第二話

 女の子は少し動揺どうようしつつも、俺に近づき礼を言った。

「あ、あの、おさむらい様。今回は助けていただき、ありがとうございました……」


 俺は「気にするな」と、答えた。俺はこの『血啜り』に、美味うまい外道の血をすすらせたかっただけだったからだ。


 それから俺は、女の子をまじまじと見た。愛嬌あいきょうがあり、桜の花のように可愛かわいらしい顔をしていた。髪は肩まで伸ばしていて、花柄模様はながらもようの黄色の着物を着ていた。


 すると女の子は突然、さけんだ。

「あ、そうだ! おとっつあん! おとっつあんは、無事かしら?!」

「ん? おとっつあんがどうした?」

長屋ながやに病気のおとっつあんが今、一人でいるはずなんです! 早く戻らなくちゃ!」


「ほう……。なあ、ひょっとして長屋にも外道げどうがいたりするのか?」

「いえ、分かりません……」

「まあ、いい。夜は始まったばかりだ。もし外道がいたら、めっけもんだな。よし、俺も行くぜ!」


 俺たちは小高い山から、長屋に向けて走り出した。


   ●


 江戸の下町したまち、女の子が住む長屋へ行くと、人だかりができていた。俺たちがそこに着くと、けた女が女の子に心配そうに声をかけてきた。

「おゆうちゃん、大丈夫かい?! 平気かい?!」


 おゆうは必死に、うなづいた。

「はい、私は大丈夫です。でも、おとっつあんは?!」

 すると老けた女はうつむき、首を左右に振った。


「いやーー!」とおゆうは顔面蒼白がんめんそうはくで叫び、部屋の中に飛び込んだ。俺もゆっくりと部屋の中にはいると、六畳の寝室で横になっている男におゆうは、泣きついていた。


 俺は確認のために、静かに聞いた。

「どうだ?……」


 おゆうは涙を流しながら、答えた。

駄目だめ、もう、冷たくなっている……」

「そうか……」と俺は、おゆうの父に手を合わせて目を閉じた。


 そして、言ってみた。

「あまり、気を落とすなよ。見たところだいぶやせ細り、お世辞せじにも健康状態が良いとは言えない。遅かれ早かれ、こうなっていたと思うぞ」


 おゆうの母は体が弱く、おゆうを生んですぐに亡くなった。だからおゆうの父は仕事と家事の両方をしながら、おゆうを育てた。だがその無理が今になってたたったのだろう、最近、流行はややまいにかかって寝たきりになってしまった。

 なのでおゆうも働いてお金を稼いでいたのだが、薬の値段は高かった。それで仕方なくお金を貸している桝田屋ますだやからお金を借りて、父に薬を買って飲ませていた。すると今夜、急にさっきの三人がきて『金を返せ』って言ってきたが、『急には返せません』と答えたら、おゆうはあそこまで連れていかれた。


