第九話

 俺は暗闇の中からあらわれた、黒い着物を着た重助しげすけの顔を見つめた。相変わらず不器量ぶきりょうだが、真剣な表情をしていた。


 俺は思わず、つぶやいた。

「重助……。どうしてあんたが、こんな所に……」

「ふん、どうしてだと? 桝田屋ますだや用心棒ようじんぼうになったからに、決まっているだろう? 

 今夜、代官だいかん椎上しいがみ屋敷やしきにこいと言われてきてみれば、この有様ありさま……。まったく、せっかくの仕事を台無だいなしにしてくれおって……」


 俺はそれを聞いて、いきどおった。

「仕事って何をするか、分かっているのか?! 金を返せなくなった人たちを売ったり、最低な桝田や椎上を守ったりするんだぞ?!」


 重助は冷静な表情で、答えた。

「もちろん、そんなことは分かっている……。大金たいきんが入るから仕事の中身なかみなんぞ、どうでも良かった……」

「くっ、そんなに金が大事かよ?!」


 誠兵衛せいべえたちは金が無くて、苦労した。関ヶ原せきがはらの戦いで父親をくし、食扶くいぶちを減らすために母親に捨てられた。だが運よく沖石おきいし道場に拾われて、そこで剣術を学んだ。

 そして重助は世に中、金が全てだ。だから学んだ剣術を生かして、金をかせごうと考えるようになった。


 俺は再び、憤った。確かに、金は大事だ。だが世の中には、金よりも大事なモノがあるはずだ。重助なら、それを分かってくれると思ったからだ。

「こんな最低の奴らの、用心棒にならなくてもいいだろ?!」


 重助は、月明かりの下に出てきた。全てを吸い込みそうな、漆黒しっこく刀身とうしんの刀をにぎっていた。

「ふん、ならば刀でかたってみせろ! お前の正義を!」

「ああ、見せてやるよ。俺の正義を!」


 すると再び市之進いちのしんは、さけんだ。

誠兵衛せいべえ君、重助さんと刀をまじえちゃあ駄目だめだ!」

「ああ、分かった。それよりもお前は大丈夫か?!」

「あまり、大丈夫じゃない……。右のろっこつが折れた……」

「ちっ、重症じゃねえか! 早く長屋へ戻って、おゆうに医者を呼んでもらえ!」

「くっ、すまない……」と市之進は、屋敷から出て行った。


 戦いが始まると俺は重助を、挑発ちょうはつした。

「さあ、始めるか、重助さんよお。かかってこいよ! じゃねえと、こっちから行くぜ!」


 重助は、せせら笑った。

「ふん、元四刀の二番刀にばんがたなのこのわしに、四番刀よんばんがたなのお前が、かなうとでも思っているのか?!」

「へ、それはやってみねえと、分からねえぜ!」と、俺は斬りかかった。


   ざん


 しかし重助は、余裕よゆうの表情で上段に刀を持ち上げて受けた。

「ふん、確かに速く、重くなったようだな……。だったら見せてやろう、この最撃さいげきの妖刀『じゅう』の力を! 本郷翁ほんごうおうがイノシシのきばを混ぜて作った、この『重』の力を!」と重助は『血啜ちすすり』を押し返すと、『重』で斬りかかってきた。


   重撃じゅうげき


 俺はそれを、『血啜り』で余裕よゆうで受けた。

「へ、おせえぜ! こんな攻撃!」


 しかし『重』を受けた瞬間に、頭に衝撃しょうげきが走り脳震のうしんとうを起こし、動けなくなった。


 俺は、あせった。

「な、何?! か、体が動かない?!」

「くくく、どうだ、体の動きを封じる重撃は? まさにイノシシの突進とっしんらったようであろう? これが『重』の神通力じんつうりきだ! ごはははは。そして喰らえ!」


 身動きができない俺は、はらい、斬、きの連続攻撃を喰らった。くっ、これが市之進が言っていた、妙な技か……。構えがくずれた俺に、再び重助は斬りかかってきた。


   重撃!


