【完結済】神通力を持つ、最凶の妖刀『血啜り』

久坂裕介

第一部 守護刀

第一話

 元和二年四月十七日、江戸幕府初代将軍である徳川家康が死去した。二代目将軍の秀忠ひでただは、家臣かしんめいじた。

「父上を東照大権現として、日光東照宮にまつる。日光東照宮の建設を急げ」

「はっ」

「それと、『守護刀しゅごとう』の手配も忘れるな」

「はっ」


 全ては、ここから始まった。


   ●


 三カ月後の七月。なまぬるい風が流れていた小高い山を、柔らかな月の光が照らしていた。


 俺はそこで一人の女の子を無理やり連れ去ろうとしている、大の男三人を見つけて嬉々ききとした。今夜の獲物えものを見つけたからだ。


 そして地の底から響くような声で、言い切った。

「くっくっくっ、お前ら……、外道げどうだろ……」


 俺の声に振り向いた男三人の内二人は、俺に近寄ってきた。

「何だあ、てめえ! 俺たちの邪魔じゃまをしようっていうのか?!」

「おうおう、てめえ何か? 正義の味方気取みかたきどりか?」


 そのすきに女の子は、俺に向かって走り出して叫んだ。

「助けてください! おさむらい様!」


 俺は、説明した。まあ、結局はそういうことになるんだろうな。だが俺が用があるのは、嬢ちゃんじゃなくてあの三人なんだと。


 すると女の子は、意表を突かれた表情になった。

「へ?……」


 俺は、おびえる女の子に続けた。

「でもまあ、そこにいられても邪魔だ。俺の後ろにかくれていろ」


 女の子は、あの三人から逃げられるなら何でもいいという表情で、黒地に赤い炎の模様の着物を着た俺の後ろに隠れた。


 それを見た二人の男がわめいた。

「おうおうおう! お前、本気で俺たちの邪魔をする気らしいな。俺たちを、いや、あのお方を誰だと思ってるんだ! 江戸で最強の剣豪けんごうと言われる、田所平七たどころへいしち様だぞ!」

