第二十二話

 直蔵なおくら居合術いあいじゅつかまえから、『桃太郎ももたろう』を左から右へはらった。

「喰らえ!」


   全破ぜんぱ


 俺は、中段の構えで全破を受けた。だがその威力いりょくで俺は、南町奉行所みなみまちぶぎょうしょの門まで吹き飛ばされた。そして背中に激痛げきつうが走った。


 すると直蔵は、感心した表情になった。

「ほう……。岩をも、いや全ての物を断ち切る全破でもれぬとは。さすがに一番強いと言われる妖刀ようとう血啜ちすすり』……。だが、もう一度この攻撃をしのげるかな?」


 直蔵は再び、居合術の構えを取った。


 俺の呼吸こきゅうは乱れていたが、冷静に考えた。くっ、確かに直蔵の居合術、全破は強力だ。受けたのが普通の刀だったら、刀ごと斬られていただろう。そして呼吸を整えていると更に、しびれが強くなってきた。やるなら今しかない! 二度も三度も全破を喰らうのは危険だ!


 俺は『血啜り』をさやおさめるとますず、上半身を左にひねった。次に左脚、右脚、左腕、右腕を左に捻った。


 直蔵はこれを見て、せせら笑った。

「何だ、その窮屈きゅうくつそうな構えは?……。構わん、今度こそ『血啜り』ごと斬ってやる! 喰らえ!」


   全破!


 だが、俺もはなった。

「おせえ、喰らえ!」


 光速こうそく軌跡きせき


 鞘から飛び出し、まばゆい光を放ちながら光の速さでおうぎを開くような軌跡を残して『血啜り』は、『桃太郎』に斬りかかった。『桃太郎』は真っ二つに斬られ、上半分がはじき飛んだ。


 すると直蔵は、呆然ぼうぜんとした表情になった。

「そ、そんな馬鹿ばかな……。最硬さいこうの妖刀『桃太郎』が真っ二つに?……。そんな馬鹿な……」


 光速の軌跡を放ち体力を失った俺は、息を切らしながら聞いた。

「お前の全破は確かに強力だ……。だが光の速さの居合術には、かなわなかったようだな……。さあ、教えてもらおうか? 『桃太郎』を含めた妖刀は誰が作った?」


 すると『桃太郎』を斬られ、戦意せんいを失った直蔵は口を開いた。

「そ、それは……」と、俺の後ろに目をやった。しかし、その目は見開かれた。何かにおどろいたようだ。直蔵が後ろを振り返ると同時に、直蔵は斬られた。


 いつに間にか、直蔵の後ろにいた徳右衛門とくえもんによって。直蔵がくずれ落ちると、徳右衛門はつぶやいた。

「誰がこれらの妖刀を作ったのか、ここで言われると困りますねえ……」


 徳右衛門が握っていた刀は、禍々まがまがしい青色だった。


 俺は『血啜り』を中段に構えて、呟いた。

「お前、やはり……」


 すると徳右衛門は、意外そうな表情で聞いた。

「おや、私の正体に気付いていたのですか? さすがは誠兵衛せいべえ殿。一体いつから?」


 俺は、冷静に答えた。

「『さる』を持っていた、卯之吉うのきちを倒した後だ」

「ほう……。何かきっかけでも、ありましたか?」

「ああ、お前が言ったことだ」

「私が何と?」


 俺は、語り始めた。

「ああ、俺は『いぬ』と『桃太郎』を持った辻斬つじぎりが、あと二人いると考えた」

「はい、そうでしたね。それで?」

「なのにお前は、はっきりと言った。『辻斬りがあと、三人もいるだなんて!』 と」


 徳右衛門はそれでも、落ち着いていた。

「なるほど。これは私としたことが、口をすべらしてしまいましたね……」


 そして俺は、断言だんげんした。

「それで俺は考えた訳だ。辻斬りはあと三人いると。そしてお前もこの件に関わっていると。だいたい俺は、『和魚わぎょ』で会った時から、お前はあやしいと思っていた……」


 すると徳右衛門は、冷静な表情で聞いてきた。

「なぜですか?……」


 俺は徳右衛門の顔を真っすぐ見ながら、説明した。俺はあの晩、誰かにつけられていると思ったから、『和魚』に入った。どんなにり切ろうと思っても、振り切れなかったから。そうすれば俺をつけていたやつが俺に、接触せっしょくしてくると思ったから。そして俺は頼みたくもない酒と、さかなを頼んだ。長屋ながやに帰れば、おゆうが美味うまい酒と肴を用意してくれるからだ、と。


 すると徳右衛門は、感心した表情になった。

「ほほう、なるほど……」

「するとお前が声を掛けてきたって訳だ」

「なるほど……」

「しかも、お前は更に怪しかった」


 怪しいと言われた徳右衛門は、怪訝けげんな表情で聞いてきた。

「何がですか?」


 俺は更に、説明した。お前は俺をつけてきたはずなのに、俺と『偶然ぐうぜん』会ったと言ったからだ。だから俺は警戒けいかいした。それに源吉げんきちじいさんにも言われた。お前が源吉の爺さんの部屋から出て行った後に。『あいつは血のにおいがする。気を付けろ』と。俺は『ああ、分かっている』と答えたが、と。


 すると徳右衛門は、再び感心した表情になった。

「なるほど、さすがは誠兵衛殿! では何故なぜそんなに怪しい私と行動を共にしたのですか?」

「もちろん、お前の正体を知るためだ。それと……」


 俺は、ため息をついて続けた。

「それとお前が、おゆうのことを知っていたからだ……」

「はい? どういうことですか?」


 俺は、その時のことを説明した。俺とお前が、おゆうの長屋に行った時に、お前がおゆうの名前を呼んだからだ。まだ二人を紹介しょうかいしていなかったのに。実際じっさいおゆうは朝になってから、お前の名前を知った。だから俺は、これは厄介やっかいなことになったなと思った。お前は、おゆうのことも知っている。お前にしたがわなかったら、おゆうの身に危険がおよぶかも知れないと考えたからだ、と。


 すると徳右衛門は、満面まんめんの笑みを浮かべて喝采かっさいした。

「素晴らしい! さすがは江戸で一番のさむらいと言われるだけのことはあります! 剣術だけでなく、洞察力どうさつりょくも優れていらっしゃる!

 ですが残念です。あなたはこれから、この最覚さいかくの妖刀『青鬼あおおに』に斬られるのですから……」


 俺は、深いため息をついた。

「やれやれ、すえだぜ……」

「どういうことですか?」

「妖刀『桃太郎』たちをたばねていたのが、『青鬼』とはな……。しかも与力よりきのお前がな。これが世も末でなくて何だ? 妖刀『桃太郎』たちを、ちんぴらざむらいに渡したのもお前だろう?」


 すると徳右衛門は、微笑ほほえみながら答えた。それらを実際に渡したのは『直蔵なおくら』だ。私は『直蔵』に『きじ』、『猿』、『いぬ』を渡して、それらをちんぴら侍に渡せと命じた。もちろん『直蔵』には、『桃太郎』を渡した。

 だから私のことを知っているのは、『直蔵』だけ。ちんぴら侍の三人は、私のことは知らない。実際、『雉』を持っていた三右衛門みうえもんは、私のことも斬ろうとしていた。だから辻斬りたちをかげで束ねていたのは、この私なんだ、と。


 俺は、てた。

「ふん、やっぱり世も末だぜ……」

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