第七話

 市之進いちのしんとの勝負に勝って大の字になっていた俺は、顔だけ向けて市之進に聞いた。

「なあ、市之進。話は変わるが、お前は今まで何をしていたんだ?」

「ああ、相模さがみの方で、剣術道場の師範代しはんだいをしていたよ。だけど少し前に本郷翁ほんごうおうのお弟子さんに呼ばれて、久しぶりに江戸に帰ってきたという訳だよ」


「なるほど。俺も似たようなもんだな」

「すると君も剣術道場で、師範代を?」

「いや、俺は江戸の周辺をぶらついて、金はあるが腕力が無い奴の用心棒ようじんぼうをしていたよ」

「ふーん、なるほど……」


 俺はゆっくりと立ち上がり、提案した。

「ふう、ようやく立てるようになったぜ。まだ本調子じゃねえけど。さ、市之進、『おと』を出せ。俺が、真っ二つにするから」


 すると市之進は、首を左右に振ってことわった。

「いや、それは僕にやらせてくれないかい? 短い付き合いだったとはいえ、すっかり愛着あいちゃくいてしまったからね」

「そうか……」


 市之進はさやに入れた『音』を左手で持ち、先端を地面に置いた。そして真ん中に手刀しゅとうを放って、『音』を鞘ごと真っ二つにしようとした。だが、できなかった。


 市之進は、不思議そうな表情でつぶやいた。

「あれ? 真っ二つにできない? 普通の刀ならできるのに。やっぱり、妖刀ようとうだからかなあ……」


 だから俺は、提案してみた。

「ひょっとすると、同じ妖刀の『血啜ちすすり』ならできるんじゃねえ? どれ……」


 俺が『血啜り』を振り下ろすと、『音』は真っ二つになった。

 市之進は大きな木の下に穴を掘り、『音』を鞘ごとめた。更に手を合わせて、目を閉じた。


   ●


 妖刀は、つくもがみの一種である。だから神通力を持っていたり普通の刀よりも何倍も強度があったりして、普通の刀とは違う。

 しかしその能力は、妖刀の持ち手の体力や気力があって始めて発揮はっきされる。持ち手が勝負に負けたりして体力や気力が無くなると、強度が普通の刀になったり神通力を発揮できないようになる。

 すると他の妖刀に、真っ二つに斬られることがある。また妖刀の持ち手の体力や気力に差がある場合も、同じである。


   ●


 市之進は、れやかな表情になった。

「これで良し! 供養くようも終わった!」

「はあ~、相変わらず、律儀りちぎだねえ。たかが、刀一本かたないっぽんのために」

「ふっ。君だって『血啜り』と別れるときは、こうすると思うよ」


 俺は『血啜り』を収めてある鞘を、ちらりと見た。

「そうかなあ……」


 そして、とにかく一段落ひとだんらくついたから、俺は市之進と酒を飲むことにした。左袖ひだりそでから財布さいふを出し、それからお金を取り出し、おゆうに渡した。酒と、酒のさかなを買ってきてもらうために。


 それから長屋ながやの、おゆうの部屋で俺と市之進は酒を飲み始めた。


 俺は久しぶりの酒で、しかも仲が良かった市之進と飲めるから上機嫌じょうきげんになった。

「よしよし、飲め飲め市之進。遠慮えんりょなんてすんな! ぎゃはははは! よう、じょうちゃん、酒の肴を頼むぜ、ぎゃはははは!」


 酒の肴を持ってきたおゆうは、市之進に聞いた。

誠兵衛せいべえさんて、笑い上戸じょうごだったんですね……」

「そうみたいだね。誠兵衛君と飲むのは初めてだけど」

「え? そうだったんですか?」


「うん。修行の道場破りをする前に、儀式ぎしきとして少し飲むことはあったけど。でもこんな風に飲んだのは、初めてだなあ……」

「そうでしたか……」

 その時、俺はすでにいびきをかいて寝ていた。


   ●


 次の日の朝、朝食を食べ終わった後、僕は市之進さんに桝田屋ますだやについて聞いてみた。すると金貸かねかしだが利子りしが高いとか、悪いウワサを聞くと教えてもらった。


 僕は桝田屋について考えていることを、言ってみた。流行はややまいの薬の値段が上がる。これはまあ、仕方のないことかも知れないが、上がりすぎてお金を、金貸しから借りないといけなくなる。そしてお金を返せなければ、連れ去られる。話ができすぎている、と。

