ビッチちゃんとヤンデレくん

内山 すみれ

ビッチちゃんとヤンデレくん


 お金以上に信頼できるものはない。黄山 百合は十八歳という短い人生の中でそう結論付けていた。


「お前、ほんと最高だよな」


 情事の後、男は厭らしい笑みでそう言った。百合も笑みを返す。


「まいどー、またごひいきに」

「ああ、また呼ぶよ」

「お金、ちゃんと用意してよ」

「分かってるって。……あーあ、お前みたいにサッパリした女はやっぱりいいな。ちょっと聞いてくれよ。俺の彼女が煩いんだよ。浮気してるんじゃないかって」

「へえ」

「もしかしたらアイツ、お前のところにも行くかも」

「勘弁してよ」


 事実、百合は男の彼女と名乗る女から暴言を吐かれたり、水を浴びせられたりしたことがあった。百合は一言、『浮気ではなく売買をしていただけ』と言うが、彼女達はそれを理解することが出来ない。結果、火に油を注ぐこととなる。


「アイツと別れてもお前とは続けるから、それで許せよ」

「それならいいよ」

「いいんかい」


 男は苦笑する。百合にとって煩わしい事象は全て金で清算できるのだった。






 百合は高校生の頃から変わらない。『誰とでも寝る女』という異名を勝手に付けられ、多くの男に言い寄られていた。だが、この異名は厳密には彼女を表す言葉ではない。正確には、百合は『金があれば、誰とでも寝る女』だ。彼女は男ではなく金に抱かれていると言っても過言ではない。言い寄って来る男に彼女は金銭を要求する。要求に応じなければ交渉は決裂だ。無理矢理に事に及ぼうとする輩もいるため彼女は決して人気のない場所には行かないように用心している。失敗に終わることも多々あったが。それでも彼女は身体を売ることを辞めなかった。これが一番稼げるということを知っていたからだ。

 百合が大学へ進んでからも、それは変わらなかった。高校の時と同様に『誰とでも寝る女』という異名がついた。どこへ行っても変わらないな、と百合は思う。訂正するのも面倒なので放置している自分にも非はあると分かりつつも、事実男と寝ているのだから大した差異はないのだろう。百合は諦めにも似た心地で自分へと注がれる侮蔑の目を受け流していた。






 不可解な状況に百合は陥っていた。これまで繋がっていた男と軒並み連絡がつかないのだ。大学内でも言い寄って来る男が消えた。百合は困惑していた。何故、急にこのような可笑しな状況になってしまったのだろう。百合には思い当たる節は全くなかった。身体を売るのを辞めると言った覚えはない。しかし、自分を安売りしてでも身体を売ろうとも思えなかった百合は、とある男に告白されていた。


「……あの、僕と……つ、付き合っていただけませんか?」


 この男を百合は知っていた。大学内にいる女に知らない者はいないと言われるほど、顔がいい男だ。百合は興味がないので男の名前は知らなかった。しかし、この男は自分の異名を知らないのだろうか。百合は観察するように、男をじっと見つめる。頬が紅潮しており、百合に視線を送っては俯く。そして何より、顔がいい。百合はひとまず彼に確認することにした。


「……アタシが何て言われてるか知ってる?」

「ええと、『誰とでも寝る女』、でしたっけ?」


 なんだ。知っているのか。百合は拍子抜けする。しかし、謎が深まってしまった。何故この男は、自分が『誰とでも寝る女』と知りつつ告白をしているのだろうか。百合には理解が出来なかった。


「知ってるならさ、何でアタシと付き合いたいワケ?」

「好き、だからです」


 遠慮がちに、しかし射抜くように見据える瞳。本気を思わせるその眼差しに、百合は面倒なことになったなと思った。百合は恋愛事が嫌いだった。惚れた腫れたで飯を食うことはできない。金を稼ぐことはできないのだ。百合にとって、金を稼ぐことができないものは無駄だった。百合はこの男の前で、じっと考える。イケメンに告白されるという機会は滅多にないのだ。これを何か、ビジネスに活かせないだろうか。彼女は彼を試すことにした。


「付き合ってもいい」

「ほ、本当ですか?!」

「ただし、条件がある」

「な……何ですか……?」

「アンタの顔をアタシに貸しなさい」

「……へ?」


 男は言われていることを理解できていないといった様子で首を傾げる。


「アタシ、お金が欲しいの。アンタの写真を売って金儲けがしたい。それがいいなら付き合ってあげる」


 丁度金の生る男達は消え去ったのだ。今度は男にその役目を担ってもらおう。百合はそう考えていたのだった。


「そんなことでいいなら、喜んで!」


 今度は百合が首を傾げる番だった。てっきり断られると思っていたのだ。しかし、了承が得られたのならばこれはいいビジネスだ。喜ぶ男を尻目に、百合はほくそ笑むのだった。

 しかし百合は後々己の選択に後悔することになるのだが、それは後の話だ。


つづく

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