、刀で傷を治す刀工。どっちが強いか、勝負してみようではないか、と。


 俺は、そりゃあ体力を消耗する侍が不利だろう、と思いつつ『血啜り』を振るった。


 はらい!


 き!


 玄庵は、薙ぎ払いで腹部を、突きで胸を突かれた。しかし、いずれも刀治で傷は、ふさがった。


 俺は少し、息が上がってきた。おいおい本当に、どんな傷でも治すのかよ……。こっちは確実に体力を消耗しているっていうのに……。これは早めに決着をつけた方が、良さそうだな……。


 俺はまず、腰を左にひねった。次に両脚、両腕もひねり体中に『ため』を作った。そして『ため』を一気に解き放った。

 

 光速こうそく軌跡きせき


 光の速さで、さやから飛び出た『血啜り』は、まばゆい光を放ちながら玄庵の腹部を深く斬りいた。


 すると玄庵は、うめいた。

「ぐっ……。これは今までの攻撃とは違うな……。これが、お前の本気の攻撃なのか……。だが、それで良い! 本気のお前を、本当の『血啜り』を倒してこそ、『朱雀』の方が優れていると証明しょうめい出来る! 僕が本郷ほんごう様をえたと証明出来る! 刀治!」


 重傷を負いながらも玄庵は、『朱雀』で左腕を斬った。やはり腹部の傷は、ふさがった。


 俺は、考えた。やはり、光速の軌跡でも駄目だめか……。しょうがない、『あれ』を放ってみるか……。『あれ』は実戦じっせんで放つのは初めてだから、体にどれだけ負担ふたんがかかるか分からないが……。いや、迷っている場合じゃあねえ! 『あれ』でしか玄庵は、倒せねえ!


 俺は、まず放った。


 光速の軌跡!


『血啜り』は俺から見て、玄庵の腹部を左から右に斬った。それから俺は、『血啜り』を左上に斬り上げた。


 光速の軌跡、つばめがえし!


 肩で息をしながら、俺は考えた。やはり、つばめ返しは体に相当な負担がかかるな……。相手に与える傷は二倍になるはずだが、俺の体には光速の軌跡の二倍以上の負担がかかるようだ……。だがさすがに『朱雀』でも、この傷は完全には治せないだろう。だが、それでいい。それで俺の勝ちだ……。


 すると玄庵は、取り乱していた。

「な、何? 刀治でも、傷がふさがらないだと? そんな馬鹿ばかな?! 僕が負けるというのか? 本郷様を超えるはずの、この僕が?! あり得ない、そんなことは、あり得ない! 僕が作った『朱雀』は、最高傑作さいこうけっさくだ! 本郷様が作った『血啜り』よりも、優れているはずなんだ!」

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