 おゆうから話を聞いた俺は、聞いてみた。

「で、そこに俺が通りがかったという訳か」

「はい、その通りです……」


 俺は腕を組んで、つぶやいた。

「値段が高い流行り病の薬と、金貸しの桝田屋か……」

「あの……、どうかなさいましたか?」

「ん? いや、なんでもない。とにかくさっきも言った通り、あまり気を落とすなよ。それじゃあな」


 するとおゆうは、振り返って聞いてきた。

「待ってください、お侍様! どこへ行かれるんですか?!」

「どこって、そこらへんだよ。寝るところを探すんだよ。ま、俺は雨露あめつゆをしのげれば、それでいいからな」


 おゆうは必死の表情で、うったえた。

「それはいけません! 私を助けてくれたお侍様を、野宿のじゅくさせるなんて! あなたがいなかったら、きっと私は遊郭ゆうかくへ売られていたでしょう……」

「だろうな……。で、結局、じょうちゃんはどうしたいんだ?」

「はい、良かったら今夜は家で休まれませんか? お客様用の布団ふとんが一組ございますので」


 俺は腕を組んで、うなった。

「うーむ、やるな嬢ちゃん。父親が死んだその夜に、会ったばかりの男を家に連れ込むとは」


 おゆうは必死に、否定した。

「私はそんなつもりは、ありません! それに嬢ちゃんじゃなくて、私には湧田わくたゆうという立派な名前があるんです! 皆には、おゆうって呼ばれています!」

「ああ、そうか、すまねえな。じゃあ、あんたはいくつだい?」

「はい、十九歳です」

「なるほど。やっぱりあんたは立派な嬢ちゃんだ。俺は二十三だからな。ちなみに俺の名前は風早誠兵衛かぜはやせいべえだ」


 おゆうは、おどろいた表情になった。

「なるほど、誠兵衛さんですか……。って、ええ?! 二十三歳?! 凶暴な表情をされていますけど、見た目は童顔どうがんなのに……」


 童顔と言われて、俺は少しイラついた。

「何、言ってんだ! 見た目は関係無いだろ! 大体だいたいお前も十九で、まだ嫁に行ってねえのか?」


 おゆうは店で売り子として働いて、父の薬を買って父の世話をしていた。だから結婚なんて、考えていなかった。


 するとおゆうは、言い放った。

「っていうか、その発言は性的嫌せいてきいやがらせの発言ですよ!」


 俺は、俺の知らない言葉に疑問を持ちながらも答えた。

「うん? 何だそりゃ? まあ、いいや。とにかくここにめてくれるって言うんなら、ありがたく泊めてもらうぜ」

「はい、少しお待ちください。すぐにお客様用の布団を用意しますので」


 そしておゆうは父の遺体いたい布団ふとんごと、寝室から居間いまに移動させ、隣に自分の布団を敷いて寝た。俺は寝室で、お客用の布団で寝た。


   ●


 翌朝。僕は台所らしきところから聞こえてくる、『とんとんとん』という音で目覚めざめた。そしてお客用の布団を、たたんだ。


 するとちょうどよく、おゆうがふすまを開けて顔を出した。

「あら、何か音がすると思ったら、やっぱり起きていたんですね。もう、布団を畳むのは言ってくれれば私がやりましたのに」


 僕は、微笑びしょうを浮かべた。「一晩ひとばん泊めていただいた上に、布団まで畳んでもらうのはちょっと気が引けます。なので自分で畳みました」


 おゆうは驚いた。

「え? ちょっと誠兵衛さん? 昨夜さくやと違って表情がおだやかになって、まるで別人です。今の誠兵衛さんは顔立ちが整っている、童顔どうがんです」


 僕は思わず、抗議こうぎしてしまった。

「うーん、二十三歳の僕に、童顔はちょっとひどいと思いますよ。結構、気にしているんですから。でもまあ、今はいいでしょう。おそらく朝食の準備をされているんですよね。僕も手伝いますよ」


 おゆうは、あわてふためいた。恩人おんじんの誠兵衛に、朝食作りを手伝ってもらう訳にはいかないからだ。少しするとおゆうさんは、僕にお茶を出してくれた。そして居間にはおゆうさんの父の遺体があるので寝室におぜんを置き、そこで朝食を食べることにした。


 おゆうさんが作ったのは、ご飯と、大根の葉の味噌汁みそしると、メザシを一匹、焼いたものだった。おゆうさんは、すみません、家はお金に困っていて、いつもこのようなものしか食べられないんですとびた。


 僕はおゆうさんに気を使わせないように、笑顔で答えた。

「いえいえ、一晩ひとばん泊めて頂き、おまけに朝食まで頂いて、ありがとうございます。それにとても、美味おいしいですよ」


 するとおゆうさんは、『ほっ』とした表情になった。

「そうですか、よかったあ」


 僕は左袖ひだりそでに右手を入れて財布さいふを取り出し、そしてお金を渡そうとした。

「あ、そうそう。これは泊めて頂いたのと、朝食のお礼です」


 するとおゆうさんは首を左右に振って、全力で拒否きょひした。

「まさか! 恩人おんじんの誠兵衛さんから、お礼を頂く訳にはいきません!」


 僕は、頭を下げた。昨夜おゆうさんを助けたことと、泊めてもらって朝食をいただいたのは話が別だからだ。それに、おゆうさんに十分な生活費があるようには見えなかったからだ。


 僕が頭まで下げているんだから、頂かない方が逆に失礼かな、という表情でおゆうさんはお金を受け取ってくれた。

「それでは、お言葉にあまえて頂きます」


   ●


 朝食が終わり後片付けをした後おゆうさんは、おぼうさんを呼んで父親におきょうをあげてもらい葬儀そうぎをあげた。そして二人の若いお坊さんの弟子でしが、お寺に土葬どそうするために父親の遺体を運んで行った。


 一段落して、おゆうは呟いた。

「私、これからどうしようかしら……」


 そして、ふと僕の方を見た。僕は『これも何かのえんですから』と、おゆうさんの父親の葬儀に付き合っていた。


 僕はおゆうさんの父親の葬儀も終わったので、玄関で帰り支度じたくをした。それが済むと振り返り、挨拶あいさつをした。

「それでは、おゆうさん、お世話せわになりました。ごきげんよう」


 するとおゆうは、聞いてきた。

「あの、どちらに行かれるんですか?」

「ちょっと気になることがあるので、調べたいんですが……。いや、その前にちょっと考えをまとめたいので、少し江戸の町をぶらぶらしたいと思います」


 外に出かけて父親の死をまぎらわせたい、という表情でおゆうさんは告げた。

「それでは、私も連れて行ってください! 今日、仕事を休むことは葬儀の前に、店長さんに伝えてありますから!」


 僕はおゆうさんの気持ちをさっして、微笑を浮かべて答えた。

「はい、もちろん構いませんよ」

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