第四話

 俺はその時、不思議に思った。今夜は『血啜ちすすり』の、『外道の血を啜りてえ!』という意思を感じなかった。それよりも何処どこかに、行きたがっているようだったからだ。


 歩き始めた俺に、おゆうは聞いてきた。

「あの、どちらに行かれるんですか?」

「分からん、『血啜り』に聞いてくれ。とにかく行きたい所があるようだ」

 しばらく歩いていると、昨夜、三人組を倒した小高い山に着いた。


 そこにはうすい青の着物を着て、刀をおびに差しているいるさむらいがいた。


 その侍はこちらに気付いて近寄ちかよってきて、呟いた。

「うーん、『おと』にみちびかれてきてみれば、誰と出会えるのかな?……」


 その侍は俺たちに近づいた時、驚いた表情を見せた。

「うん? 君、もしかして誠兵衛せいべえ君か? 僕だよ僕! 山脇やまわき市之進いちのしんだよ! いやあ、久しぶりだなあ。三年ぶりかな?」


 俺は、冷静に答えた。久しぶりになかが良かった、市之進と再会できたのだが。今から始まるであろうことを考えると、冷静でいる必要があった。

「うむ、久しぶりだな市之進。確かに三年ぶりだな」

「そうだよ、そうだよ。久しぶりだなあ、元気にしていたかい?」

「まあな」

「そうか、それは良かった……。っていうか君、雰囲気ふんいき、変わったんじゃないのかい?」

「それはこの妖刀ようとうに、凶暴性を引き出されたせいだ……」と俺は、さやごと帯から『血啜り』をき、見せた。


 市之進は端正たんせい顔立かおだちをしていたが、更に驚いた表情になった。

「妖刀?……。まさか君、本郷翁ほんごうおうから妖刀を託されたのか?!」

「そうだ。本郷の爺さんはこいつを、最凶さいきょうの妖刀『血啜り』と言っていた。そしてこの妖刀は神通力で、所有者の凶暴性を引き出すようだ」

「な、最凶? なるほど……、それで君は凶暴な表情をしている訳か。僕が本郷翁から託された妖刀は、最速さいそくの妖刀『音』と言っていたが……」

「なるほどな。どうやら妖刀は、四本あるらしいからな」

「ああ、確かに、そんなことを言っていたなあ……」


 俺は、聞いてみた。

「ところで市之進。お前は、こんな所で何をしているんだ?」

「ああ、今日の逢魔おうまときに感じたんだよ。『音』がここに、きたがっているって。それできてみたら今、君たちと会った、という訳だよ……」

「なるほどな……」

「それにしても久しぶりだね……。元四刀もとしとう四番刀よんばんがたなの誠兵衛君……」

「ああ、四刀か……。確かに懐かしいな……」


 すると市之進は、叫んだ。

「ちょっと待ってくれ! すると僕は君と、戦わなくちゃならないのか? 本郷翁は四本の妖刀の中で一番強い妖刀を、東照大権現の守護刀しゅごとうにすると言っていたが?!」 


 俺は凶暴性を宿しているだろう目で市之進をにらみ、宣言した。

「そうだな、そういうことになるな……。じゃあ、さっさと始めようか!」


 市之進は、狼狽ろうばいした表情を見せた。

「ちょっと待って! 元四刀の四番刀の君が、元四刀の三番刀さんばんがたなのこの僕に勝てると思っているの?! 僕は君を殺したくないよ!」

「なるほど、じゃあ、こうしよう……。勝負は相手を殺すんじゃなくて、相手の刀を真っ二つにした方を勝ちとする。どうだ?……」

「君はどうしても、戦いたいのか?……」


 俺は『血啜り』を、鞘から抜いた。

「ああ。『血啜り』の、戦いたいっていう意思を感じるんだよ……。いつも『外道の血を啜りてえ!』としか喚かない、『血啜り』がな。それに俺も興味があるんだよ、一番強い妖刀はどれかってな!」


 すると市之進も、『音』を抜いた。

「くっ、本当に戦う気か? しょうがない、勝負なら僕も本気を出すぞ!」

 『音』は見る者を落ち着かせる、青い刀身をしていた。


 先に仕掛しかけたのは、俺だった。『血啜り』を頭上に上げ、上段の構えから一気に振り落とした。


   ざん


 『音』で上段で斬を受けた市之進は、驚いた表情になった。

「速い! 刀は当然、竹刀より重いのに! 竹刀と同じ、いや、それ以上の速さ。筋肉の反応速度が増加しているのか? 

 それに重い! 筋力も増加しているのか? これが『血啜り』によって、凶暴性が引き出された結果なのか?!」


 俺は続けて、攻撃した。中段の構えから、一気に距離を詰めて刀身を突き出した。


   き!


 だが市之進のかろやかな足さばきで、かわされた。やむを得ず、左下からの右上払みぎうえばらい。更に右下からの左上払ひだりうえばらい。だがまたしても市之進は軽やかな足さばきで、攻撃をかわした。


 俺は市之進の、身の軽さを思い出した。そして今も軽やかに俺の攻撃をかわされ、イラついた。


 すると市之進は、『音』を鞘に納めた。

「強くなったね、誠兵衛君……。でもこれが勝負なら、僕も負けるわけにはいかない……。一人の侍として!」


 だが俺も、同じことを考えていた。更に、証明しょうめいしたかった。一番強い妖刀は、『血啜り』だと。そうだ、これは男同士おとこどうし信念しんねんをかけた戦いだ! そして俺は、聞いた。

「何をする気だ?……。って決まっているよなあ、居合術いあいじゅつだよなあ。沖石道場おきいしどうじょうでは居合術なんて教えてくれなかったから、我流がりゅうか?」


「その通りだよ。しかも速いよ、僕の居合術は。本郷翁は言っていた。『音』には鳥の中で一番速い、ハヤブサのはねを混ぜたって。そのおかげで元々速い僕の居合術は、とんでも無いことになった……」


 俺は少しイラついて、挑発ちょうはつした。

「ごたくはいいから、さっさと見せてみろよ。お前の居合術を!」


 市之進は、居合術を放った。


   音波おとは


 俺には鞘から飛び出した『音』の青い刀身が、ぼやけて見えた。

「速い!」


 だが俺は素早く一歩引いて、刀身をかわした。だが次の瞬間、『いいいいんんんん』といううなる音と、腹部に激痛を感じた。

「な、馬鹿ばかな?! 刀身は、かわしたはずなのに……」


 市之進は、うれいを含んだ目で説明した。君が今、らったのは衝撃波しょうげきはだ。僕の居合術は『音』を手に入れたことによって、音の速さにまでなった。だから『音』の刀身の攻撃をかわしても、衝撃波が君をおそう。これが『音』の神通力だ、と。

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