第二十三話

 すると不敵ふてきに笑った徳右衛門とくえもんは、言い放った。

すえですか……。ですが、そんなことを心配する必要はありません。あなたはこれから、この私に殺されるのですから!」


 俺は、徳右衛門の目を見て聞いた。

「一つ聞かせろ。お前はどうして、辻斬つじぎりたちをたばねていた?」


 ギラギラとした目を見開いた徳右衛門は、答えた。それは、人を殺す快感かいかんを教えるためだと。あなたも侍なら分るでしょう? あの、人の肉や骨をり、命を断ち切る快感を。それをあのちんぴらざむらいに教えて、私の身代みがわわりにしようと思った、と。


 俺は、疑問に思ってきいた。

「身代わり?」

「そうです、身代わりです! 私が辻斬りをして、あいつらを身代わりにさせようと思ったんです!」


 俺は、むなくそが悪くなっててた。

「とんだ外道げどうだな、お前は……。ふん、『血啜ちすすり』が久しぶりに高ぶっているぜ! あ、そうそう。さっきの茶に、しびれ薬を入れたのも、もちろんお前だな?」

「もちろんですよ。お茶を用意したのは私なんですから。逆に私以外に誰が、しびれ薬を入れるっていうんですか?!」


「ふん、居直いなおるんじゃねえよ、外道が。全く、まだしびれが切れねえぜ。それどころか段々、強くなっていっているぜ……。お前のことはあやしいと警戒けいかいしていたが今日はもう、何もないと思って油断ゆだんしちまったぜ……」


 すると徳右衛門は、『直蔵なおくら』を一瞥いちべつして言った。

まったく、薬をれば『直蔵』でも倒せると思ったんですが……。やはり誠兵衛せいべえ殿は、お強かった、ということでしょうか?……」

「ふん、けの皮ががれたんだ。その口調くちょうも、めたらどうだ?」


 すると徳右衛門は、得意とくいそうに答えた。

「ふふっ、これはもうくせでしてね。それにこの口調だと皆、油断してくれるんですよ。誰も私が辻斬りをしているとは、思わないんですよ……」

「全く、大した奴だ。もちろん悪い意味でな」

「ふふっ、それはめ言葉として受け取りましょう……」


 それを聞いた俺は、吐き捨てた。

「誰も、お前なんか褒めてねえーつーの!」


 すると徳右衛門は、再び不敵な笑みを浮かべて言い放った。

「ですが私は、誠兵衛殿を評価していますよ。ですから『桃太郎ももたろう』に勝った褒美ほうびとして、この『青鬼あおおに』と戦う権利けんりを差し上げるのです……」

「ふん、褒美ときたか?」

「ええ、そうですよ……、喰らえ!」


   眼攻がんこう


 徳右衛門は、きをはなった。俺はそれを右によけ、かわした。すると『青鬼』も右に斬りかかり、俺は左肩を斬られた。俺は、驚いた。な、何? 確かにかわしたはずなのに?!


 すると徳右衛門は、再び放った。


   眼攻!


 またしても徳右衛門は、突きを放った。俺は今度は左へかわした。するとやはり『青鬼』は左へ斬りかかってきて、右肩を斬られた。俺は、訳が分からなかった。馬鹿ばかな、一体どうなっているんだ?……。


 すると徳右衛門は、得意気とくいげに語った。この『青鬼』を作った刀工とうこうは、強壮作用きょうそうさようがある薬草やくそう、アマドコロをぜたと言っていた。それでこの『青鬼』は、持ち主の五感ごかんを数倍にするどくさせる。これが『青鬼』の、神通力じんつうりきだ。。まあ、私はもっぱら視覚しかくを鋭くした。戦いにおいて鋭い視覚がどれだけ有効か、あなたも実感しているでしょう? 眼攻は相手の動きに合わせて攻撃が出来て、眼防がんぼうは刀の動きを見切みきって、どんな攻撃でもかわす、と。


「どんな攻撃でも、かわすだと?……」と、更に強くなるしびれにあらがいながら、俺はつぶやいた。だが、負ける訳にはいかない。こんな外道げどうは、許せないからだ。だから、えた。「なら、これを喰らえ!」


 俺は体を左にひねってためを作り、放った。


   光速こうそく軌跡きせき


   眼防がんぼう


 そして徳右衛門は一歩下がり、光速の軌跡をかわした。かすり傷一つ、つけることが出来なかった。そして、せせら笑った。言ったでしょう? どんな攻撃も見切ってかわせると。音速おんそくだろうが光速だろうが、物が動いているのであれば、それを見切ってかわせる。さあ、どうしますか、と。そして放った。


   眼攻!


 徳右衛門は、突きを放った。だが俺は、動けなかった。どっちによける? 右でも左でも駄目だめだった……。いや、それ以上に、しびれで体が動かねえ……。そして俺は、胸に突きを喰らった。更にその打撃だげきで、うつせに倒れた。


 すると徳右衛門は、勝ちほこった。

「くくく。これが江戸で一番強いと言われた、誠兵衛殿の姿ですか? みじめですねえ、あわれですねえ?! それともまだ本気を出していないんでしょうか?……」


 そしてとうとう俺の全身に、しびれ薬が回った。

「くそっ、しびれ薬を盛っておいて、よく言うぜ……」

「おや、薬のせいにするんですか? 誠兵衛殿らしくもない……」


 すると徳右衛門は、表情を輝かせて言い放った。

「そうだ、こうしましょう! ここに、おゆう殿を連れてくるんですよ! おゆう殿が斬られる姿を見れば、さすがの誠兵衛殿も本気を出すでしょう!」


 その言葉を聞いて、俺の全身から血の気が引いた。

「何を言っているんだ、お前?! やめろーー!」

「くくく。おゆう殿を、ここに連れてくるのは簡単ですよ。誠兵衛殿が辻斬りに負けて大怪我おおけがをしたと知らせれば、飛んでくるでしょう。誠兵衛殿とおゆう殿の関係はいまいちよく分かりませんが、きっとくるでしょう……」


 俺は、全身の力をしぼって叫んだ。

「やめろーー! おゆうは関係ない! やめろーー!」


 すると徳右衛門は、不敵に言い放った。

「それは本気を出さない、誠兵衛殿が悪いんですよ。私はもっと誠兵衛殿とヒリヒリするような、命のやり取りがしたいんですよ……」

「くっ、くそっ! 本気は出している! お前が盛った、しびれ薬のせいで体が動かないんだ! くそっ、しびれが更に強くなって今は全然、動けねえ……」

「ふふっ、しびれ薬くらいで動けなくなっては、困ります。あなたは江戸で一番強い侍なのですから……」


 気付けば俺は、無意味な懇願こんがんをしていた。

たのむ、頼むから、おゆうをき込まないでくれ……。お前の目当めあては俺なんだろう? 頼む、俺を斬ってくれ!」

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