第二十九話

 一口ひとくち食べた美玖みくさんは、言い放った。

「うむ、市之新いちのしんが一人で作る、いわしのつみれなべ美味おいしいが、やはり私は三人で作った方が美味しいと思うぞ! はーはっはっはっ!」


 そして美玖さんが、ふと僕たち三人を見ると僕たちは、もめている最中さいちゅうだった。

「よし、誠兵衛せいべえ! お前のつみれを一つ、もらうぞ!」

「えー、駄目だめですよ、重助しげすけさん!」

「はいはい、静かにしてください二人とも。おかわりは、ありますから」

「よし、わしは食うぞ!」

「はい、今、よそいますね……」


 僕がふと美玖さんを見てみると、美玖さんは満足そうな表情で目を細めていた。そして道場の門下生もんかせいたちも、和気わきあいあいとしていた。


 食事が終わると、稽古けいこが再開された。

「よし、誠兵衛、かかってきなさい!」

「はい!」


 めーん!


 上段じょうだんで受けた美玖さんは、つぶやいた。


「ふむ、やはり私を倒しただけのことはある。良いめんだ。打ち込みの速さも重さも……。では、こちらからも行くぞ……」


 面!

 

 小手こて


 どう


 三連撃さんれんげきを喰らった僕は、後ろに吹き飛ばされた。さすが美玖さんは、強い……。でも、まだだ。まだ、やれる! 僕はいつの間にか、稽古に集中していた。そして立ち上がり、放った。


 胴!


 一歩下がってかわした美玖さんは、告げた。

「うむ。良いぞ、誠兵衛! その意気いきだ!」

「はい!」


 僕は気合を入れて、再び放った。


 小手!


 美玖さんは右にかわして、言い放った。

「うむ、良いぞ! どんどんち込んできなさい!」

「はい!」




 一刻後、稽古は終わった。


「はあ、はあ、はあ……。あ、ありがとうございました、美玖さん……」

「うむ、ありがとうございました!」


 そして、美玖さんは言い放った。

「よし、これで私との稽古は終わりだ。後は各人かくじん、自由だ。休むもよし、一人で稽古にはげむもよし。以上!」


 重助さんは「ふん。わしは、もう休むぜ」と竹刀しないを持って、稽古場から出て行った。一人で稽古をするつもりなのだろう。


 僕は稽古場の片隅かたすみで、竹刀を左から右へのはらいを、ひたすらり返した。光速こうそく軌跡きせきを、もっと強化するためだ。美玖さんと市之新さんは、道場の門下生に稽古をつけていた。




 夕食時になると道場に住み込んでいる正純せいじゅんさんが、みんなに声をかけた。

「みなさーん、夕食の準備が出来ましたよー! 食堂に集まってくださーい!」


 夕食はさけのお茶漬ちゃづけと、ひじきの煮物にものだった。明日の勝負のことを考えて緊張きんちょうしているのか、みんな何も言わない静かな夕食だった。


 夕食が終わると、美玖さんは告げた。

「ふむ、『じゅう』と『おと』は、まだとどかないか……。しょうがない、明日の朝に本郷翁ほんごうおう工房こうぼうに寄ってみよう。

 とにかく明日の朝は、いよいよ出発だ。みんな、早く寝るように」


 重助さんと僕は、市之新さんの部屋に布団を敷いてもらって入った。三人がそろって寝るのは久しぶりだったが、やはり明日のことを考えてかだれも何も言わなかった。

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