第八話

 次の日、再び僕と市之進いちのしんさんは、桝田屋ますだやを見張った。昼九つまで動きがなかったが、やはり小腹がすいたので、交互に小腹を満たした。そして暮れ六つの鐘が鳴った。


 市之進は、つぶやいた。

「うーん、今日は全く動きがなかったね。お客さんや奉公人ほうこうにんの出入りがあるだけだったね。こんな日もあるんだね……」


 俺は、「そうだな……、今日も、もう帰るか……」と答えるしかなかった。ところが俺たちが帰ろうとした時、提灯ちょちんかりが見えた。俺たちは再び、物陰ものかげに身をかくした。桝田屋から一人、提灯を持って出てきたのは、間違いなく桝田だった。


 俺たちは、色めき立った。

「よし、後をつけようぜ」

「ああ、もちろんだよ!」


 そして俺は、決心した。今こそ桝田が何をしたのか、あばいてやると。

 桝田は、繁華街はんかがいまで行き更にそこを抜けた、大きな屋敷やしきが並んでいる通りまできた。そしてある屋敷に入った。


 俺は、言い放った。

「け、こんなでけえ屋敷に住んでいるなんて、きっと、ろくなことをしてねえぜ!」


 すると市之進は、答えた。

「うーむ、あれは代官だいかん椎上仙之助しいがみせんのすけの屋敷のようだね……。よし、早速さっそく、入ってみよう!」


 屋敷の門には二人の見張りがいたが、俺と市之進は一人ずつ同時にを喰らわせ、気絶きぜつさせた。更に気絶した二人を門の内側へ入れ、外から見えないようにした。


 足音を立てないように庭に入ると、ろうそくの明かりが障子しょうじを照らしている部屋を見つけた。二手ふたてに別れて、左右から障子に聞き耳を立てた。すると中から声が聞こえてきた。


「椎上様、これはお礼の山吹色やまぶきいろ菓子かしでございます……」

「ふん、山吹色の菓子か……。どれ、菓子の下には……、うむ、確かにいただいたぞ、山吹色の小判こばんをなあ!」


 桝田は、椎上に礼を言った。流行り病の薬の値段を、椎上様の力で上げる。すると困った病人どもは、うちから金を借りる。それだけでももうかるのに、更に金を返せなくなった女は遊郭ゆうかくに売り、男は力仕事の現場に売る。もう笑いが止まりません。これも椎上様のお陰だと。


 椎上は、笑みをこらえてすごんだ。

「うむ、お前の提案で流行り病の薬の値段を上げてみると、こんなことになろうとは……。桝田屋、おむしわるよのう……」


 桝田もみをこらえて、答えた。

「いえいえ、この話に乗っていただいた、椎上様ほどではございません」

「うむうむ。ところで桝田屋、金を返せなくなった奴らを売り払う、平七へいしちが斬られたそうだな……。大丈夫か?」


「はい。誰に斬られたのかは分かりませんが、あいつは所詮しょせん、ちょっと腕が立つ程度ていどのごろつきです。新しくやとったのは『あの』元四刀もとしとうです……」

「ふむ、四刀か……。三年前、江戸中の道場を破ったと言われる四刀か……。それは心強こころづよいのお。ぬかりは無しか?」


「その通りでございます。そして今夜、初仕事を前に、椎上様に挨拶あいさつをさせていただきます……。ふっふっふっ」

「それは楽しみだ。ぬあーはっはっはっ!」


 俺は思わず、拍手はくしゅをした。

見事みごとだ、見事な外道げどうっぷりだぜえ! こんなに高ぶっている『血啜ちすすり』は、初めてだぜ!」


 あわてて障子を開けた椎上は、俺を見て驚いた表情になった。

何奴なにやつだ、貴様きさま?!」


 俺は二人をにらんで、言い放った。

「ふん、名乗るほどのものじゃあ、ねえよ。特にお前ら、胸くそが悪くなるほどの外道にはなあ……」


 そして『血啜り』を抜いた。月明つきあかりをびた『血啜り』は、いつも以上にあやしくかがやいていた。


 椎上は怒鳴どなった。

「ええい、曲者くせものじゃあ! ものども、出会であえい、出会えい!」


 すると部屋の左右の廊下ろうかから約十人づつ、刀を抜いた用心棒ようじんぼうが出てきた。桝田と椎上は部屋から逃げ出した。


 俺は、イラついた。

「ちっ、ぞろぞろと出てきやがったぜ!」


 市之進は刀を大きく振るい、一度に数人を倒した。

「ここは僕にまかせて、二人を追って!」

「よし、ここは任せたぜ!」と俺は、二人の後を追った。


 二人は屋敷の奥に逃げたが、奥の部屋にめると、つみなすり付け合った。

「わ、悪いのは私じゃあない! 私は桝田の悪知恵わるじえに、乗せられてしまっただけなんだあ!」


 桝田も椎上を指差ゆびさして、わめいた。

「こ、こいつです! 実際に流行り病の薬の値段を、上げたのはこいつなんです!」


 俺はあきれて、ため息をついた。

「はあ、すくえねえぜ、お前ら……。お前らは骨のずいまで外道だな……」


 俺は『血啜り』を、るった。

 ひゅっ、ひゅっと『血啜り』は二回、くうった。


「ぎゃああああ!」

「うぎゃああああ!」


 俺は満足して、笑った。

「くくく、こんな外道は初めてだぜ。美味いか『血啜り』? こいつらの血は? 

 ぎゃはははは!」


 そしてまだ、息のある二人に言い放った。

「お前らも、殺しはしねえぜ。また会ったら血を啜らせてもらうからな……。

 おっと、そうだ。忘れていた。おい、お前ら! がね、全部、置いていけ!」


 二人は財布さいふを床に投げ出すと必死の表情で、屋敷から出て行った。

 それらをひろい少しの間、俺は『血啜り』の高ぶりがおさまるのを待った。


 『血啜り』の高ぶりが収まると声を出しながら、最初の部屋へ向かった。

「さ、帰るか。用心棒どもは、市之進が倒してくれていることだろうからな。おーい、市之進!」


 すると市之進は叫んだ。

「気を付けて、誠兵衛君! 重助しげすけさんは、みょうな技を使う!」


 見ると市之進は肩で息をしながら、暗闇くらやみに向かって刀をかまえていた。

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