第三十一話

 男は、再び刀をり下ろした。


 ざん


 それを上段じょうだんで受けながら、誠兵衛せいべえは考えた。駄目だめだ、この男はあやめるしかない。そうしなければ、この男を止めることは出来ない……。


 誠兵衛は、今まで人を殺めたことは無かった。そのためまよいが生じた。だがこの男を殺めて止めなければ自分も、また自分が用心棒ようじんぼうをして守っている商人も、ただではまないと思えた。


 誠兵衛は決心すると、刀を男の胸を目がけてき出した。


 突き!


 刀は男の胸を突き破り、剣先けんさきが背中から出た。


 男は無念むねんの表情で、つぶやいた。

「くっ、俺はどこまで駄目な男なんだ……。追いはぎも出来ないとは……」


 そして誠兵衛が刀を抜くと、絶命した。誠兵衛には、後味あとあじの悪さしか残らなかった。男の喜びも悲しみもあっただろう未来を、自分がうばってしまったからだ。これが人を殺めるということか……。そして男の遺体いたいを山道の脇に置いて、目を閉じ手を合わせた。


 商人を無事に江戸まで送ると誠兵衛は一カ月間、山にこもった。二度と人を殺めなくても済むほど強くなるために。そこで毎日、得意の居合術いあいじゅつ稽古けいこを、ひたすらり返した。普通、居合術は一度、放ってしまうと後は刀でるしかない。しかし誠兵衛は居合術を放った後、素早すばやく刀をさやに戻し再び、居合術を放てるようにした。


 稽古の結果、誠兵衛は連続して三回、居合術を放てるようになった。これは誠兵衛にとって、大きな武器になった。追いはぎが数人、現れても三人の腹部ふくぶを居合術で一瞬で斬る。


 そして言い放つ。

「次は、殺めるつもりで斬る……」


 今までは一人に居合術を喰らわせると、追いはぎは戦意せんいを失う。しかし、たまに意を決して誠兵衛に切りかかってくる者もいた。すると誠兵衛は重傷じゅうしょうわせるほどの、みねうちで追いはぎの戦意を失わせていた。


 しかし稽古の後からは、違った。何しろ一瞬で三人も、居合術で斬られるのである。斬られた追いはぎはもちろん、他の追いはぎも誠兵衛の強さに戦意を失って、一目散いちもくさんに逃げだすようになった。


 誠兵衛は満足した。これで、あの片腕の浪人ろうにんのような男が現れても、殺めることなく戦意を失わせることが出来るだろうと。そして決心した。二度と人を殺めないと。


 だが、そのような男は二度と現れなかった。結局、誠兵衛が人を殺めたのは、あの片腕の浪人一人だけだった……。


   ●


 俺の話を聞いた美玖さんは、優しい声で言った。

「そうか、そんなことがあったのか……」


 俺は今、感じている不安ふあんを告げた。

「ああ。それからは俺が決心した通り、誰も殺めていない。だが今回は少し自信が無い。本郷ほんごうじいさんの一番弟子いちばんでしが作った妖刀ようとう……。それを相手にして、人を殺めることなく『血啜ちすすり』と『きわみ』を守れるかどうか……」

「そうだな。だがな、誠兵衛……」

「うん? 何?」


「うむ。お前は、お前の戦いをすればいいと思うぞ。私は人を殺めたことが無いから、お前の気持ちを理解できないところもある。

 だが、お前が考え抜いて出した答えなら、きっとそれは正しいのだろう……」

「美玖さん……」


 そして優しい表情で、美玖さんは告げた。

「それに心配するな。何のために四刀しとうを復活させたと思っているのだ。一人が失敗しても良いように、四人で『血啜り』と『極み』を守るために復活させたのだ。大丈夫。お前が失敗しても他の三人が、やりげる……」

「ああ……」

「分かったら、もう寝なさい。明日は大仕事があるんだ。眠れなくても布団ふとんに入って休むだけでも、良いと思うぞ」


 俺は不安が少しやわらいで、心が軽くなった。

「あんがと、美玖さん! それじゃあ、おやすみー!」

「うむ、おやすみ」


   ●


 決戦の朝がきた。朝食を済ませた俺たち四人が出発の準備をしていると、本郷の弟子がきた。

「『じゅう』と『おと』を持ってきました。本郷様から、ことづても預かっております。『遅れてすまん。後は頼んだ』です」


 『重』と『音』を脇に差した重助しげすけ市之進いちのしんは、うれしそうな表情になった。

「ふん、わし上手うまく使ってやる……」

「久しぶりだね。今日も、よろしくね、『音』……」

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