 そして僕は市之進さんに、桝田屋を調べたいので手伝ってほしいと頼んだ。


   ●


 それから僕たちは、桝田屋の正面にある団子屋だんごやにいた。


 つぶあん団子を食べながら僕は、市之進さんに聞いた。

「大きな店ですね」

「ああ、近年、流行り病の薬を買うためにお金を借りる人が増えて、相当、もうけているみたいだからねえ……」

「なるほど……」


 すると市之進さんに、するどめいじられた。

「顔をせて! 誠兵衛君!」


 何ごとかと思ったが、顔を伏せて僕は聞いた。

「どうしたんですか? 市之進さん?」

「ちらっとだけ、店から出てきた男の顔を見るんだ!」

「はい、見ました!」


「あれが、ここの店主、桝田 万平まんぺいだよ……」

「なるほど、あれが……」と僕は、薄気味悪うすきみわるく笑っている顔を、しっかりと憶えた。と同時に桝田が発する嫌な雰囲気に、予感がした。この人には絶対、裏の顔があると。


 市之進さんは、聞いてきいた。

「さあ、どうする、誠兵衛君?」


 僕は、答えた。このまま、桝田の後をつけると。そして市之進さんには桝田屋に何か変わった動きがないか、見張ってほしいと頼んだ。

 そして僕は桝田の裏の顔をあばくために、後をつけ始めた。


 しばらくすると、繁華街はんかがいへ入った。そして遊郭ゆうかくへ入って行った。僕は考えた。もし、放っておいたらおゆうさんは、ここへ売られていたのかも知れないと。しばらくすると桝田は、満足そうな、にんまりとした表情で遊郭から出てきた。僕は更に、桝田の後をつけた。


 すると今度は山へ入っていった。少しすると、数人の男たちが山に穴をっていた。そしてその周りを屈強くっきょうな男たち三人が、穴を掘っている男たちが逃げられないように、見張っていた。それらを満足そうに確認すると、桝田は桝田屋へ戻った。


 桝田屋の前の団子屋で合流した僕は、市之進さんに報告した。


 市之進さんは、呟いた。

「うーん、借金のかたに女性は遊郭に、男性は力仕事をさせる現場に売る、と考えるのが妥当だとうかな……」

「はい、僕もそう思います」と僕は答えた。そして怒りがいてきた。いくらした金を返せないからといって、やっていることがひどすぎる。

 すると、ちょうど時のかねがなった。


「ああ、もう、お昼か……。ちょっとお腹がすいたなあ……。どうする、誠兵衛君?」

「はい、僕もちょっとすきましたね……。まずは市之進さんに、ちょっと食べてきてもらいたいと思います。僕はここで桝田屋を見張ってるので。その後、食べ終えた市之進さんに見張ってもらい僕が、うどんでも食べてきたいと思います」


「なるほど、分かったよ。それじゃあ僕は、蕎麦そばでも食べてこようかな」

「はい、良いと思います」


   ●

 

 市之進さんは、四半刻(およそ三十分)で戻ってきた。桝田屋に何も動きが無かったことを伝えると、今度は僕が食べに行った。


 僕もおよそ、四半刻で戻ってきた。やはり桝田屋に、動きは無かった。


 それからは俺たちは、暮れ六つ(およそ午後七時)まで桝田屋を見張っていた。

 今日はもう、桝田屋に動きは無いんじゃないかということで、おゆうが待つ長屋に戻った。



 するとおゆうは、心配そうな顔で出迎でむかえた。

「まあまあ、二人ともこんなに夜遅くまで、どこで何をしていたんですか? 夕飯のしたくなら、とっくに出来ているんですよ」


 俺は面倒めんどうくさそうに、桝田屋を見張っていたと答えた。


 夕飯を食べる時、おゆうにくぎされた。

「とにかく二人とも、危険なことはしないでくださいね!」

「へーい!」


 だが俺は、感じていた。『血啜り』のわめきを。桝田は間違いなく、外道げどうだ。その桝田の血を啜りたがっている、『血啜り』の喚きを。

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