第五話

 市之進いちのしんは、話し続けた。

「さあ、『血啜ちすすり』を差し出してくれ。それを僕が真っ二つにして、この戦いは終わりだ。僕はこれ以上、君と戦いたくはない……」


 だが俺は、えた。

「何、言ってやがる、勝負はこれからだ!」

無駄むだだ。僕に『音』がある以上、君は僕には勝てない……」


「ああ、確かにお前はつええ。だが勝負は、こうじゃねえと面白くねえ! 自分より強い相手を倒す、これが勝負の醍醐味だいごみだ! ぎゃはははは!」

 そして俺は自分の中に、力がいてくるのを感じた。俺はこの戦いを、楽しんでいる。


 市之進は再び、居合術いあいじゅつの構えを取った。

おろかな……。しょうがない、君が降参こうさんするまで、僕は音波をつよ……」


 ならばと俺も、居合術の構えを取った。

「よく見ていろよ、市之進! 高速の居合術を使えるのは、お前だけじゃねえってことを見せてやるぜ!」


 市之進は、少し驚いた表情になった。

「な、君も居合術を使えるのか?」

「ああ、もちろん我流がりゅうだがな。全く、これは体中に負担ふたんがかかるから、あまり使いたくねえんだが、しょうがねえ。そんなことを言っている場合じゃねえ……」


 俺はまず、腰を左にひねって『ため』を作った。更に左脚、右脚、左腕、右腕を捻り、体中に『ため』を作った。俺には、分かっていた。このわざで勝てなかったら多分たぶん、市之進には勝てない。だが、勝つ! 必ず、勝つ! 『血啜り』が一番強い妖刀ようとうだと、証明しょうめいするために!

「それじゃあらえ、市之進!」


 俺は体中の『ため』を一気に開放して、光速の居合術を放った。


   光速こうそく軌跡きせき


 鞘から飛び出した『血啜り』は、まばゆい光を放っていた。『血啜り』が光の速さでさやから飛び出したからだ。その結果、おうぎを開くように光の軌跡を残し、音波おとはを放っている途中の市之進の腹部を、『血啜り』はった。


 市之進は、目を見張みはって驚いた表情になった。

「ば、馬鹿ばかな……、光の速さだと? 僕の音波を超えただと?……」

 そして、左ひざを地面に着けた。腹部から血が、じわりと出てきた。


 俺は市之進に、降参しろと説得した。この光速の軌跡という技を使った後は体中の力が抜けて、しばらく体を動かせない。なので俺は後ろに倒れこみ、そのまま大の字になった。


 市之進は左ひざをついたまま、聞いてきた。

「手を抜いたな、誠兵衛せいべえ君。君が本気を出せば、僕の胴体どうたいは真っ二つになっていたはずだ……」


 俺は、すがすがしい気分で告げた。

「お前を殺す必要は無い。お前は、外道げどうじゃねえからな。それにこの勝負は、相手を殺す勝負じゃない……」


 すると市之進は、無邪気むじゃきに笑った。

「ははっ、そうだったね……。そうか分かった、降参するよ。あんなにすごい技を見せられたから、もう勝負する気が無くなっちゃったよ」


 そして市之進は、話し続けた。

「強くなったね誠兵衛君、本当に……。たくさん修行したんだろうねえ……」


 大の字になったまま、俺は答えた。

「ああ、俺にはこれしか、沖石道場できたえられた剣術けんじゅつしかねえからな……」

「僕たちを道場に引き取ってくれた、沖石 宗太郎そうたろう先生に感謝しているのかい?」


 俺は、「ああ、もちろん」と答えた。そして市之進の話によると、宗太郎先生は亡くなって娘の美玖みくさんが道場のあとをいだそうだ。


 そして市之進は、顔をくもらせて続けた。僕は嫌な予感がする。宗太郎先生と本郷翁ほんごうおうは仲が良かった。本郷翁が作った妖刀は四本。そして僕ら四刀しとうも、もちろん四人。おそらく本郷翁は僕ら元四刀に妖刀をたくしたと。


 以前、四刀は江戸で最強だった。そのため本郷翁は妖刀を託すのは元四刀の四人がふさわしいと、考えたのだろう。そして美玖は四刀の中で最強の、一番刀いちばんがたなだった。


 俺はいずれ、その美玖さんと戦わなけらばならないのかと考えると、気が滅入めいった。

「はあ、やだなあ、俺。苦手なんだよなあ、あの人。確かに美人だよ、あの人。で、普段は優しいよ、すごく。ああ、本当の姉ちゃんって、こんな風だろうなあって思うほど。

 でも剣術のことになると鬼になっていたもん。宗太郎のおっさんよりも怖かったもん」


「ははっ、そうだったねえ。宗太郎先生も『沖石道場の将来は安泰あんたいだ!』って太鼓判たいこばんを押していたもんねえ……」

「まったく、そんなもん押さなくてもいいのに。そんなことを言われたから益々ますます、剣術に関しては鬼になったんだぜ、きっと」

「そうだろうなあ、きっとそうだったんだろうなあ……」


 俺は少し昔を、思い出した。美玖さんは、料理は下手へただった。俺たちの方が、上手じょうずだった。だから美玖さんの代わりに俺たちが、料理をするようになった。

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