「びびったか、お前、びびったか?! でも、もうおせえんだよう! ひゃーはっはっはっ!」


 俺は記憶を辿たどった後に、言い放った。

「平七? 知らねえなあ、そんなやつ……」


 二人の男は喚いて刀を抜いた。

「て、てめえ、平七様を知らねえだと!?」

かまわねえ、こんな奴、っちまえ!」


 俺は、つぶやいた。

「やれやれ。こんな雑魚ざこの血じゃ、たいして美味うまくねえだろうな……。だが心配するな、『血啜ちすすり』。血が美味そうな奴がいるからな……」


 そして俺は今夜の獲物、平七と呼ばれた男を見つめた。


「ふざけんな、てめえ! てめえなんて、平七様が相手をするまでもねえんだよ!」

「そうとも! 平七様の用心棒の俺たち二人で十分だ!」


 俺は二人の雑魚があまりにうるさくて、『血啜り』を抜刀ばっとうした。月明かりに照らされた『血啜り』の刀身とうしんは、まるで血のように赤かった。


「何だ、あの赤い刀身?!」

「構うことはねえ、斬っちまえ!」


 ひゅっ、ひゅっ。

『血啜り』は二度、空を舞った。そして二人の男は倒れた。


「な……、いつの間に斬られた?……」

「こ、こいつ強い……」


 平七が倒れた二人の間から、俺に近づいてきた。二人の用心棒が一瞬で倒されたため、警戒しながら。

「お前、なかなか強いな。だが、この俺様に勝てるかな……」

「まあ、多分な……」


 平七は『血啜り』の赤い刀身を見ながら、俺に聞いた。

「その刀、一体、誰のさくだ?」


 俺はしょうがなく、答えてやった。

「ふん……。源吉げんきちの爺さんだよ」


 本郷ほんごう源吉は江戸で一番の刀工とうこうと言われているが、自分が認めた侍にしか刀を渡さないことでも有名だ。だから思わず、平七は呟いた。

「そんな、本郷様が作った刀を持てるなんて、こいつは一体……」


 すると平七は、こいつの顔には少し見覚みおぼえがあるという表情をした。

「もしかしたらお前は、四刀しとう風早かぜはや誠兵衛せいべえか?! いや違う。誠兵衛はこんな凶暴な表情ではなかった……」


 四刀は、かつて江戸中の道場をたった四人でやぶったため、最強の剣客集団けんきゃくしゅうだんと言われた。そして俺、風早誠兵衛は最凶さいきょうの妖刀『血啜り』の神通力じんつうりきを、きびしい稽古けいこによって引き出した。そしてその神通力によって凶暴性を引き出された俺は筋肉の強さと速さが上昇し、また凶暴な表情になっていた。


 だが覚悟を決めた表情の平七は、言い放った。

「ええい! 構わん、お前を斬る! そしてその刀は俺がもらう!」


 俺は『血啜り』に向かって、呟いた。

「やれやれ、人気者だな、『血啜り』。でもお前も嫌だよなあ、あんな、ごつくて不細工ぶさいくな奴のものになるなんて。……。うんうん、そうだよなあ。でも心配すんな。あんな奴、軽く斬ってやるからよ。そして美味い血を啜らせてやるからよ!」


 平七は顔を真っ赤にして、いきどおった。

「何だと! この俺様を軽く斬るだと?! そんなことは、これを受けてから言え!」

 そして刀を、頭上から振り下ろした。


 しかし俺は右手だけで『血啜り』を持ち上げ、攻撃を受け止めた。


 平七は、驚きの表情を見せた。

「な、何? 俺様の必殺の振り下ろしを、片手で受けた? お前は、やはり誠兵衛なのか?……」


 そしてすかさず、俺は攻撃した。『血啜り』を振り上げ、右斜めに斬り落とした。だが平七は必死の形相で、これを刀で受け止めた。


 俺はこんな奴に攻撃を受け止められて、気落きおちした。そして、少し本気を出すことにした。やれやれ、こんな奴に必殺の居合術いあいじゅつを使わなきゃならねえとは、と思いながら。俺は『血啜り』を、さやに入れて腰を少し落とし、右手をえて居合術のかまえを取った。


 平七も刀を立てて、構えた。

「居合術! ならば受ける!」


 俺は左手の親指でつばを押し『血啜り』をさやから少し出し、居合術の準備をした。そして右手で柄をにぎり鞘の中で『血啜り』を走らせ腰をひねり、一気に『血啜り』を水平に居抜いぬいた。


 次の瞬間、平七の刀が真っ二つにられ、平七の腹部も水平に斬られた。斬られた刀の上部は回転しながら、はじき飛んだ。


 平七がまばたきした後には、既に『血啜り』は鞘に入っていた。


「ま、まさか、あの一瞬で居合術? ば、馬鹿な、速すぎる……」と呟き、平七は前のめりに倒れこんだ。


 俺は思わず、ぼやいた。

「ちっ、こんな奴に必殺の居合術を使わなくちゃ勝てねえとは……。それにしてももろい刀だ、一体、誰の作だ?」


 だが次の瞬間、俺は気を取り直して月に向かって、高笑いをした。

「どうだ『血啜り』? こいつの血の味は? 美味いか? 存分ぞんぶんに味わえ! ぎゃはははは!!」


 そして平七に、言い放った。

「用心棒の二人も殺しちゃあいねえ。また会う時があったら、『血啜り』に血を啜らせるためにな……。さあ、そいつらを連れてさっさと、ここから消えろ! ……おっと、そうだ。おい! お前! がね全部、置いていけ!」


 平七は財布さいふごと俺に差し出し、用心棒の二人を抱えて逃げ出した。


 すると俺の後ろにいた女の子が、おずおずと近づいてきた。

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