 くっ、駄目だ、攻撃をまともに喰らって、体が動かせねえ……。『血啜り』で受けるしかねえ! だが『血啜り』で攻撃を受けた瞬間、再び脳震とうを起こした。そして動けなくなった。


 くそっ。俺は再び、連続攻撃を喰らった。くっ、地味じみだがたちのわりい技だぜ。動けなくなるし、そのすきに斬られ放題だし……。これじゃあ、やられるのは時間の問題だ……。


 すると重助の、むかつく声が聞こえてきた。

「ごはははは、これで終わりだ!」


   重撃!


 くそっ、『血啜り』で受けるのは駄目だ。また脳震とうを起こす。何とかかわさねえと。だから俺は、体を思い切りらせた。その結果、ぎりぎり重撃をかわした。


 重助は『重』を、上段に構えた。

「ふん、かわしたか? だが無駄むだなあがきだ!」


 その時、俺は気づいた。うん?! 攻撃を受けなかったから、体が少し動くようになった。とにかく距離を取らねえと! 俺は中段の構えのまま、足さばきだけで重助と距離を取った。


 重助は、せせら笑った。

「くくく、距離を取ってどうする? 確かに重撃は喰らわないが、お前も儂に攻撃できまい……」


 くっ、確かにそうだ……。駄目だ、俺も市之進のように負けるのか?……、うん?   

市之進? おお、そうだ、これならいけるかも知れねえ! 市之進は『おと』を失ってできなくなったが、『血啜り』がある俺ならできるはずだ……。


 俺は『血啜り』をさやに納め、居合術いあいじゅつかまえを取った。


 重助は再び、せせら笑った。

「ごはははは、居合術だと? この距離で? 何を考えている?……」


 俺は、えた。

「うるせえ! 喰らってから笑ってみろ!」


   音波おとは


「ごはははは! こんなに距離がある居合術に、何の効果がある?」

「くそっ、衝撃波しょうげきはが出ねえ……。くっ、こうか?」

 だがまたしても、ただの居合術になった。


「ごははは、気でも違ったか?!」

「うるせえ! くそっ、もっと抜刀ばっとうを速くしてみるか……」

「さあ、観念かんねんして重撃を喰らえ!」


 俺はついに、イラついてキレた。

「うるせえって、言ってんだろ! 今度こそ出ろ、衝撃波……」


   音波!

   いいいいんんんん!


「ふん、つくづく往生際おうじょうぎわが悪い……。な、何?!」と、重助は衝撃波を喰らった。

「ぐはあ!」


 俺は、いきおいづいた。

「やったぜ! できたぜ、音波! 力加減ちからかげんがちょっと難しいけど、やっと、こつをつかんだぜ! 喰らえ!」


   音波、音波 音波!


「ぐ、ぐ、ぐはあ!」と重助は、衝撃波の連続攻撃を喰らった。


形勢逆転けいせいぎゃくてんだなあ、重助さんよお……」


 重助は、あせった表情になった。

「く、くそお! みょうな技を使いおってえ!」

「ふん、妙な技はお互い様だろ?」


   音波、音波 音波!


「ぐ、ぐ、ぐはああああ!」と重助は、前のめりに倒れた。


 そこまで近づいて俺は、冷静に宣言せんげんした。ちたな、重助さん……。桝田みてえな外道げどうの用心棒になるとは……。あんたを生かしておくと、厄介やっかいなことになりそうだから俺が今、斬る、と。そして俺は『血啜り』を、上段に構えた。


 重助は、必死の表情で命乞いのちごいをした。

「た、助けてくれ、見逃してくれ! 金ならある! 桝田からもらった契約金けいやくきんが! いくら欲しい?! なあ、なあ!」


 俺は、冷静に答えた。

「そりゃあ、奇遇きぐうだなあ……。俺も今は、金に困ってねえんだ……。

 今、欲しいのは、重助さんよお、あんたの命だ……」

「そ、そんなあ! た、助けてくれえ!」

「じゃあな、重助さん……」と俺が『血啜り』を振り下ろそうとした時、屋敷中に威厳いげんのある声がひびいた。


「そこまでだ、誠兵衛!」

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